第157話 銀ブラ
オリヴィアのためにグランドピアノの良いやつを買おうということで、時間つぶしも兼ねて華ちゃんと八重洲から銀座に向かって歩いていった。
日本の夏をすっかり忘れていた俺は、歩きながら後悔し始めた。暑い、暑すぎる。頭の髪の毛が黒いのが悪いのかスゴク頭も暑い。華ちゃんもしきりにハンカチで汗を拭いている。
「ちょっと失敗だったな。暑さと湿気でやられそうだ。華ちゃん、何か暑さに効く魔法ってないかな?」
「わたしの知っている身体強化魔術の中にはなかったような。その代わり、ヘアドライヤー魔術で出てくる風を冷たくすればいいかも。
やってみますね。クールドライヤー!」
華ちゃんの右手から顔に向かって冷たい風が吹き出したようだ。華ちゃんが涼しそうな顔をしている。俺の方にはそのおこぼれの風が流れてくるのだがそれだけでも結構涼しい。
「ごめんなさい。
クールドライヤー」
華ちゃんが今度は左手から冷たい風を出して、その風を自分の顔に当てて、右手を俺の方に向けてくれた。
「うぉー、涼しー」
涼しいを通り越して寒いくらいの風が吹いてきて、すぐに汗が引いてしまった。こうなってくると夏の太陽が気持ちよくなってくるから不思議だ。
「華ちゃん、ありがとう。十分涼しくなった」
「わたしは寒くなっちゃいました」
本人も寒かったようだ。次回はもう少し、温いクールドライヤーになるだろう。
二人で歩いていたら、証券会社の前だったようで、今日の株価が電光掲示板で流れていた。インヴェスターZの株は何だったかすっかり忘れてしまっていたので、スマホを出して残高を見たら驚いた。もちろん株数は変わっていなかったが、評価金額が13億を超えていた。知らぬ間に株価が上がったようだ。さすがは俺、インヴェスターZの力を見せてやったぜ!
何となくうれしくなった俺は、さっそく華ちゃんに、
「この前買った超優良銘柄だけど、もう30パーセントも値上がりしてた」
「それはすごいです。あれって10億の株でしたよね。ということは3億円も儲けたってことですよね」
「はっはっは、その通り。とはいってもヒールポーション300本分だけどね」
自分で口に出して、何となく3億の儲けも大したことがないような気がしてきた。金銭感覚がマヒしてきたのかもしれない。知れないじゃなくて明らかにマヒしてる。現に俺はいま、おそらく300万円よりよほど高いピアノを買おうと思って道を歩いているわけだしな。
とはいうものの、これからもどんどんお金は俺の懐に入ってくるわけだから、ノープロブレム。気持ちだけはつましく。やることは大胆に! なんだかカッコいい言葉思いついてしまった。
東京駅から銀座まで大した距離はないと思ったのだが、ダンジョンの中と違って、人通りが多いせいで、ダンジョンの中など比べ物にならないくらい気を使ってしまった。目当ての楽器屋は華ちゃんの案内で歩いていたので、入り口だけ間口の狭い店だったが、迷うことなく見つけることができたけれど、開店時間がなんと11時30分だった。まだ1時間半以上ある。いくら遅くても11時開店と思っていたのだが、少し甘かった。
「そこらの喫茶店にでも入って時間を潰すか」
「そうですね」
喫茶店くらいすぐに見つかるだろうと思って適当に通りを歩いてみたがなかなか見つからない。仕方なくスマホで検索したら、目の前に喫茶店があった。こういったことがよくあるような。華ちゃんにも見つけられなかったということはデキる喫茶店の可能性がある。何がデキるかは不明だ。
「ここで、コーヒーでも飲んでいようか」
「はい」
店の中に入ったらコーヒーのいい香りがした。
入り口わきのレジを見れば、コーヒーの量り売りもしているようだった。
「屋敷じゃコーヒーを飲んだことがないけど、帰りにコーヒーを買っておこうか」
「それも楽しみ。
ミルとかドリップとかも用意しないといけませんね」
言われて気付いた。アパートではインスタントコーヒーしか飲んでいなかった俺は、そういった器具が必要だということをすっかり失念していた。俺の錬金工房はなんでもコピーできるし、たいていのものは一から作れるのだが、俺の知識が生半可だったり少し複雑なもののだと、一から作ることは難しい、というか似て非なる物ができてしまう可能性が高い。
空いていた二人席に着いて、俺は無難にブレンドを、華ちゃんはモカを店の人に頼んだ。
運ばれてきた華ちゃんのモカの香りが実にいい。俺のブレンドは、はっきり言ってそこまでいい香りではなかった。
今回俺は気取らず、テーブルの上に置いてあった砂糖入れから茶色の砂糖の塊を2つ入れ、そのあとミルクだかクリームをコーヒーに入れてやった。華ちゃんは女子高生のくせにストレートで飲むようだ。女子高生のくせにという思考はマズいな。女子高生なのにと訂正しよう。うん? 何も変わっていないか。口にしてはマズいが思うだけなら内面の自由だ。
俺たち二人、コーヒーを飲んでも10分しか時間が潰せなかった。
とはいえここを出ても時間を潰せる当てもないので、しばらくテーブルに座っていたが、30分過ぎたところで、コップの中の水も無くなり、しぶしぶ店を出ることにした。
レジでは量り売りのモカとブルーマウンテンを200グラムずつ買い、うまいことコーヒードリップセットも売っていたのでワンセット精算ついでに買っておいた。
店を出た時にはアイテムボックスに収納していて、いつもの癖でコピーも作っている。
「まだ、1時間近くあるけどどうする?」
「せっかくの銀座ですから、その辺りを散歩のつもりで歩いてみませんか?」
ダンジョンの中をいつも緑に点滅しながら歩いているわけだから、点滅しない移動は逆に新鮮な気がしてきた。
『人は環境によってつくられる』
緑の自分を捨てた俺たちは自由なんやん!
最後の『やん』は沖縄の人へのサービスだ。間違ってたらごめんなさい。




