【悲報】◯◯たんのアニメTシャツが付喪神になったんだけど【助けて】
◯◯たんは綾波レイでも、ハルヒでも、ミクでも、どうぞご自由に設定してください。
深夜の帰宅。
ここ連日の度重なる残業で生命力を絞り尽くした俺は、もう残り滓だけの肉体を引きずってやっと自宅アパートのドアにたどり着き、鍵を差し込んだ。
体力もだが心の充電も必要だ。至急糖分とアルコールと萌えを補給しなければシぬ。シんでしまう。
明日は休み。とりあえずシャワーを浴び着替えて、アイスを喰ってダラダラと酒を飲みながら動画サイトかお気に入りの円盤でも見よう。そうだ。久しぶりに◯◯たんを見るかな。
◯◯たんは俺の嫁、俺の青春、俺の癒し、俺の理想そのものだ。
20年前、中1の時に俺は彼女と出会った。その瞬間俺の中に稲妻が走った。こんなにカワイイ子が存在するなんて信じられない。顔、スタイル、性格、そしてめちゃくちゃ可愛い声、全てが俺のストライクゾーンドンピシャだった。
俺はめちゃくちゃハマった。生まれて初めてグッズと言うものや、お年玉で円盤(DVD)を買ったりした。その後も他のアニメに夢中になったりしたが、いまだに◯◯たんを超える女の子は二次でも三次でも居ない。実に人生の半分以上を◯◯たんを愛することに費やしている。
彼女の事を思い出してちょっと心が回復した俺はドアを開けて、おやと驚く。
1DKの部屋の1、つまり居間兼寝室の部屋から明かりが漏れている。珍しく出掛ける時に電気を消し忘れたらしい。うわー、電気代勿体ねぇ。寝室とDKを隔てる引戸に手をかけ、するりと開ける。
目の前に広がる光景に脳が一瞬活動停止した。
いつもの見慣れた俺の部屋、俺のベッド。そこの上に得体のしれないバーコードハゲのオッサンが裸の上に俺のTシャツを着て正座をしていた。
再び脳が活動をはじめ、何を見たのか処理できた途端に全身から一気に体温と力を失われるような感覚が来た。
血の気が引くというのはこういうコトだったのかと初めて知った。
「うわぁぁぁ!!!」
「えっ、うわぁぁぁ!!!」
オッサンは俺の叫び声に何故かビックリして同じように叫びながら後ろをふり返る。いや、お前に驚いたんだよ!
オッサンのギャグみたいな行動と、隣の部屋からドンッと壁を叩かれる音で一気に冷静になった。隣人さん、うるさくしてごめんなさい。
「やだなぁご主人、後ろに何もないじゃないですか。驚かせないで下さいよ」
「あ、あんたなんなんですか。勝手に人の部屋にあがって勝手に人のTシャツ着て……」
ていうかそれ、中学生の時に初めて買った◯◯たんのアニTじゃねえか!! 一番のお気に入りで大事~に大事~に長年部屋着として着てるのに!!
「ご主人、はじめまして。私はTシャツの付喪神です」
「は……? つくもがみ……?」
オッサンはベッドの上で両手をついて深々とお辞儀をした。
* * *
付喪神とは、日本に伝わる、長い年月を経た道具などに精霊が宿ったものである。(※ウィキペディアより引用)
―――――――付喪神について書かれたページをスマホで見た俺は純粋な疑問を口にした。
「いや、これ100年使った物に精霊が宿って付喪神になるって書いてあるけど」
「100年っていうのは長年を意味する例えですよ。それぐらい長い間愛情を持って使い続ければ精霊は宿るってことです」
「はぁ、そんなもんか」
「大体このご時世に100年使い続けられる道具なんて滅多にないですし。あと、ここ磁場が良いんですな」
「磁場。なんか急に胡散臭くなってきたな」
「胡散臭くないですよ! この部屋、確実に霊的なパワーの集まるところに建ってます。何か感じるでしょう?」
「いんや、ここなんか瑕疵有り物件とかですごく安く借りられたんだけどさ。俺ビックリするぐらい霊感ないんだよね。何にもわかんないわ。でも前に友達が来たとき、この部屋ヤバいって言ってた」
「ほほう。ご主人は有る意味傑物ですな。そんなご主人に仕えられて光栄です」
付喪神のオッサンと会話する俺。
最初はどう見ても不審者丸出しのオッサンが付喪神だなんて信じられなかったが、オッサンが立ち上がったのを見て納得してしまった。
裸にTシャツ一枚の筈のオッサンが、丸出しにならなかったのだ。何が丸出しにならないかって、ナニが。無いのだ。
つまり、Tシャツから直接毛むくじゃらの手足が生えていて、手足の付け根から上が存在しない。Tシャツの中を覗いたら空洞だった。これは妖怪的なもんだと認めざるを得ない。
「仕える……ってなに? なんかしてくれんの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
オッサンが俺の後ろにまわり、いきなり俺を抱きしめた。柔軟剤の香りがふわんと香る。
「うわ!! 何すんだよ!!」
あまりの気持ち悪さにオッサンをドンと突き飛ばし大声で叫んだら、隣の壁も再びドンと叩かれた。ホントに隣人さんごめんなさい。
「何って……ご主人を優しく包んで癒すのが私の仕事ですが」
きょとんとしてオッサンが言う。曇り無き眼と言うのを体現した目だ。
優しく包んで……ってTシャツだからか。確かに俺はこのTシャツがお気に入りで、部屋着として着てたときはリラックスしてたし癒されてたけど、何か違う。
「なんでお前見た目がオッサンなんだよ……どうせなら◯◯たんの三次元化された見た目で現れてくれよ」
「仕方がないですよ。30代独身男であるご主人の20年間の愛とリビドーが凝縮され煮詰まったこの身体が、アニメ美少女の姿になるわけないでしょう」
その存在自体が非常識なのに妙に常識的なツッコミをするオッサン。恥ずかしいからどさくさにまぎれてリビドーとか言うな。あと「愛と」の所にわざわざ手でハートマークをつくるな! 気持ち悪い。
「はぁ……お前、それじゃ何の役にも立たないじゃん」
「ええ~せっかく付喪神になったのにそんな事を言わないで下さいよ」
「じゃあ他に何か役に立つ事を考えてよ」
「うーん、うーん……あ! ご主人と話せます!」
「話ぃ?」
「ふっふっふ。私はご主人の愛で付喪神になったんですよ。つまり、ご主人が何を愛しているのか全部丸わかりという事です!」
そう言ってキッチンの方に行くオッサン。ほどなくしてストゼロとアイスを持ってきた。おい、冷蔵庫を勝手に漁ったな。
「ご主人の好きなものは、コレで飲みながらダラダラDVDや動画を見ることです!」
「いや……確かにそうだけど……?」
「更に、摩り切れるほど見たDVDのどこが好きかとか全て網羅してますので朝まで語り合えますが」
「……!!!」
* * *
結果、二人(一人と一柱?)で行ったDVD鑑賞会はめちゃくちゃ盛り上がった。
オッサン―――――Tシャツの付喪神だから、Tさんと呼ぶことにした―――――は自分で言っていた通り、俺の◯◯たんに対する愛情から生まれた存在だったので◯◯たんに対する最高の理解者だった。
ここのシーンが神作画だとか、この◯◯たんの声が神だとか、付喪『神』と神だ神だと言い合うのは冷静になってみると実にシュールだが、その時はこれ以上ない高揚感だった。
若い頃はリアルでもネットでも語り合う存在は幾らでもいた。しかしアラサーにもなるとオタク仲間はどんどん減っていく。他のアニメに移行する者、オタクをやめる者、家庭など他の事が優先になる者、そして俺のように仕事に忙殺される者……。
いまや、俺が自由にオタク趣味を語り合う相手なんていなかった。俺は自分でも気づかない内に、そういう相手にとても飢えていたのだ。
Tさんはちょっとストゼロとアイスを分けてあげるだけで(栄養と言うよりは嗜好品として欲しいらしい)俺の心の充電をしてくれる、役に立つ存在になった。
心が充電されれば仕事も頑張れる。自然と効率が上がり残業も少なくなったし上司にも誉められた。Tさん効果すげえ。いや、Tさんというより◯◯たんへの愛かな?
仕事を定時であがれたので酒とちょっと高級なアイスをスーパーで買って帰る。Tさんはこのアイスを食べて何と言うだろうか。神だ! と言いそうだな。
そんな事を考えながら鍵を差し込みアパートのドアを開ける。
「ただいま~」
「「ご主人、お帰りなさい」」
声がハモったように聞こえたのは何故だろうか。寝室とDKを隔てる引戸に手をかけ、するりと開ける。
いつもの見慣れた俺の部屋、俺のベッド。そこの上にTさんと、DVDのケースから毛むくじゃらの手足が生えた小さなオッサンが正座していた。