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6 ジンは何者なの?


 今日のギルドは混雑していた。どうやら新しいダンジョンができているらしい。


「魔神の霊廟れいびょうだってよ」

「強いのか?」

「さあな、入り口がふさがってて入れないんだと」

「へええ、強力な魔神が入ってそうだな」


 少なくとも侵入者を阻むだけの知性があるということだろうか。

 そんな周りの声をききながらも私は依頼の掲示板に目を通していた。

(肉食うさぎの討伐五十匹、これなんかいいかもしれない。範囲魔術で一掃できそうだわ)


「ユリア」


 ジンの低い声が聞こえて振り返る。彼は真剣な面持ちで親指を立てて自分の後方に向けている、私に目で合図する。ジンはギルド出口を指しているようだ。


「行くぞ。魔神の霊廟れいびょう


(え?)


「いやいや、無理です」


 なんでそんなトップランカーみたいなことをしないといけないのだろうか。

 いくら一通り魔術ができるからと言って、単独で乗り込むような命知らずではない。


「ん、気にすんな。俺は強い」


「それは……そうだとしても、無理です」


 私の眉はふにゃりと垂れ下がった。ジンの強さなんてわからないし、万が一の時の回復はいったい誰が担当するというのだろうか。


「うるせえ」


 むっとした顔をしてジンは私を颯爽と担ぎ上げた。

 そしてそのままものすごい速さでギルドを出て走り出したのだ。

 向かい風で息がしにくいほどだ。私は風に負けない声ではりあげる。


「ジン、そもそも場所がどこか知っているの?」


 そんなことまで噂されていただろうか。


「まあな」


 ジンは何でもないような顔で答えた。


 ジンに担ぎ上げられてついたのは王城のはしだ。

 なんてことだ、つい昨日追放されたばかりだというのに、王城に帰ってきてしまった。


「ええ、ちょっとまって」


 ジンは王城の城壁をかるがると越えてみせる。

 まるで野生動物かのような俊敏性だ。

 彼の前世はチーターかなんかだったのだろう。

 タン、と城内の植木に着地する。

 ああ、不法侵入。誰かに見つかったらただではすまない。


 相変わらず風を切って走るジンの肩の上に俵のように担がれながら、あきらめの境地であたりを見渡していると、ちらりと妹の姿が遠くに見えた。

 その横顔は俯き、一人で王城の外壁にもたれ植木の下に隠れるようにしてしゃがんでいた。


(泣いてる……?)


一瞬そう見えたように思えたが、風のようにかけるジンの速さで、一瞬で姿が見えなくなった。向こうも私たちに気づいていないだろう。


「ついたぞ」


 ジンは自信満々だが、ここは王城の裏手だ。ジンはつかつかと歩くと、王城の裏口の掃除用具でも入れていそうな鉄の扉を開けた。


(ああ、こうやって犯罪者に片足つっこんでいくのね)


 絶望だ。追放されてからの不審な男を連れて城内不法侵入。こんなの見つかったら。まるで婚約破棄の恨みを晴らしに来たみたいに思われる。捕まったら王城追放じゃ済まない。お兄さま、ごめんなさい、私はここまでのようです。


「何ぼさっとしているのだ、いくぞ」


 ジンのくだけた言葉遣いからだいぶ打ち解けたとでも思ってもらえているようだが、犯罪の片棒背負わされるのはあまりにもつらい。


「いえ、私はちょっと」


 王城に入ったらだめですよね、追放されてるのに。


「ユリア」


 立ち尽くしていると、ジンが私の前まで戻ってきてすっと跪いた。


「こわいのか? 俺が守ってやる」


 私が俯いていた顔をあげ、ジンの顔を見ると、ジンはにっと笑った。

 そういえば、ジンの笑い顔なんて見たことなかった。

 なんだろう、こんな、笑顔ひとつでころっといっちゃうなんて自分のちょろさが腹立たしい。


「ほら、いくぞ」


ジンは私の腕をやさしく引いて王城の裏口に入った。


私は妃教育で王城で寝泊まりしていたにもかかわらず、こんなところに裏口があるなんて全く知らなかった。


(ジンは何者なの?)



 中は石でできたレンガを組んで、戦争に使う地下壕ちかごうのような内部になっていた。長い長い廊下の先には下向きに階段があり、階段をおりると行き止まりだった。おそらく万が一の事態の時はここに隠れでもするのだろう。


「えっと……」


 よくよく考えれば、たった二日過ごしただけの人のことをどうして信用してしまったのだろうか。こんな人一人いない地下の袋小路にのこのこやってきて、ばかみたいだ。ここで殺されても文句は言えない。


「ユリア……」


 ジンはこちらを振り向いてぎゅうと抱きしめてきた。

 またか、またなのか。なにか衝動的に人を抱きしめる発作でももっているのか。

 こんな地下壕ちかごうみたいな場所でムードも何もあったもんじゃない。


「転移するから、つかまってろ」


 抱き留めたまま、ジンは私の耳元でぼそりとささやいた。


(転移?)


 途端に足元の岩のレンガからまぶしい金色の光が溢れ出した。

 もはやまぶしさに目が開けられなくて目を閉じると、ジンは私の顔を彼の胸に押し付けた。

 ぶわりと風が舞い、私の髪の毛が乱れる。


 


「よくきたな、挑戦者よ」


 次に目を開けた時には景色は変わっていた。


 あの殺風景な地下壕ちかごうから、煌びやかなダンジョンラストボスの大広間に瞬間移動だ。


 岩元素で構成されたシャンデリアは黄金に輝き、床には毛足の長い赤銅色の幾何学模様のカーペットが敷かれ、壁際には岩造りの調度品と、大小さまざまなツボが並んでいる。どうやらこの部屋の主は随分とインテリアが好きなようだった。


 声の主は部屋の真ん中に備え付けられたハンモックに寝そべっており、ハンモックはまるで三日月を切り取ってそのまま持ってきたかのようなデザインをしていた。揺れる三日月の上からひらりと飛び降りて、この部屋の主は私の前に降り立った。彼の黒髪とひとつ垂らした三つ編みがぴょこりと揺れる。


「びっくりしたか?」


 この部屋の主、ジンは得意げな顔をして私の目の前に来るとすっと跪いて、私の右手をぐいとひいて彼の頭に乗せた。

 彼の漆黒の髪がさらさらとしていた。黄金の瞳は上目遣いで揶揄うようにきらめいている。


「いっただろう、俺が、守ってやると」


 ジンが何事か呪文を呟くと私の周りに金色の帯が溢れた。私の周りをぐるりと囲み、ジンの首元と私の右手に金の紋がぐるりと一周まわり帯が締まる。まるでタトゥーをしたかのように、腕まわりに残った跡を私は茫然として見つめた。一体何が何なのだろう。


「ええと」


「俺が、ユリアの、召喚僕になってやるっていっただろう」


 もしかして、昨日の話でしょうか。もうすっかり忘れていたけれど、ジンは覚えてたんですね。ん? てことは、ジンは……。


「本当に、魔神ジン!?」


「ああ、まあな」


 膝をぱんぱんとはたいて立ち上がった彼は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

そのままぎゅうと前抱きにされた。


「ユリア……」


 変なところは相変わらずだった。どうしよう、厄介だ。人間じゃなかったなんてよけい困る……。

この人をどう振り払ったらいいのだろうか。どこまで逃げてもついてきそうだった。


「ここ、どこ?」


 ジンの胸に押し付けられながら声を絞り出す。


「俺の城、魔神の霊廟れいびょうだな」


 ああ、どうりで。自分の住み家に向かっていたから道中ストレートだったんですね。というかもはや最短最速、瞬間移動でしたよ。ほかの人がダンジョン踏破に来る前に済ませたかったのね。


 ジンが絞り出すような声音でつぶやく。


「はあ……胸がくるしい」


 苦しいのは締め付けられているこっちです。というかジン昨日からずっと苦しがっているな。大丈夫だろうか。


 私の頭の上にウィンドウが出た。



召喚士:LEVELUP レベル1→78

召喚僕:NEW 岩の魔神SSS ジンザーク・サルターレ

状態:NEW 契約


 レベル……めっちゃあがってる。ていうかジンめっちゃ強い……。

 これ無理だ。この人に勝てそうにない。あらためて今までのジンの奇行すべてに身震いする。私を待ってたって、なに。襲われても文句言えないとかいわれたけど、本気で襲われてたらこれは手も足も出ない。


 私の震えをどうとったのか、ジンはさらにぎゅっとした。

 いいえ、感動しているのではありません。

 あなたに恐怖しているんです。

 寝首どころか、準備万全でも首をとられそうです。


「……よし、帰るか」


 しばらくハグを堪能して満足したのか、ジンはぼそりと言った。

足元が丸く光り、抱き合った二人の姿は光の中に消えていった。



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