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4 人生の転落がすぎる


 やっぱり疲れていたのだろう。

 彼もいつから洞窟にいたのか知らないが私と出会ってから三時間くらいは歩きどおしだ。


 ぬれた髪をタオルで拭きながらベッドに歩み寄る。

 ベッドの足元部分に備え付けられている茶色の足置きの布もしっかり有効活用されてジンの足置き場にみたいになっている。こうやって掛布団の上にそのままねころがる人用に備え付けられているんだなあ。


 ジンはこちらに背を向けて横向きに寝ているので、ぐるりとベッドの周りを移動して彼の顔の向いている窓側に移動した。どんな寝顔をしているのだろうか、きになる。




 私が顔をのぞきこんだ瞬間、彼の金の瞳がぱちりとあいた。窓から差し込む夕陽で彼の虹彩がきらりと光を反射する。目の中には無数の小さな星々が瞬いているようだった。


 思わず見惚れているとぐいと腕を引き寄せられてベッドに押さえつけられた。


 私の水気の残る髪はばらりとベットの上で扇のように広がった。入浴剤の香りが広がる。首元にかけていたタオルが首の後ろでだまになってしまっていて首が痛かった。


 ジンは、両腕で私のそれぞれの両腕をベッドに縫い留めていた。


 彼の感情のないような眇めた金の瞳が射貫くようにこちらを見下ろし、私は思わず身震いをする。まるで捕食者の目だ。


 彼は顔を近づけて私の耳元に唇を寄せる。


「こんなの、襲われても文句はいえねえぞ」


 その低い声は忠告をしてくれているようだった。


 私はぶんぶんと顔をふって肯定した。


 本当にすみませんでした!

 寝顔みようとしてすみません!

 もうしませんからゆるしてください!


 ジンは私の蒼白な顔をなめるように見つめていたが、腹の底から深く息を吐きだした。


「……気をつけろ」


 私の両腕を押さえつけていた手をそっとはなし、こちらに背を向ける形でベッドに腰かけている。


 もしかして、後悔しているのだろうか、両手で顔を覆いうなだれている。

 先ほどまでの恐怖心が若干やわらいだ。


「ごはん食べにいきませんか」


 私は思い切って声をかける。

 時計の針はもうすぐ十七時を指そうとしていた。




 ジンは手品師なのだろうか、一瞬で寝巻を先ほど着ていた砂色の長衣に変えた。


 その服はまるで新品のように新しくてパリッとしている。詰襟の部分には金色のビーズが並び、まるで星のようだ。上にはおった赤銅色のジレのような形の丈の長いベストを金のショールのような布で腰元をしばって固定している。


「よし、いくか」


 私が髪の毛を乾かし終わると、まるで何事もなかったかのようにジンは私に腕を差し出した。

 

 エスコートだ。


 つい先ほどベッドに押し倒した相手に向かって顔色を変えることもなく涼しい顔をしてエスコートをしてのける。


 私はジンの腕に手を添えながら、鼓動がうるさいくらいだった。




 陽が落ちかけた藍色の空に、店先の明かりがぼんやりと光っている。


 私はジンにエスコートされて一軒の酒場に入った。

 ガランと扉のベルが音をたて、入った店内は温かい熱気にあふれていた。

 少々さわがしいくらいには活気があり、たまたま開いていた壁際の二人席に腰かける。


「注文をどうぞ」


 すばやくウエイターが席を訪れ、注文をうながす。

 まだこちらはメニューも開いていないのだ。とりあえずビールとでもいわれると思っているのだろう。


「ああ、じゃあ新ジャガイモのごろごろシーザーサラダと、ことこと牛肉のビーフシチュー、ビールと、オレンジジュースを一つ」


「はいよ!」


 一切メニューに目を通すでもなくいってのけたジンに私は目が点になった。


(え、あるの? そのメニュー? そして料金はたりるの?)


 胃がきりきりしそうだった。


「飲み物お先にしつれいしやす!」


 ドンとテーブルにはビールとオレンジジュースが置かれる。

 ジンはちゃっかり自分のビールを涼しい顔して手に取った。


「乾杯」


 うっかり流されて乾杯してしまったが、何に対して乾杯したのだろう。私がジンに振り回されまくって完敗・・したといっていたのならそうかもしれないが。


 ごくごくと音をたててジンはビールを呷った。こんなハイペースで飲まれたらお金が足りなくなりそうだ。震える。


「さっきは悪かったな」


 ジンは若干赤らんだ顔で私をじっと見てきた。お酒の力を借りて謝罪するつもりだったようだ。


「でもユリアもあんな無防備な状態で風呂上がりの俺のところになんかくるな。絶対にだぞ」


 左腕で顎を支えながらジンはこちらを穴が開くくらい見つめてくる。


 なんだこれは、恋人の喧嘩か!


「以後気を付けます」

「ああ、気をつけろ」


 ふいとジンが視線を落とすと、ちょうどいいタイミングで料理が運ばれてきた。


「新ジャガイモのごろごろシーザーサラダと、ことこと牛肉のビーフシチューです」

「ああ、追加でライムギパン一つと本日の刺身盛り合わせと、あとビールお代わり」

「はーい、まいど!」


 私は震えた。追加注文がはなはだしい。あとメニューはあいかわらずノールックだった。


 ジンはシーザーサラダを取り分け皿に軽く盛ると私のほうに押しやった。


「ん」

「……ありがとう」


 ごろごろと小さめの新ジャガイモのふかしたものがシーザーサラダに入っている。とてもおいしそうだ。そして心なしか私の好きなクルトンが多めに入っているようにすら思える。おそらく気のせいだろうが。


「たりるかな、お金……」


 私は思わずぼやいた。王太子の婚約者の伯爵令嬢から無銭飲食で指名手配なんて人生の転落がすぎる。念のために多めに持ってきてはいるものの心配だ。


「ああ、気にすんな」

 ジンは涼しい顔でサラダをほおばっていた。


 私は黙々と食べ進めるジンをみながら、あの気まずい部屋に戻る前になるべく今のあいだにジンと打ち解けておかないとと思った。今日安らかな気持ちでぐっすりと眠るためにも同室のジンの人となりをわかっておきたい。


「今日、鍾乳洞でなにしてたの?」


 つとめて明るい調子で問いかけた。ジンはだいぶお酒が回っているようだし、多少は饒舌かもしれない。


「ユリアを……待ってた」


「……」


 危ない人でした。どうしよう今日一睡もできないかも。


 ジンは耳までお酒が回っているような顔でビールを片手に据わった目つきでこちらを見つめている。


「心配で心配で仕方がなかった。もう会えないんじゃないかと思った。俺のことももう覚えてないんじゃないかと思った。まあ、覚えていないんだろうけど」

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