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2 きれいな髪色だな


 いったいいつ背後をとられたのだろう。まったく気配がなかった。おもわず背筋を冷たい汗がおちる。


「わるい……ここで出てくるつもりはなかった」


 しゅんと子犬のように落ち込む様子はこちらの警戒心を薄めさせた。


「いいえ、危ないところをありがとうございます」


 恐らくあのまま後頭部から床の岩にたたきつけられていたら無事ではないだろう。気を失っていたか、打ち所が悪ければ死んでいた。


「ユ……あ、いや、名前を聞いてもいいだろうか。俺はジンザーク、ジンと呼んでくれ」


「初めましてジン。私はユリア・フォン・イシュラルドですわ」


「イシュラルド、この国の名前を冠しているんだな」


「ええ、うっすらと王家の血を引く家系なのです」


 ジンはこちらをじっと見つめてきた。後ろから抱き留められている状況だ。


 彼は私の身体を一向に離す気配がない。こんな真っ暗な鍾乳洞の奥深くで、見知らぬ男性と二人きりで後ろ抱きされているなんて心臓に悪い。


「ユリアはここに薬草をとりにきたんだろう?」


 いきなり目的を当てられて驚いたが、きっと私が薬草のにおいでもぷんぷんさせているのだろう。


「ええ、そうです」


「もうそろそろ雨も上がる。出口まで一緒に行こう」


 もうそろそろ、雨も上がる?


「まあ、ありがとうございます」


 ジンはすっと腕をだしてエスコートのしぐさをした。私はそっとその腕に手を添える。彼のさしだす腕があまりに自然だったので思わず癖でその腕をとってしまった。


(ん? どうしてエスコートできるの? この人、異国の人よね?)


 このエスコートは、我が国イシュラルドの、文化だ。


 男性が腕を少し曲げ、女性がその腕に少し手を添えて歩くのはイシュラルドでの恋人の公的な作法だ。王太子の婚約者だったときにパーティで何度かエスコートされたので癖でつい見知らぬ他人の腕をとってしまった。……ここには誰も見ているひとなどいないというのに。


 私の光魔術は白いウィスプのように足元を照らす。ぼんやりと二人の周囲だけ薄明るい。


 ちらりと左を見ると彼の黄金の瞳とぱちりと目が合った。


「どうした? ユリア?」

 彼の少しかすれた声がやけに耳に残る。低い声に少しの甘さをはらんでいる。


 いきなりのこの距離感。 なんとも気安くないだろうか?


「ええと、初対面、ですよね?」


 絶対に初対面だ。 一応疑問文できいたが、絶対に初対面だ!

 こんな異国情緒あふれる退廃的な色気の男性見たことも想像したこともない。


「ああ、……そうだ」


 ふいと目をそらされた。なにか気まずそうな表情になる。

 彼は口元に手をやり、なにごとかを葛藤している。


 どういうことだろう。

 なにかまずいことでもきいたのか?


 沈黙しながら洞窟内を歩く。




…………

…………

…………




 なにかまずいことをきいたんですね!

 わかったからそんなへこまないでください!


「……すみません」


 沈黙に耐えかねて私がそっと謝罪を挟むと、ジンはこちらを向いた。


「あ、いや、わるい。考え事をしていた」


 さらりと私の髪の毛を梳く。


「きれいな髪色だな。まるで赤い砂漠の砂の色だ」


 まるで愛しいものを見るような目つきでジンはうっとりといった。

 私のこの赤銅色の髪のことをいっているのだろうか。こんな薄暗い洞窟の中でよくそんな詩的な言葉がでてきましたね。


「ええ、王家の系譜は岩なので岩元素の恩恵を受けてそれが髪色として発現しているのです」


「そうか……」


 どこか満足げにジンはうなずいた。


「お前の魂も美しい」


 ……ききまちがいだろうか。


 この人はナンパする気満々なのか。





「あ、出口見えてきましたね」

 私は思わず声を上げた。話の矛先を変えたかった。


 洞窟内のカーブをまがると遠くに白い光の点がみえる。

 外の光を感じると一気に安心感がある。


 このほの暗い洞窟をこれ以上得体のしれない男と歩いていたくはなかった。


 洞窟から出て外の明るさに目が慣れずに瞬きを二、三回する。


 すっかり雨は上がり、雨上がりの土のにおいと、ぬかるんだ足元の土、目線を上げれば虹の薄くかかった青空と、しずくを垂らした木々がみえる。


 息を吸い込めば、しっとりとした清涼な空気だ。洞窟内で感じていた息苦しさはもうない。


「ありがとうございました。では」


 腰を折ってイシュラルドの礼のしぐさを行う。両腕を胸の前で組み、両手のこぶしを合わせたものだ。このこぶしは岩と岩を合わせるという由来があるという。つまりは挨拶の型だ。


「ああ、では、行くか」



 ????


  あっさりとエスコートを継続するジンに心の中で疑問符がとまらない。

  

  どこまでついてくるのだろうか。

  ああ、もしかして彼も薬草が必要とか?


 まるで迷いない足取りで私を薬草の群生地にエスコートすると、彼は露のついた薬草をむしる私をひたすら見てくる。


 穴があくほど見つめてくる。





  ジンの熱い視線に耐え一時間ほどひたすら薬草を摘んで摘んで摘みまくった。

  雨上がりの土は柔らかく、根元からきれいにとれたがもう手は泥だらけだ。

  持ってきたきれいな水で手をすすぎ、ハンカチで拭く。


「かごひと山だからこれで全部ですね」


 結局依頼の量を摘み終わるまで凝視されていた。


「ああ、終わったか。では行くか」


 ん? どこまでついてくる気なんですかね!


「えと……おかまいなく」


 

 つたわれ! 私の気持ち。 さよなら、見知らぬ人!



「ああ、よし、行こう」



 つたわらなかった!



 依然私の腕をエスコートしながら彼は森の出口に向かって直線距離ですたすたと歩く。

 ほぼ引きずられるような心もちで小走りした。これでは競歩だ。




 明るい陽の光のもとでまじまじと見た彼の顔はやはりこの国の顔立ちではなかった。


 彫りの深い褐色の肌に、二重のきっちりついたアーモンドアイは釣り目がちで、イシュラルドではなかなかお目にかかれない濃い顔立ちをしている。


 そして、一つ結びの肩先まである小さい三つ編みは、そんな髪型している人なんてみたこともない。彼の漆黒の三つ編みはサソリの尻尾のようにぴょこんとしていた。


 長い森を抜け、冒険者ギルドまでまっすぐに向かう。ああ、この人も冒険者なのかとようやく合点がいった。


「はい、依頼の薬草ですね。たしかに受け取りました」


 受けつけのクレアさんが、にこりと微笑む。


「パーティ申請もしておきます?」


 彼女の視線の先はジンがいる。そうですよね、一人で出て行って、二人で帰ってきたら……気になりますよね。


「ええと、……」


 確かに彼は何もしなかったけれど、分け前を独り占めしてるように見えなくもない。

私の逡巡しゅんじゅんした視線をみてとるとジンは何でもないというように言った。


「ああ、俺はユリアに召喚された従僕だから数に数えなくていい。彼女はソロだ」


ん? 私いつのまにそんなことしました?


「ああ、そうでしたか」


クレアさんはあっさり納得した。


「ユリアさん、メインジョブ召喚士ですものね」


 ええ、確かにここで冒険者登録するときにジョブ確認したときはメインが召喚士でサブが魔術師でしたよ。でも召喚士の使い方をわかる人が全くいなかったのでこれから自分で調べようかと思っていたところでした!


 でもジン、あなたに召喚士については何も言ってないですよね。


「では、これが約束の三千ゴールドです」


 クレアさんは布袋に入った銅貨をジャリンと机の上に置いた。

 初めての仕事にしてはずっしりとしてうれしさがこみ上げる。


「ありがとうございます」




 よし、今から宿にでも泊まろう!



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