1 あきらめていた冒険者にでもなろう!
「私は真実の愛に目覚めたのだ! お前の家と婚約を結ぶというのなら妹でも問題はないだろう!」
プラチナブロンドの髪をもつ王太子殿下はその青色の瞳を冷たくして高らかに宣言した。
彼の後ろには顔だけ出すような形で私の妹が満足げな顔つきでこちらを見ている。
(ええ、私もあなたのようなモラハラ王子はごめんです!)
私は口をつぐんだ。しみついた妃教育のたまものだった。こんな俺様王太子なんて妹にゆずっても全然かわまないのだと自分に言い聞かせる。
「お前を妹をいじめた罪で王城から追放する!」
なんとも子供っぽい理由での追放に怒りがこみ上げる。
別に妹をいじめた覚えなどない。きっと何か吹き込まれでもしたのだろう。
今まで王城で住み込みで妃教育を受けていたのだ。もう必要ないから出て行けと、そういうことですね。
(そうですね! 王城にそのまま私がいたら妹が気に病みますよね!)
「わかりました。すぐに荷物をまとめてここを去りますわ」
背筋をただし美しいカーテシーを披露する。最後まで凛としていたかった。
あの王太子に今まで何度心を傷つけられてきただろう。私が必死に妃教育をしている中、彼は私の妹と何度も密会をして仲睦まじくしていたのだ。
心が傷ついているが、あんなモラハラ男のいうことにいちいち傷ついてなんていられないと自らを叱咤しながら城の中を歩いていく。
実家に出戻ると兄に同情された。
「気にすることないよ。ユリア、お前は十分がんばった」
兄のさらりとした銀の髪色は母譲りだ。私の赤銅色の髪は父ゆずりだった。 父親と母親の両方の色を受け継ぐ妹の桃色の髪がゆれると私のこころはいつも苦しくなる。妹だけだ。二人の本当の血を半分ずつ受け継いでいるのは。
兄に慰められても私の心は完全には晴れなかった。王宮から追放された私はこの家にはもういられそうになかった。
私は独り立ちすることを決意したのだ。
そうだ、この家を出よう。
辺境伯爵である我が家はかつて、王家の駆け落ちした姫の血を引いていた。今はもうだいぶ薄まってしまったが、王家の血筋には特殊な能力が発現することがまれにある。王家でも血が薄まっていき現在の王太子は受け継いでいない。なので赤銅色の髪色から先祖返りしたと推定されるユリアがわざわざ婚約者になっていたのだ。王家の血筋を濃くするためだった。
(よし、これもいい機会だわ! あきらめていた冒険者にでもなろう!)
妃教育はもともとすきではなかった。義務だけでいやいや取り組んでいた。自分のやりたいことは我慢してきたのだ。
(でも、もう私は自由!)
置き手紙を書くと、大き目のリュックに手当たり次第に荷物を詰め込んで、私は家を飛び出したのだ。
その飛び出した勢いのままに冒険者ギルドに登録しに行った。なにごとも思い切りが大切だ。有事の際に身を守るためにと魔術に関しては一通り勉強をしていたからたいていの魔術は使える。
私はあの鬱陶しいほど長いドレスを脱ぎ、簡素な上着と動きやすいズボンを履き、すっかり新米冒険者のいでたちをしてギルドの中をうろついていた。
ギルド内掲示板に張り出されて募集されている依頼に目を通す。
(とりあえず簡単なのから……薬草を取りに行く、だけでも数十件はある)
ふむふむ
(あ、ここ王都からほど近い。ここにしようルーキーには最適ね)
王都の中でも、王城に近いところには森林がある。
ここには危険な魔物もいない。伝記には昔この地イシュラルドを建国した神が墜落した跡地に王城を建設したという。なので王城周辺はその加護の恩寵をうけているから魔物も出にくいのだとか。
(つまり安全ってことね! ルーキーにはありがたい!)
さくさくと草を踏み分けて森の奥へ奥へと入っていく。
「あ。あった」
薬草の群生場所だ。ぎざぎざの特徴的な葉をしているから一目でわかる。かごいっぱいに取らなくてはならないのでひたすらとりまくる。
ふと途中でぽつぽつと雨が降ってきた。
見上げれば雲は厚く、すぐには雨もやみそうにもないし、これからさらに雨あしは強まりそうだ。
雨宿りに近くの洞窟に入る。入り口にはツタが絡まっていた。
(ここ……よくみたら奥は鍾乳洞だ)
我がイシュラルド王国は岩の神を信仰している。
(この鍾乳洞にも加護がかかっているのかもしれないわね)
加護の力で鍾乳洞内にも危険なモンスターは出ないだろう。
なかなか降りやまない雨に、鍾乳洞の中を少し歩いてみると、思っていたよりもずっと中は深そうだ。
(どうせ待ちぼうけするのなら、暇つぶしに鍾乳洞の中でも探検しよう)
光魔術で明かりをともし、中に分け入る。
天井からは規則的にぽた、ぽた、と鍾乳洞のしずくがしたたり、床の凹凸に水たまりを作っている。少しひんやりとする内部におもわず身震いする。鍾乳洞内部はところどころ棚田のようになっており、用水路のような溝を石灰水が流れている。天井からは岩のつららが垂れ下がり、中は薄暗い。
長い長い一本道は曲がりくねっていて、蛇のように続いている。もうどれくらい歩いただろうか、後ろを振り向くともう入り口の光は見えなくなっていた。目の前もカーブになっていて先が見えない。なかはだんだんと闇のように暗くなってきた。
(どこまで歩いたら引き返そうかな)
もう三十分はあるいているが、せめてここまで来てよかったと思えるような鍾乳石の大柱だとか大きな棚田の絶景をみてから帰りたい。
ランタンなみの光を魔術で照らしながらあるいていたら、足元の水でぬれた岩のへこみに足をとられた。
「わ」
転ぶ!!
背中がわにぐらりと傾いたのを、ふわりと背後で支えられた。
驚いて振り向くと、褐色肌に輝く金の瞳、闇夜のような黒髪をぼさっとさせて、後ろで小さな一つ結びにした三つ編みをもつ、砂漠の民のような退廃的な色気のある男性が背中を支えている。
彼は少し眉を下げ、私をじっと見つめていた。