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6 課金はのっとり阻止に有効です

「ねえ、ノア……。その……もう大丈夫だから……」

「…………」


 抱きしめられたルルは小さな声で言った。けれど、ノアはうんともすんとも言わない。暖炉そばのソファでルルを腕のなかに閉じ込めてから、もう一時間もじっとしている。


 ルルの手を引いてお屋敷に帰ってきたノアは、息つくまもなく二階に上がり、キルケシュタイン博士のものとは違う部屋に入った。

 花柄の壁紙がはられた客室だった。女性向けなのか家具はすべて白く、金の縁取りや取っ手がかわいらしい。


 ルルが部屋を見て回っているうちに、ノアは暖炉に火をくべて、荷物から新しい毛布を引っ張り出した。

 名前を呼ばれて近づくと、ふわりと毛布を回されて引き寄せられ、あっという間にソファのうえだった。


「ノア? ねえ、いったいどうしたの?」

「…………腹が立っています。自分に」


 ノアは、ルルの肩に顔を伏せて言う。


「お守りすると決めたのに、ルルーティカ様を危険にさらしました」

「失礼な騎士のこと? たんに腕をひっぱりあげられただけだわ。どこも怪我してないし平気よ。ほら」

 

 ルルは、袖をまくってアザ一つない腕を見せる。


「ね? だから落ち込まないで」

「それでは私の気がおさまらないんです」


 切なげに目を細めたノアは、ルルの頬に手を添えた。


「もう、誰にも触れさせません。二度と貴方に怖い思いをさせない」


 真剣な表情に、ルルの目は釘付けになった。

 親にすら捨てられたルルを、ノアは心から大切に思ってくれている。


「うん……。ありがとう」


 お礼を聞いて自己嫌悪にくぎりがついたのか、ノアは腕を解いた。窓がコツンと叩かれたので見れば、レースカーテン越しに黒くて大きな影が見える。


「あっ、暗殺者!?」

「違います」


 ノアが背丈ほどもあるガラスを開けると、黒い角が部屋に突っ込まれた。

 半円形の広いバルコニーに立っているのは、体も翼も角も黒ずくめの一角獣ユニコーンだった。

 ルルはソファを下りてバルコニーに出る。


「ノアが乗っていた子ね。お名前は?」

「キルケゴールといいます。私が聖騎士になった頃からの盟友です。どうした?」


 キルケゴールは、首を回して折り畳んだ翼を見た。

 ノアが羽根の間をさぐると、新聞の号外が出てきた。


 騎士が握っていた、王位継承についての速報だ。


「ルルーティカ様に関係あるから持ってきてくれたのか。お前は賢いな」


 ノアは、キルケゴールのたてがみを手でポンポンと叩く。

 号外を渡されたルルは、その場で開いた。


「――聖王イシュタッド陛下の失踪に際して、枢機卿団は聖教国王位継承法に基づき、二人の王位継承者を発表した――」


 一人目は、修道院に入っているルルーティカ・イル・フィロソフィー王女殿下。いわずと知れたルルのことだ。

 二人目は、ガレアクトラ帝国の第四王子、ジュリオ・ヘレネー・ガレアクトラ。


「ガレアクトラ帝国に嫁いだヘレネー叔母さまの息子に王位継承権があるの? 叔母さまは国を出るときに、王族としての全ての権利を放棄されたはずじゃ……」


「枢機卿団は、『ルルーティカ王女には王位を継承する意欲がない』と主張して、別の候補を挙げたようです。聖王には御子がいなかったので、急場しのぎで先々王の血を引くヘレネー様の息子を引っ張り出してきたんでしょう」

「そんな復権は認められないわ。国がめちゃくちゃになっちゃう」


 枢機卿団がすすめる通りにジュリオが王位を継承すれば、聖教国フィロソフィーはガレアクトラ帝国に膝をついたようなものだ。


 一度でも属国になってしまえば、聖王の威厳は失われ、聖教国としての体裁を保てなくなる。下手をすればガレアクトラ帝国に併合されてしまうかもしれない。


「お兄様がお帰りになるまで、わたしがフィロソフィーを守らなきゃいけないわね。だけど、枢機卿団にあらがえる人脈や魔力は持っていないの。こんなわたしに、いったい何ができるっていうの」

「ルルーティカ様はたくさん持っていらっしゃるではないですか。これを」


 ノアがポケットから取り出したのは、ルルが渡した金貨だ。


「日用品や贅沢品はこれと引き換えに手に入ります。同じように、武器も人もこれを使って味方に引き入れることは可能です。上手く使えば、聖王の座を守るための最強の武器になるでしょう」


 提案されたのは課金のすすめだった。自分に足りないさまざまなものを、お金を積んで手に入れろとノアは言っているのだ。

 だが、ルルは知っている。お金で全てが手に入るほど、この世界は甘くない。


「日用品を買うようには、枢機卿団は説得できないと思うわよ」

「ものは使いようです。養成学校でよく聞きました。『金貨があれば愛すら買える』と――」

「んん?」


 風向きが怪しくなってきた。夜風に髪をなびかせながら「どういう意味なの」と問いかけると、ノアは懐かしそうな目でキルケゴールのたてがみを撫でた。


「男所帯でくらす騎士候補はみな、愛に飢えていたのです。町中ですてきな女性を見つけても貧しい懐具合では声もかけられないと嘆いていました。金貨がなくて好きな相手が結婚するのを指をくわえて見ていた同期もいました。愛こそ、この世で一番得がたいものでしょう。金貨はそれすら手に入れられるのです」


「それ、ものすごく極端な例よ。ゆっくり時間をかけたり、優しい関係を育んだりする、無償の愛もあると思うわ」

「どちらも愛なら、有償で手に入れた方が早くて確実では?」

「そうなんだけど~!」


 ルルはじれったくなって地団駄を踏んでしまった。

 有償の愛よりは無償の愛に憧れてしまうのが人間というもの。決してルルが夢見がちなのではなく、ノアが即物的すぎるのだ。


「分かったわよ。さいわい金貨はいっぱいあるから、課金でも何でもしてこの国を守るわ。お兄様が見つかるまでだけど、立派な王位継承者のふりをしてみせる」

「そのまま聖王になられたらよいのでは?」

「それは無理」


 すげなく言うと、ノアは少しだけ不満そうな顔をした。

 ルルはそれに気づかない顔をして、キルケゴールのたてがみを指で梳いたのだった。

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