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2 黒騎士のお迎えは問答無用です

 ぱたんと倒れた扉を踏みつけて、黒い一角獣ユニコーンが祈りの部屋に入ってくる。ひづめの音は重く、尖った角と毛並みがつやつやとしていた。


 多くの一角獣は体が白く、乳白色の角を生やしている。光に透けた角は、淡いピンクや水色やイエローといったプリズムでなんとも綺麗なのだ。

 それに対して、漆黒の威圧感たるや。ごくまれに灰色や茶色、黒みの強い個体もいるが、ここまでの黒はめずらしい。


 騎乗しているは、冷たい雰囲気の青年だった。羽織ったマントや手綱を握る手袋は黒く、一角獣の足どりにあわせて揺れる髪も黒い。


 対して、マントの下に見える服は白い。金色のパイピングがきいているショートコートは、馬にまたがるときに邪魔にならないよう後ろ身ごろが長い。

 胸元にキラリと光っているのは、所属部隊をあらわす徽章きしょうだ。


 これは団服である。聖教国フィロソフィーには、聖王に忠誠をちかった聖騎士団がある。黒い一角獣にまたがる彼もその一員なのだ。


(聖騎士団の騎士がどうしてここに?)


「お前が、王女ルルーティカ・イル・フィロソフィーか?」


 騎士は抑揚のない声で問いかけてきた。

 ルルは、毛布をぎゅっとかき合わせて答える。


「そうだけど。何かご用?」

「…………」


 険しい顔で床に着地した騎士は、腰に差していた剣を抜いた。陽光にきらめく白刃に、ルルの体は硬直する。


 この騎士、ひょっっとして王女である自分を殺しにきたのでは?


 だが、ルルを殺して得られるものなどない。ルルは王族だが、魔力も王女としての使い勝手もなくて修道院に捨てられた身だからだ。


「あなたが誰に命令されてここに来たのかは知らないけれど、私に殺すだけの価値はないわ。くだらないことで手を汚して国賊になるなんて愚かよ。お帰りなさい」


 壊れた扉を指さす。ちょっと乱暴な言い方になってしまったのは、せっかくの二度寝の機会を邪魔されたからだ。


 頑として動かないつもりでいると、騎士は苦しげに口を引き結んで――ぽいっと剣を投げ捨てた。ルルはぎょっとする。


「えっ?」

「それでこそ、我が主……」


 騎士は、裾をひらりとはためかせてひざまずき、扉を指すルルの指を両手で包み込んだ。

 そして、殻をやぶって親鳥をはじめて見た小鳥のように、一心に見つめてくる。


「賊に会おうと揺らがない心。己に慢心しない生き方。そして凜とした態度。私が生涯仕えるのは、やはり貴方しかいない」

「えっっ??」


 戸惑っている間にひょいっと抱き上げられたルルは、一角獣の背に乗せられた。

 逃げたくても毛布が絡んでいるせいで身動きがとれない。あたかも梱包された荷物のように持ち運びに便利なルルを、後ろにまたがった騎士は片手で支えた。


「少し揺れます。舌を噛まないように注意してください」

「どこにいくの。というか、室内で騎乗するってことは、まさか――」


 ルルの不安をなぞるように、騎士は手綱を勢いよく振った。


「行くぞ。キルケゴール」


 パンと叩かれた一角獣は、咆哮を上げて走り出した。向かう先は、外につながる大窓だ。迷うことなく突進していき、ガラスを派手に蹴破けやぶる。


「貴重なガラスがーーー!」


 黒い一角獣――キルケゴールは、畳んでいた翼を広げて空へと駆け上がっていく。

 毛布から出した頭で振り返ったルルは、割れたガラスを見て心が折れそうになった。あれを補修するとなれば、シスター達四カ月分の生活費と同じだけの費用がかかってしまう。


 質素倹約の精神で生きるシスター達のために、使えるものは大切に使い、使わないものは売るという方針でやりくりしてきたのに。

 

「私がいちばん迷惑をかけちゃった……」


 悲しくて泣けてきた。ルルがシクシク涙に暮れていると、騎士は「魔法で直しますからご安心ください」と言ってきた。

 この騎士、魔力があるらしい。どこかの貴族か有力者の家の子どもなのかもしれない。王族なのに魔力がないルルの胸には暗い陰がさす。


(私みたいな使い道のない王女を連れて、どこにいくつもりなの)


 キルケゴールは、修道院のある森を飛び越えて、荷や人が運ばれていく街道を尻目に、空をゆうゆうとかけていく。

 青い風がルルの銀髪をなびかせる。太陽の熱は、しばらく日に当たっていなかったルルの頬を薔薇色に染めた。


 遠い空や川や道が不思議と懐かしく感じる。祈りの部屋で人生のほとんどを巣ごもってきたルルにとって、世界はあまりにも鮮やかだった。

 やがて聖教国フィロソフィーの中核である都市カントが見えてくる。


 ルルの胸はざわついた。死ぬまで足を踏み入れることはないと思っていたのに、戻ってきてしまった。


 城塞を飛び越える騎士は、門を守っている聖騎士と敬礼をかわした。聖王城を避けるように下町を走り抜けて、カントの外れにある大きな屋敷に下りる。


「着きましたよ、ルルーティカ様」

「着きましたよって……。どこなの、ここは?」

「私の屋敷です」


 騎士は、ルルを毛布ごと抱きかかえて屋敷に向かう。ルルは、もう抵抗する気力もなくされるがままである。

 魔力で開けた扉をくぐり、絨毯が敷かれたホールを通って、大きな階段を上る。屋敷はかなり広いのに使用人の気配はない。


 無言で進む騎士は、二階の大部屋のおくにある主寝室に入ったところで、ルルをベッドの上に下ろした。

 下ろされた拍子に毛布の絡みがとけて、ルルは仰向けに倒れる。銀色の髪を散らばらせ、白いネグリジェドレスで横たわる体に、騎士は覆い被さってくる。


「ルルーティカ様……」


 嫌な予感がした。少しでも騎士から離れようと、もぞもぞ並行移動すると手をついて止められる。


「ひっ!」


 悲鳴はなんとか飲みこんだが、だらだら流れる冷や汗は止まらない。


 まずい。暇を持てあまして何度も読み返したロマンス小説にこういうシーンがあった。恋する男女がまぐわうあれだ。

 ルルは、ちまたでは一応、清らかな聖女で通っているのに。


(穢されるーーー!)

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