五話 我、追放を望む
うっかり名前を呼んでしまった俺は、目の前の少女が瞠若するのを見て、しまったと口を押さえたが時すでに遅し。
「……あなた……私が聖女だと分かるのですか?」
当然の疑問を口にしてまじまじと俺を見る聖女の顔から、まずいと思った俺は目を逸らし伏せた。伏せた先にも見たら恐らくまずいものが変わらずそこにあったので更に横に逸らす。
名乗ってもいない相手を聖女と言い当てるなんて、人間ではないと気付かれたかもしれない。その上相手は誰あろう聖女だ。この1000年に渡ってしつこく俺を追いかけて来た女が、擬態していたとて俺に気付かないわけがない。
「あなた……もしかして……」
やはりバレてしまったか、と俺は観念する。死んで解放される道すらも選べず、また無情にも100年のサイクルに沈められるのだと諦めた時、聖女は言った。
「占い師さんですね!」
「——……は?」
俺は意表を突かれて聖女を再び見上げた。聖女は紫の大きな瞳をキラキラさせて俺を見ていた。
「良く分りましたね! そうです、私が聖女です!」
どことなく変態の自己紹介みたいな言い回しで、今世では過去一幼顔になった聖女は誇らし気にそう言った。
「何も言っていないのにその事に気付くだなんて、あなたもしや高名な占い師なのではありませんか?」
「いや……」
いいえ、魔王です。俺は口から出かかった言葉を喉の奥に押し留め、聖女の顔をジッと見た。
こいつふざけてるのか? 本当に気付いてないのか? いくら魔力切れしてて角もしまってついでに髪も短くしてても、顔も肌の色も声さえもまんまでこの距離で、気付かないことあるか?
と心のどこかで呆れと怒りの間の様な感情が湧き上がる。そんな俺をよそに聖女は一人頷いている。
「なんだか一昔も二昔も前の装いでふらふらでしたから、何処かのタコ部屋から麻袋被って逃げていらっしゃったのかと思いましたが、そうですか占い師さんでしたか。だとしたらそちらは衣装なんですね、納得です」
「や、違……」
思い込んだ聖女は止まらない。そうだ、こいつ人の話聞かないんだった。
「違いますか? でしたら……私が聖女だと見抜くほどの力をお持ちの方です、もしかしてフィクサーの様な方に雇われてらして、不吉な予言でもして不興を買ってしまって身ぐるみ剥がれた上で追い出されたのではありませんか? そうですよ、ふらふらのボロボロでしたもの。こんな服、幾ら衣装と言えど好んで着ようと思いませんもんね、そうに違いありません! なんてお可哀想!」
さっきからこいつは服の事腐しすぎじゃないか? 俺は記憶の限りのトレンドを抑えてこの格好にわざわざ合わせてやったのに、お前達が変に色気出して縫製技術を急ピッチで発展させたりするから置いて行かれた人になったんじゃないか。俺がダサいみたいに聞こえる言い方はやめて頂きたい。
というか、こいつは本当に気付いてないのか? 1000年もの間ストーカー並みに俺の前に何度も舞い戻って求婚しといて気付かないのか?
そう思ってさっき抱いた複雑な感情が膨れ上がってくる。
「だから俺は……」
「そんなボロ布一枚で放り出されるだなんて、一体どんな予言をしてしまったんですか? ご依頼主の個人的な事ですか? それともこの世界全般に関わる事ですか? だとしたら私に教えて下さい! 私は聖女ですからこの世に邪悪が迫っているのなら全力で——」
「違うって言ってるだろ! 俺は占い師じゃない!」
いつまでも服の事を論われた挙句、あれだけ追い回しておいて俺の正体に気付いていない様子の聖女の鈍感さに、俺は堪らず声をあげてしまった。聖女は突然の大声にキョトンとした顔で再びの疑問を口にした。
「……でしたら、何故私が聖女であると見抜けたのですか?」
俺は言い繕う言葉も見つからず、一瞬回復した体力も無駄に削ってしまった事で、もうどうでも良くなって投げやりに答えた。
「それは俺が……魔王だからだ」
聖女はまだキョトンとした顔で俺を見ていた。その聖女の前で俺は身を起こして正座すると頭を下げた。
「聖女、俺はもう魔力を溜めるのも魔界に帰るのも諦めた。だから今日ここで全部終わらせて欲しい。いつもの封印じゃなくここで引導を渡して、俺をこの世界から消滅させてくれ」
あの真っ白な空間でよくしてきた様に、俺は土埃舞う凸凹の地面に額を擦り付けて頼んだ。
コツコツ準備してきた秘策も潰えてもう希望も持てない。こうして聖女に100年を待たずして見つかってしまったのも俺達の奇縁というものだ。ならばこいつの手で、この世界から死をもって追放されるのが相応しいだろう。
俺は聖女の返答を待った。すると、
「アハハハハハッ!」
頭の上から俺の哀愁を殴り飛ばす様な笑い声が降ってきた。
「……聖女?」
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