二話 囚われの魔王は泣くことしか出来ない
そのシステムに気づいた時には手遅れだった。
最初こそ聖女などいなかったし、何か不吉な事が有ればすぐ生贄出して例え解決してなくてもOKって言えちゃう程度の文明レベルで、ちょっと嵐でも起こせば恐れ慄くから面白いくらいにポイント稼げた。
これで俺は魔界で尊敬される程のポジションにつけるって確信していた、当時は。
だが、調子に乗って次々高波だ蝗害だと文明レベルに合わせてやる余裕まで見せて攻勢かけてたら、どうだ。数年後、遂に奴らは生贄作戦に出た。
そんな事されても止めないぞ、と言ってやる気でいたが、その生贄に出された人間がまだ6つの同年代と比べても一際小っこい女の子だったんで、ここで歯車が狂った。
俺はそれを見てうっかり同情してしまったんだ。多分鼻くそとして生まれた自分とどこか重ねてしまったんだろう。
まだ子供で身体もうんと小さくて、大きな大人達が決めた事に抗う術も力も無いその姿に、素直に胸を痛めてしまった。
きっと今あの小さい頭の中に詰まってる思い出は、俺が荒らしまくって荒廃しかかった世界の景色と、自分の命をどうやって奪うかを大声で話し合う大人達への恐怖だけだろうな。
楽しい事ちゃんとあっただろうか、と目頭が熱くなってきた時、女の子は荒れ狂う海に投げ込まれることに決まった。
荒波が打ち付けて淵に立つ者を拐っていきそうな崖の上。動けないように縛られて、これで世界は良くなるとニコニコ嬉しそうな大人達に囲まれる中、その子は泣きもしないで投げ入れられるその時までただジッと立っていた。
感情が死んだのか無理もない、と思ったが違った。
その子は恐怖に震えるでも諦めるでもなく、ただただ、この世界の平和と仲間達の幸せを祈ってその時を待っていたんだ。自分の事など欠片も考えず、世界を救うのだと強い意志だけを瞳に宿して。
もう泣いたね。こんな小っさい子が、これから殺されるって言うのに、自分のことより周囲の幸せを願うだなんて……と。だから海に投げ込まれた時、即助けてしまったんだ。
これがいけなかった。この子が後に、俺を1000年に渡ってストーキングし帰郷を阻む聖女になるなんて、この時は思ってもいなかった。
「お願いします。数年とは言いません。数ヶ月……いや、数週間で何とか頑張って魔力溜めるんで、どうかその間は——」
「そもそも魔力溜めるって、結局悪い事するって事ですよね? それを知って見過ごすことは出来ませんよ。私、仮にも邪悪を払う聖女なので」
手にした杖をトンッと地面——全面真っ白な空間に上も下も地面もないに等しいが——に突く真似をして、聖女は胸を張って見せた。小憎らしい。
「……そこまで、悪いことはしないから、どうか見逃して」
「例えば?」
「えと……か、缶詰のプルタブの接着部分をめっちゃ弱くして開けようとするとプルタブだけ取れる様にする……とか」
「めっちゃイライラするしめっちゃ絶望するじゃないですかそれ! 今日日缶切り必要とする事の方が珍しいくらいなんですから、若者なんてプルタブ取れちゃったら途方に暮れかねませんよ! 信じられないくらいの悪の所業じゃないですか!」
極悪人、邪悪の中の邪悪と罵る聖女の足下に俺は泣き崩れて這いつくばる。
「じゃぁどうしたらいいんだよぉっ! もう嫌なんだよぉ! 100年寝て起きて倒されてまた100年寝るの! 寝てる間に溜めた魔力は生命維持に使われてすっからかんで、ポイントに至っては有効期限切れだよぉ! これじゃ永遠に帰れないし永遠に鼻くそだよ!」
あらゆる尊厳を投げ出して泣き喚く俺の頭上で、聖女も三角座り宜しく蹲み込んで顔を覗き込んできた。
聖女よ、お召しのローブは膝下丈ではありますが、俺は生憎と君の足下に這いつくばってるもんで、頭の上でそういう座り方したら流石にパンツ見えますよ?
「泣かないで下さい、魔王様。素敵な解決法があります」
聖女の解決策に期待してはいないが、人って話しかけられたら話しかけた人の方へ無意識的に向くもので、俺も這いつくばったままにっこり微笑みかけてくる聖女の顔を見上げた。
しっかり見えたけどパンツ見る為にではない。
「もう魔王を廃業しちゃいましょう! そうしたら私も聖女しないんで、100年寝て倒されての繰り返しも無くなりますよ! でも急に無職もお辛いでしょうから、魔王の代わりに私の夫になれば良いんです! だから結婚しましょう!」
「せんわ!」
「なんでぇ!」
1000年近く断り続けているのに飽きもせず求婚してくる聖女に、泣きつくのも馬鹿らしくなって俺は立ち上がり離れるべく歩き去る。といっても聖女も立ち上がって追ってくるし真っ白な空間には逃げ場もない。
「俺は魔族で、お前は人間。しかもこの世界を蝕む魔王とそれを封印する聖女。結婚なんてそんな馬鹿な話あるか、何百年言えば分かるんだ!」
「異類間婚姻というジャンルがありましてね」
「ジャンルとか!」
「あとロミジュリに見る敵同士の悲恋的な……」
あれこれと引き合いに出して背後にぴったりくっつき結婚を迫るストーカー聖女にうんざりして、俺は段々と眠くなってくる。
「……もういい。今回も持ち越しだ、もう眠い。お前もそろそろお迎え来るだろ」
「あら、もうそんな時間でしたか?」
聖女は言いながら光の粒に包まれだした自身の手を見ている。
「あっという間ですね幸せな時間って。じゃあ、しばしのお別れの前に、ハイッ!」
小走りで俺の前に回り込んだ聖女はバッと両手を横に開いた。
「……なんだ?」
「ハグの時間です。お別れの前にぎゅってして、100年分の愛を充電しておきましょ!」
「しない!」
不平を漏らす聖女の姿がどんどん光に包まれていって、俺もどんどん睡魔に飲まれていく。この世界の理に逆らえずに1000年も閉じ込められてきて、今回もまた眠りに落とされようとしている。
「もう! 1000年前はしてくれたのに!」
「あれは……可哀想な小さな、子ども……だったから……」
「魔王様ったら、幼女趣味なんですから。じゃぁ今度はロリ系にしてもらえる様に天使様と交渉してきますね」
「しないでいいから……もう戻ってこないで、普通に生まれて普通に……生きなさいって」
もう瞼を持ち上げていられないくらい急激に眠気が襲って来ている。これを、1000年の間繰り返していて一つも対策が立てられないとは情けないが、抗う術も見つからない程強力な摂理がこの世界には設定されている。
「魔王様に会えない普通なんて無いです! 来世こそ頷いて頂きますからね」
ほとんど閉じた視界に、光の粒になって消えていく聖女が微笑んでいるのが映った。
「それでは魔王様、また100年後に。おやすみなさい」
いつもと同じ言葉を残して光の中に聖女は消えて、俺の意識も眠りの中に消えていった。
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