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噂では

噂ではそろそろ婚約破棄らしい

作者: なみちか

ありがとうございます。続編も書いてみました。

「あんな女といるなんて、もう無理だよ...」


「あら、まぁ。」


「近づくとすごい甘ったるい匂いがして、気分が悪くなってくるんだ。」


「あらあら、まぁ。」


 そう言って男は女に抱きつきた。


「充電させて。」


「仕方のない人ね、少しだけですよ。」


 女は優しく男の頭を撫でる。


「君にも不自由な思いをさせてるね、もう少しの辛抱だから。明日からまた頑張るよ。」


「はい。無理はなさらないで。何を噂されようと、私はきちんとわかっておりますもの。」


「君がいて、本当によかった。」


 二人は軽くキスを交わし、惜しみながらもその場を離れた。



 翌日の昼休み、エリザは友人と渡り廊下を歩いていた。

 すると、友人が急に忘れ物をしたので、戻ろうとエリザの手を引き、引き返した。

 チラリと目に入ったのは、中庭のベンチに座る男女の姿。一瞬でも見間違う事はない、男は婚約者のディランだった。ならば一緒にいた女は噂の男爵令嬢だろう。

 心優しい友人に感謝しながらも、あんなの気にしなくてもいいのにな、と思いつつその場を後にした。


 ディランの方も渡り廊下にいたエリザに気がついていた。エリザの姿を認識し、彼は思わず舌打ちをした。


「あら、急にイライラしてどうなさったの?」


「ああ、いや、すまない。そこに婚約者が見えてつい...」


「まぁ、婚約者様が目に入ったくらいで、そんなにイラついてはいけませんわ。」


 そう言ってディランを宥めるのは、うわさの男爵令嬢ソフィアだった。


 エリザとソフィアは対照的だった。


 エリザは裕福な伯爵家の娘で、スラリと背が高く、涼しげな目元の美しい女性。


 ソフィアは男爵家の庶子で、最近まで庶民として暮らしていたのだが、男爵が夫人と離縁し、その後釜にソフィアの母を迎え入れた事で男爵家令嬢となった為、他の貴族と違い自由奔放だった。小さな身長に大きな瞳は愛らしく、身分等関係なく皆が平等だと語る女性だった。


「ディラン様、早く自由になれればいいですね。」


「...本当にな。」


「私は噂なんて気にしません。」


 そう言ってソフィアはディランにそっと寄り添い、ディランはエリザの引き返した方向をいつまでも見ていた。



 ディランはこのところイライラしていた。本当ならば、もっとずっとべったり彼女にくっついていたかったのだが、そうもいかない。

 それなのに、ソフィアとふたりでいるところに思いがけずエリザが来たのだ。思わず舌打ちも出るだろう。

 学園で出回っている噂もイライラの原因だった。

 近々ディランはエリザに婚約破棄を言い渡し、庶民丸出し令嬢ソフィアと婚約するらしい。


 なんて失礼な噂なんだ。


 唯一の救いは彼女が噂を気にしていない事だが、早くこの事態を収めなければともどかしく思うばかりだった。



 週末、ディランはソフィアの家へ行くことになった。ずっと行きたいと打診していたのが、ようやく通ったのだ。

 ディランの心は軽かった。やっとここまできた。あと少しだ。


 ソフィアの父は貧しかった男爵家を一代で立て直した遣り手だった。


 初めて訪れる男爵邸は、あのエリザの家にも劣らぬ程立派だった。

 よく一代でここまで築き上げたものだ。と、思わず感心してしまった。

 室内はエリザの家よりも豪華だった。自分には良さがわからないが、謎の絵画や、壺がいたるところに飾られており、シャンデリアは目が眩むほど眩しかった。室内は甘い香りに包まれている。


 何を見ても無意識にエリザと比べてしまう自分に苦笑いをしつつ、ディランは今日の目的を思いだし気を引きしめた。


 ディランの目的は、もちろんソフィアとの婚約なんかではない。


 ここに来る為だけに、少し話しかけただけで自分に惚れていると勘違いし、婚約者でもない男にくっつき、貴族の義務も理解せずに謎の主張を繰り返し、気分の悪くなる甘ったるい匂いを撒き散らす女に時間を割いたのだ。


 全ては男爵の不正の証拠を掴むためである。もっと細々とやっていればいいものを、男爵はやりすぎたのだ。


 ディランは理不尽にも男爵家の不正の証拠を持ってくるよう命令を下され、しぶしぶソフィアに話しかけていただけだった。


 おかげで、エリザに会う時間がなくなりイライラしていたところへ、ソフィアのあの態度のせいであんな噂まで流れる始末。

 エリザと婚約破棄なんて、噂でも許せない。

 ディランのイライラは限界だった。


 もう、今日一日で決める気満々である。二度とこんな臭い家になど来ない。そして、今までの無駄な時間を全てエリザに注ぎ込むのだ。


 ディランは物のよさはわからないが、価値は分かる男である。目利きが得意なのだ。それもあって、今回こんな理不尽な目にあったのだろう。


 ソフィアが得意気に家中を案内してくれるので、ディランの頭の中はその都度計算式でいっぱいだった。

 客間で男爵と夫人にも会い、向こうが勝手に婚約話で盛り上がっている最中、トイレと言って席を外した。

 こっそり男爵の部屋へ忍び込み、物凄い速さで書類を漁りまくる。

 一通り部屋を観察し、微かな違和感を発見した床下をこじ開け、裏帳簿を見つけ出す。

 この間僅か10分程だった。

 はっきり言って泥棒である。


 目的を果たしたディランは、男爵家の皆に挨拶をし、颯爽と帰宅した。



 ディランは現在上機嫌だった。

 腕の中には愛しいエリザ。癒される。


 向かいにはブスくれた顔の皇太子殿下が座っていたが、全く気にならない。


 男爵の不正の証拠を持って、殿下の執務室へくるとエリザがいたのだ。

 俺のエリザと二人きりとは何事だと、証拠の帳簿を怒りのままに殿下の顔にぶちまけ、エリザに抱きつき今に至る。


「困った人ね。」


 と頭を撫でてくれるエリザ。


「エリザ、結婚して。」


「卒業したらね。」


 おはようからおやすみまで、エリザと居たいのに。


「そういうの、家でやってくれない?」


 不満そうな殿下の声は無視である。


「今日、ようやく男爵邸に行くって言うから証拠を持ち帰るだろうと思って御褒美にエリザ嬢を呼んでおいてあげたのに。」


 殿下がブツブツ文句を言っているが、無視無視。

 たっぷりエリザを堪能し、癒されたところで男爵の今後の話を聞いてみた。

 爵位返上、領地と財産は没収らしい。最低限住む所だけは用意して、後は庶民として暮らしていくことになるそうだ。ということは、二度とあの一家に会うことはないな。



 数日後、学園ではソフィアの話題で持ちきりだったが、はっきり言ってどうでもいい。

 ここ数日はエリザにべったりくっついて大満足である。


 エリザを放課後デートに誘い、街へ行こうと手を繋いで校門を出たところで、突然誰かが抱きついてきた。


「ソフィア様...!」


 え、ソフィア?


 俺に抱きついていたのは庶民の服を着たソフィアだった。

 なんでこんな所に?


「ディラン様、助けて!」


「...」


 離して欲しい。火事場の馬鹿力的なやつなのか、もともとなのかわからないけど、物凄く力強い。外れない。

 それを見たエリザも手伝ってくれるが、全然離れない。怖いんですけど。

 そんな俺達をものともせず、ソフィアは続けた。


「お父様が無実の罪で捕まって、家も何もかも取り上げられてしまったの。私、どうしたらいいの?」


「いや、そもそも無実じゃないし、きちんと家あるでしょ?」


 ソフィアが上目遣いでうるうると見つめてきた。腕の力がより強くなる。うっ、吐きそう。


「ディラン様は恋人に、あんな小屋に住めと言うのですか?堪えられません。私は一刻も早くディラン様に嫁ぎたいのです。」


 本当に離してほしい...。苦しい...。

 どうやったら俺が恋人だと思えるのか本当に不思議だ。

 はっきり言って、俺はソフィアに甘い言葉を言ったこともなければ、褒めたことすらない。

 何より、今手を繋いでいたエリザが目に入らないのだろうか。

 思い込みって怖い。


「俺は貴女の恋人ではないし、結婚相手はエリザですよ。そろそろ離してくれないかな。」


「嘘よ!その女に脅されているのね?可哀想なディラン様...!!」


「うぐっ...!」


 なんと、ソフィアは更に力を込めてきた。し、死んでしまう...


 すると、エリザが思いっきり振りかぶり、ソフィアの顔面にグーパンチを繰り出した。


「いいかげん、離れっな、さい!!」


 ソフィアが吹き飛び、俺はようやく解放された。


「エリザ!ケガは!?」


 エリザの手を見ると赤くなっていた。


「医者ー!!」


「大げさな。私の手は問題ありませんよ。ディラン様こそ大丈夫でしたか?」


「ちょっと、死ぬかと思ったけど、エリザのおかげで助かったよ、ありがとう。結婚して。」


「大丈夫そうですね。」


 吹っ飛んだソフィアは憲兵に連れていかれた。是非とも俺に接近禁止令を出していただきたい。


「婦女子に抱きつかれたくらいで死んでしまうとは、ディランは本当に軟弱だな。」


「元はと言えば、殿下のせいです。」


「そうですわ。ディラン様を軟弱と仰るならば、ディラン様をお使いになるのをお止めくださいませ。」


 エリザもぷりぷり反論してくれた。


「軟弱なのに使えるディランが悪いんだよ。それに何かあってもエリザ嬢がいるだろう。」


 エリザはこんなにも美しいだけではなく、頭も切れるし、騎士団団長の祖父に鍛えられたお陰でめちゃめちゃ強いのだ。

 殿下は本当は俺ではなく、エリザを駒として使いたがっていた。

 そんなの俺が絶対許さないけど。


 そんな事もあり、俺は毎回いいように使われているのだ。早く卒業してエリザと結婚し、領地に引きこもり殿下から離れたい。

 それが当面の俺の願いだった。



 今回の件も加味され、ソフィア一家は遠方へと送られた。


 学園生活はまだ後2年も残っている。

 1日も早く過ぎて欲しいものだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 皇太子に潜入捜査をさせるなんて、この国は大丈夫なのか? 普通なら、捜査を命じる側であって、決してスパイの真似事をする立場ではないはず。 とんでもなく人材も予算もない小国に思える。
[一言] すごく面白かったです!
[良い点] 叙述トリックは好きです(๑╹ω╹๑)
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