32話 珍客
「てことで、3000度みたいな高温は必要なかったんや。」
あれから数日、今はスピネルの実験報告を確認していた。
「必要ないとはいえ温度管理は必要なんだろ? 結局は炉の性能も鍛冶屋の腕も必要なのは変わらないだろう。」
スピネルの報告によれば森の王の爪は900度前後で焼成して最高硬度になるらしい。
ただし920度あたりで限界を超え、燃えるでも溶けるでもなく蒸発してしまうという。
かなりデリケートだ。
もともと魔王の国に来たのは高温が出る高性能な炉を借りるためだったが、デリケートな素材を扱う精度という意味でも来て正解だったと言えるだろう。
「鉄との混合割合で言うと鉄1割が一番強度が出るんやけど、オススメは100%森の王の素材製や。というのも――――なんや騒がしいな?」
ギルドはソトの村の出入口、つまり門の近くにある。
スピネルが言うようになにやら門の方が騒がしい。
続々と強面の魔族が門に集まってきているところを見るにただ事ではなさそうだが喧噪が聞こえるわけでもないので魔物の襲撃ではなさそうだ。
「バラシはん、ちょっと見に行ってみん?」
スピネルは野次馬根性を抑えきれないようで表情が輝いている。
「しょうがねぇな。危なくなったら即逃げるからな。」
スピネルと一緒に門の方へ向かうと門では通せ通さんと言い合いをしているようだった。
お揃いの藍色で前合わせの上着を来た警備兵達が視界を遮ってその様子は見えない。
「何度言ったらわかる!許可のない者は通すわけにはいかん!」
ドスの効いた男の声だ。
許可がないということは魔族以外の訪問者か。
迷いの森を抜けてくるとはなかなかの猛者だな。
「だーかーらー、ここに知り合いがいるって言ってるでしょ! 呼んできてくれたっていいじゃない!」
その相手は女の声だ。
聞き覚えのある声にスピネルの方を見るとお互い目が合った。
「まさかとは思うが……」
「いやいやあるかもしれんよ?」
すんませんすんませんと人の壁をかき分け前の方に出ると緑灰色の髪と見覚えのある顔が見えた。サハテイ村に残ったはずのアルルだ。
「アルル!なんでここに!?」
アルルが俺達を見ると表情を輝かせる
「バラシ!それとカリアゲの錬金術師ちゃん!」
「混ざっとる混ざっとる!」
スピネルのツッコミにアルルは満面の笑顔で駆け寄ろうとしたが警備兵に止められる。
「じゃましないでよー!感動の再会ぐらいさせてよー!」
手に木の枝を持ってじたばたと振り回す
「ええい暴れるな!許可証がないものは通せんのだ!」
警備兵もお仕事だからね。しょうがないね。
「ひとりでここまで来るとは驚いたけど無事でなによりだ」
警備兵の肩越しにアルルに声をかける。
迷いの森を自力で突破するのは魔物の強さ、森の広さ、狂わされる方向感覚などいろいろな意味で難しい。アルル自身一度は迷いの森で死んでるらしいしな。
「ひとりじゃないよ!ユカムと一緒だよ!」
「ユカム?」
アルルが振り返り指をさした先には毛皮を羽織った長身の男が立っていた。
年のころは30代~40代、引き締まった肉体に茶色の髪を後ろで束ね無精ひげを生やしている。マタギ、あるいは野伏といった雰囲気だ。
ワイルドかつイカつい雰囲気の男だがニヤニヤと笑顔を浮かべこちらをうかがっている。
敵意がある感じではない、何かイタズラをしているような、そんな笑顔だ。
面識はない。ないはずだ。
だが何か胸騒ぎがする。
「スピネル、あの男見た事ある?」
「いやーさっぱりやわ。」
王都でもなければサハテイ村でもない。
何者だろう。
「バラシを探して迷いの森に入ったらユカムに会ってさ、なんだっけ? 昨日の敵は今日のオトモ?」
「オトモじゃなくて友な」
オトモってあれか、ハンターの相棒の猫人か。
「ユカムもバラシに用があるって言ってたからちょうどよかったワケ」
「え? 俺に用が?」
「ユカム……てまさか!?ホンマに人になれるんかいな!」
スピネルが何か気づいたらしい。
俺に用があり、アルルと敵で、もともと人ではなく、名前がユカム。
「もしかして、森の王?」
これだけヒントがあれば名探偵じゃなくても答えに行き着く。
真実はいつもひとつだ。
ユカムはあいかわらず腕を組んでニヤニヤと笑っている。
「しかしまいったな、アルルはここがどこだか知ってて来たのか?」
ここは魔王の国。勇者に最も敵対する場所なのだ。
「大丈夫大丈夫。角があっても言葉が通じれば話せばわかるって!ね!」
「大丈夫ではない!」
「えーいいじゃーん、ぶーぶー」
アルルは前を阻む警備兵たちに声をかけるが警備兵は厳しい態度のままだ。
俺も何が大丈夫なのか問い詰めたい。
「何の騒ぎだ!前を開けよ!」
その時、周囲を跪かせ後方から現れたのはスピカ王太子殿下だった。




