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現代ファンタジア 第2章  作者: 草野 雅
現代ファンタジア 第2章
1/41

01


『ここで何をしているの?』

優しげな声に、青年は顔をあげた。

夕暮れと夜の間、黄昏とでも言うのか、外は暗く見えるのに、外を歩いてみるとまだ明るいと思うそんな時間の路地裏は、とても暗い。

だが、辺りは明るかった。金髪の髪が、あったのだ。

薄明かりの下、その金髪だけが、暗がりを照らしている錯覚さえ思わせる。

『お姉さん、こんなところに一人じゃ危ないよ?』

『大丈夫。あなたこそこんなところで何をしているの?』

優しい声。それに青年は、緊張していた表情を、緩めた。

大人の顔にも見え、しかし子供の顔にも見えるあどけなさ。

その顔が、女性を捉えていた。

『今日、初ライブなんだ』

青年が指をさす先には、ライブハウスと書かれている建物があった。

青年は、笑顔をまた固いものに変えた。

『緊張しているの?』

『だって、俺ボーカルだし。ボーカルが失敗したら、すぐにわかるじゃん』

まぁ、確かに。そう思わないでもないが。

この青年は、どうやら人前で歌うというところには緊張は感じないようだ。

言った端から、失敗が怖いと言っている。

まるで、自分に暗示をかけるように。

『最初なのだから、失敗してあたりまえじゃない』

『え?』

驚いたように、青年がこちらを見てくる。座っている青年と、立っている女性。

必然的に見上げるのは、青年の方だ。

目の前の美女は何を言っているのだろう。そんな顔が、とても子供っぽい。

思わず女性は笑ってしまった。

『あ、あのぉ』

『ごめんなさい。でも、思っているのは本当。最初は失敗するものよ』

『でも、それでメンバーに迷惑かかったら。マスターも、迷惑掛ける』

青年はおそらく、ここで歌うのが好きなのだろう。好きな環境を手放したくなくて、どうにか頑張ろうとしているのだろう。

いい青年だ。自分が見てきた男たちとは、全く違う。

『失敗したら迷惑だとでも言われたの?』

フルフルと青年は顔を横に振った。

メンバーは、そんなことを言ったことはない。ただ、楽しんでやれと言うだけで。

『だったら、大丈夫よ。あなたはできるわ。失敗して、失敗して、失敗して。それでいいのよ』

にっこりと、美女が笑う。その笑顔に嘘は全く見えなかった。

青年が、少しだけ緊張を解いた。

『失敗して、いいの?』

『お客さんだって、初めから失敗するなとは言わないわ。失敗は成功の元。そこからどれだけ頑張るかが問題なのよ』

『そっか』

お姉さん、頭いいね。

そう言ってふうわりと笑う。子供のようなあどけない顔。

よいしょ、とそう言って、青年は立ち上がる。

結構、背は高いのかもしれない。いや、美女の身長が低いのか。

どちらかはわからないが、青年はニッカリと笑った。


『お姉さん、ありがとう。これ、よかったら、もらって』

『え?ライブのチケット?』

『できれば、見にきて。お礼』

自分が何かしただろうか。美女はそう思いながら、ライブチケットを受け取る。

時間はあるし、見に行くぐらいは大丈夫だろう。

『じゃぁ、もうすぐ始まるし、たぶん仲間が心配してるから、行くね』

『えぇ、見に行かせてもらうわ。頑張って』

にっこりと笑われて、こちらもにっこりと笑い返す。

そうして、2人は別れた。

――――つい1カ月ほど前の話だ。



「お疲れ」

そう言って、声をかけられ、高月たかつき 知暁ちあきは顔をあげた。

ライブハウス『Fun Tomファン・トム』で、一歌いした後のことだ。

「お疲れ、ダイ」

「今日もいい歌声だったぞ」

えへへと知暁が笑う。その知暁の頭を、ドラムの大地がぐしゃぐしゃとかきまわした。

笑った割には、最近知暁は暗い顔をする。

メンバーで一番年下な彼の心配してくれているのだ。

「おっ、お疲れ、お前ら」

「お疲れ、タチ、コト」

4人集合。いままでこのメンバーでライブをやっていた。

自分たちはインディーズと言うやつで、このライブハウス『Fun Tom』の一番人気のグループである。

「で。美人さんは今日もいなかったのか?」

「うん、また来てねって言ったのに」

ぶーと口を尖らせて、知暁は頬を膨らます。子供のようなそのしぐさに、皆が笑った。

「見てみたいな、知暁の本命さん」

「コト!本命ってなんだよ」

「その通りじゃん。最初にきょろきょろするのは、探してるんだろ?美人さん」

本命さんも美人さんも、同じ人への呼称だ。と言っても、知暁は名前も知らない。

1か月前、緊張していた自分を励ましてくれた、美女。それだけしか、知らなかった。

だが、どうやら自分はあの瞬間に恋に落ちてしまったらしい。

「会いたいなぁ」

「まぁ、社会人だろうな。スーツ着ていたってことは。それか就活生か?」

どちらにしろ、知暁には年上だろう。知暁は現在19歳の大学一年生。

「会いたいなぁ」

「知暁、いいこと教えてやろう」

にっこりと『コト』こと琴矢が笑った。この笑顔は、おそらく面倒くさくなったのであろうと彼の幼馴染である、『タテ』こと館脇たてわきは思った。が、もちろんそんなことは自分には関係ないので放っておく。

「何々!!」

嬉々として顔を明るくさせて言う知暁。

ダイもコトの笑顔の裏側を分かっているのに、知暁はわかろうともしないようだ。

そんな知暁に琴矢はにこりと笑みを深めて言い放った。

「果報は寝て待て」





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