親愛なるカトリーヌ・ド・メディシスへ
親愛なるカトリーヌ。
カトリーヌと呼んでもよろしいでしょう?
だってわたくし達は伝統あるラ・トゥール・ドーヴェルニュ家によって繋がれている、従姉妹同士でもあるのですもの。
わたくしが貴族の娘であり、貴女が商家の娘だとしても、その事実に変わりはございませんものね?
さぁ、親愛なるカトリーヌ。
貴女は今、どんな毎日をお過ごし?
心から愛する夫を失い、喪服を纏って涙に暮れているのかしら?
それとも、貴女の『正しさ』でもって、愚かな貴族共を従えようとしているところかしら?
夫といえば、あの男、アンリはとてもつまらない男だったわね。
わたくしを女神のように崇拝して、わたくしのつま先にさえ口づけできるような男だった。
あの男は、王権でわたくしを寝室に招き入れたくせに、いつまでたってもわたくしの愛の一欠片でさえ涎を流して欲しがるような、そんな飢えた犬のような男だった。
ねぇカトリーヌ。
どうしてあんな男に恋をしてしまったの?
あの男は、空想の中の女神に恋をするような感情をわたくしに向けて満足する男だったのよ。
貴女のような人の、どこまでも真摯な愛情に見合うような男ではなかった。
それでも、どうしても貴女があの男の愛情を受け取りたかったのなら、貴女は簡単にわたくしからアンリを奪えたのに。
可哀相なカトリーヌ。
貴女はこの国の人間が、貴女を商家の娘だと蔑んでいるのだと思っているでしょう?
とんだ思い違いよ。
この国の人間は、貴女が来るまで道具を使って食事をすることさえ知らない、ケダモノのような存在だったのよ。
ケダモノの国の貴族や王より、人間の国で成功している家の娘の方が、ずっと価値があることだと思わなくて?
それなのに、貴女は自分を恥じた。
王妃に相応しくあろうとし、真なる善や美を目指した。
そんな貴女に、恥知らずなケダモノができることといったら……より大きな侮蔑を向けることぐらいだと思わなくて?
誰も貴女に敵わない。
誰も貴女以上に高貴な存在なんていないのに。
貴女が輿入れしてからするべきだったのは、わたくし達を軽蔑することだったのよ。
ケダモノを厭い、ケダモノの王妃にならなければならない自分を憂い、ケダモノに人間の暮らしを時折慈悲のように振る舞ってやる。
そんな態度こそが最も相応しかった。
そうしていれば、あの『空想の女』に恋をするアンリも、きっといずれは貴女の虜になっていたでしょうに。
きっと今の貴女も、そしてあの時の貴女も、わたくしの提案に首を振ることでしょうね。
貴女は、いつだって『正しく』あろうとしていた。
アンリが愛するから、愛妾であるわたくしを愛そうとするような、そんな『正しさ』に縋る人だった。
貴女をアンリから解放しようとしたのは、わたくしの善意だったのよ。
わたくしも、きっと貴女を見ていて、『正しさ』に少しは目覚めてしまっていたのね。
貴女をこれ以上、アンリの側に置いておくなんてそんなこと、わたくしには良いことだとは思えなかった。
だから陛下が――わたくしにとって王とは、今でもアンリの父であるフランソワ様のことなのだけれど――身罷られた時、貴女を母国に送り返そうとした。
貴女は、わたくしに跪いたわね。
『どうか、アンリ様の妻でいさせてください。
貴女の邪魔は決してしません。
アンリ様が貴女を愛するのと同じように、わたくしも貴女を深く愛します』
と言って。
わたくしは、それを許したわ。
だって貴女よりもっと美しくて、アンリの空想を満たしてくれる女神のような女性が次の王妃になるとも限らなかったから。
わたくしも、結局はケダモノの国の貴族だったのよ、カトリーヌ。
そんなわたくしに、貴女は復讐しなかった。
アンリがあんな風に死んでしまって、貴女はどんな風にでもわたくしのことを扱えたのに……貴女は、結局は『正しく』あることを選んでしまった。
おかげさまでわたくしは、この懐かしいアネの城でゆったりと人生を振り返ることができている。
こうして手紙を書くこともね。
わたくしは、アンリのことを少しは愛していたと思うわ。
十八歳も離れていたのだもの、老いはわたくしから美しさをはぎ取っていった。
アンリが王だったことで手に入れていた力を失うことに、わたくしは怯えてすらいた。
そんなわたくしを、アンリはそれでもひたむきに愛していた。
ほだされるのも、無理はないでしょう?
それでも、結局はわたくしは自分が一番大切だった。
最も愛していたのは己自身だった。
貴女は全霊をかけてアンリを愛していたのに、残酷なことね。
カトリーヌ。
親愛なるわたくしの従妹。
貴女を母国に送り返さなかったわたくしが、最期にもう一つだけ、貴女に許すわ。
貴女の『正しさ』が分からないケダモノの国など、滅ぼしておしまいなさいな。
わたくしの寝所で気持ちを高めてから貴女を抱きに行くなんて、そんな屈辱に満ちた交わりでできた子供達なんて、見捨てておしまいなさい。
ケダモノは、血と悲鳴にまみれて息絶えるのが相応しいの。
『正しく』あろうとした貴女が、気にかける価値などどこにもないの。
今は否定するでしょうね、カトリーヌ。
貴女の『正しさ』が勝利を収めたように思える今は。
けれどカトリーヌ。
貴女の『正しさ』に恐れ入っているように見える人々はみんな、貴女の持つ力にひれ伏しているだけなの。
そして、貴女の慈悲によって生きながらえた者どもは、決して悔い改めたりしない。
うまくやったと、そうほくそ笑むだけなのよ。
さぁカトリーヌ。
いつの日か、この国にうんざりしてしまったのなら、貴女がしようとしていることを、わたくしが赦してさしあげるわ。
貴女が憎み、そして憎むことを己に許さなかったわたくし、ディアーヌ・ド・ポワチエがね。
わたくし、本当は貴女の侍女になりたかった。
貴女をわたくしの力で、魅力溢れる素晴らしい王妃に作りかえたかった。
あの男さえいなければ、そうなっていたかもしれないわね。
さようなら、親愛なるカトリーヌ。
でもやっぱりサン・バルテルミの虐殺はカトリーヌの意図する所じゃなかったんだろうなと思ったり。
親愛なるディアーヌ・ド・ポワチエへ
https://ncode.syosetu.com/n1214eq/
にカトリーヌ視点を書きました。