quinque
爽やかな朝の日差しにそぐわない表情と様子をした兼続が、校門をくぐった。次々とかけられる朝の挨拶に反射的に応えながら、玄関へと向かう。靴箱の前に辿り着くと数人のクラスメートがおり、兼続に視線を向けてきた。
「おはよ」
朝の挨拶が人数分、投げかけられた。
「おはよー」
先に声をかけてきたクラスメート達に少し遅れて、兼続は挨拶を返す。
「何? 寝不足? 体調悪いとか?」
どんよりとした兼続の様子に、クラスメートの一人が声をかける。
「あーうん。寝不足……かな……」
寝癖の残る頭を掻きながら、ばつが悪そうに兼続が答える。去り際の一花の言葉が耳に残り、何度も脳内で反芻されて兼続の睡眠を妨げたのだ。
「何? また犬の散歩コースで悩んでたとか?」
少しからかうような口調で、クラスメートが問いかける。学校での兼続の評価は、"色々と勿体ない犬バカ"である。せっかくの見た目の良さも宝の持ち腐れのように構うことなく、口を開けば犬の話ばかりという状態だ。
「あーいや……その……」
戸惑い言葉を濁す兼続の様子に、クラスメート達は特に気にすることもなく次々と靴を履き替えていく。それに続き、兼続も靴を履き替えた。他愛もない会話を交わしながら、兼続とクラスメート達は教室へと向かいだした。すぐに上着の裾を引かれ、兼続は立ち止まる。そして、背後を確認しようと振り返った。そこには、小首を傾げながら兼続を見上げる一花の姿があった。
「い、いいんちょ?」
勝手に口から出た言葉を慌てて飲み込むかのように、兼続は口元を手の甲で押さえた。
「えーと……その……」
名前で呼ばなければ、不本意な呼び方をすると言われていたことを思い出し、兼続はどう対応するべきか判断がつかずに悩む。少し悪戯っぽい表情と視線を向けながら、一花はゆっくりと口を開いた。
「おはよ。浅井くん」
予想とは違った普段と変わり無い一花の様子に、兼続の表情が安堵の色を浮かべた。
「お、おはよ……」
挨拶を返したは良いが、その先の対応に戸惑い兼続はそのまま黙ってその場に立ち尽くす。突然、首に何かが絡まるのと同時に兼続の身体に重みがかかった。
「何? そこの二人、なんかあやしくない?」
いきなりなクラスメートの行動と言葉に、兼続は戸惑い、言葉が上手く出てこなかった。
「挨拶をしていただけよ」
一花が兼続の背後にしがみついている相手に向かい、事も無げにそう告げる。
「あ、そうそう。挨拶」
一花とは違い、兼続の様子や言動は明らかに不審を伺わせる物であり、クラスメートは疑いの視線を向けた。