quattuor
「シロ、クロ、向こうに行ってろ」
そう言いながら教会の裏を指さした兼続を、二匹の犬たちは悲しそうに見つめた。
「後でたくさん散歩に連れて行ってやるから」
兼続の言葉に犬たちは、渋々という感じで指さされた方へ歩き出した。何度も振り返る犬たちの姿が消えたのを確認すると兼続は一花に向かって歩き出した。
「なんか、凄く大きいし狼みたいな犬だね」
「そう?」
「かーくん。あの子達、あまり見ない犬だけど珍しい種類なの?」
そう言葉を続け、一花は兼続へと視線を移した。
「珍しい?」
かーくんと呼ばれたのにも気がつかず、兼続が疑問を返した。それに対し、一花が頷いた。
「いや……。ただの雑種だと思うけど……」
一花の言葉に兼続は少し考え込む。物心が付く前から一緒にいる二匹だが、珍しい犬種だとか血統書があるだとかいう話は聞いたことがない。
「委員長は、犬が好きとか?」
「一花」
何度目なのか、一花は自分の名前を兼続に伝える。なぜ、そこまで名前を呼ばれることにこだわるのか兼続の中に疑問がわく。
「なんで名前?」
兼続が疑問を口にすると、一花は改まった表情と視線を向けてきた。
「だって、好きな人には名前で呼んで貰いたいから」
「あーそうか」
納得できる一花の言葉にそう答えてから十秒後、兼続の思考が止まった。
「え?」
先ほどの一花の言葉を兼続は頭の中で何度も反芻する。
「って、えーっ?」
一花の言葉を意味通り受け取って良いのか、それともからかわれているのか悩み、兼続は何の対応も出来ずにその場に立ち尽くした。
「あ、返事はいますぐじゃなくてもいいから」
一花は、固まり続けている兼続にそう告げる。
「じゃあ、私、帰るね」
未だ何の反応も示さない兼続に軽く手を振り、一花は背を向けて歩き出した。ゆっくりと歩いて行く途中、一度だけ一花は振り返り兼続の様子を確認する。先ほどと変わらず固まっているその姿を確認すると、一花は視線を戻し再び足を踏み出した。
一花が教会から少し離れると、住宅街の静けさの中に音楽鳴り響いた。それは、着信を知らせるものであり、すぐに一花は携帯を手にする。
「Hello」
兼続と共に居たときの表情とは打って変わり、感情のない表情と声音で通話に応える。
「I approached the target」
そう応え、通話を終えた一花の表情に感情が戻る。何かを確認するように振り向き、少し距離がある教会を確認すると一花は再び足を踏み出した。