duo
晩春の日差しがステンドグラスを通し、そう広くはない礼拝堂の中を彩っていた。穏やかな声音で語られる聖書の文章が、ゆったりと辺りに響いていく。気を抜けば思わず出てしまう欠伸をかみ殺しながら、兼続はぼんやりと耳に入ってくる朗読が終わるのを待っていた。家が教会だからといって宗教に興味があるわけでもなく、特に神さまというものを信じているわけでもない。むしろ典礼は、休日に遊びに行けないストレスの元となっているので、どちらかと言えば無ければいいのにと思っている。
「あ・さ・い・くん」
突然、小さく耳元で囁かれた声に驚き、兼続は声を上げそうになってしまう。慌てて口元を手で押さえ、そのまま声の主を確かめるかのように、ゆっくりと振り返る。そこには、先ほど庭先で見かけた少女の姿があった。
「い……」
思いがけない相手に、手が離れた兼続の口は再び大きな声を上げそうになり、またもその口を塞ぐ事となる。軽く息を吐きながら手を離すと、兼続は相手に合わせて少し身体を屈めた。アルバの上に左肩からたすき掛けされたストラの端が揺れる。
「委員長? なんでここに?」
委員長と呼ばれた少女は、耳元で囁かれる言葉に少し悪戯っぽい視線を返した。
「い・ち・か」
兼続の耳に自分の名前を囁き返し、一花と名乗った少女はふわりとした空気を纏った笑みを浮かべた。その様子と言葉に、兼続は戸惑いの表情を顕わにする。同じクラスではあるが、名前で呼ぶような親しい間柄ではないのだ。
一花は困惑した表情を浮かべている兼続のジッと顔を見つめた後、その手を取ると静かに出口へ向かって足を踏み出した。突然の一花の行動に呆気にとられ、兼続は考える間もなく礼拝堂の外へと連れ出されてしまった。
「委員長……?」
どう対応して良いのか分からず、兼続は一花を見つめる。柔らかく緩やかな波を打つ髪が陽光を受け煌めくのを、兼続は少し目を細めながらボンヤリと見つめた。
「一花」
そう言いながら振り向いた一花の髪が揺れる。
「い……一花……?」
兼続が戸惑いながら紡いだ言葉に、一花は満足そうな笑みを返した。
「じゃあ……、私はかーくんって呼んでもいい?」
楽しそうな表情の一花とは裏腹に、兼続はガックリと肩を落とし表情も沈む。
「それは勘弁して……」
兼続の答えに、一花は残念そうな視線と表情を向けた。
「兼続くんって言い難いんだよね」
そう呟きながら、一花はねだるような視線で兼続を見上げる。
「そんな事より委員長、なんか用とか?」