特異点と観測者
「ナルデ、お前は果たして、超越者なのか?」
俺は部室において、円卓の真対面、黒髪黒目の美女少女に問いかける。
「ええ、わたしは超越者です。
この世界においては、まさしく、特異点のように存在し、
なにもかも、わたしの前では無価値と帰す」
俺は間断問わず、「うそつけぇ!」と机叩きながら絶叫する。
「うそつけ!うそつけ!この嘘つき、嘘はき!」
「なぜ、そう思われるのですか?」
眼前の美女少女は、長い黒髪を傍に流しながら、ぎょろりと煌めく艶っぽい瞳を除かせる。
「だって、だって、そうだろ。
ナルデは特異点と己を自称しているが、それはありえない現実だ。
特異点は、原理的に、物質世界に存在できない。
ほれ、ブラックホールを見てみろ、あれは存在できない存在として、
ありていに、存在が破綻、破滅、崩壊しているだろ?」
「そうですね、でも、あれは特異点の、一形態に過ぎません。
私の様にある、そのような特異点も、あるという事です」
ナルデは瞳を向ける、
真理が宿っているような、それを証明するかのような深遠が俺を覗き込んでいる。
「嘘だ嘘だ! もう、特異点を騙るなっての、どう考えても、それは嘘としか思えない。
そうだ、だったら、証明して魅せてくれ。
特異点なら、己が特異点であることを、いまここで、明瞭に証明してくれ。
もし特異点、物質的リソースを無視した芸当ができるのなら、
今此処で、無上なほどの情報処理と演算、そうとしか思えない物理現象を成し遂げろ!」
「ふーむ、そうですね、それもいいですね、
では、わたしが行うのは、円周率をこの場で延々語る、それでよろしいですか?
スーパーコンピュータでも、到底不可能なほど、世界が終わるまで語る自身がありますが?」
自信に、確信に満ち溢れた、超越者のまなざし、語り口調に、圧倒されそうになるが堪える。
「それは適切とは言い難いなナルデ。
円周率は、記憶で、それなりに暗算、演算できるしな、だいたい時間が掛かる。
だから、こうしたい。
超越者ならば、無限の演算能力で、存在としての理想を体現してみせればいい」
「それは無理ですね」
きっぱりと、ナルデは清清しいほど断言する。
「なぜだ? 特異点なんだろ?ぉ」
「ええ、わたしは、わたしくは特異点です。
ですが故に、その能力を抑えなければ、到底成り立たない生命体なのですよ。
ここで理想、現実にありえないほどの現象を巻き起こせば、どうなるか? わかります?
ええ、分からないでしょう、わたしでも到底予測が追いつかないほど、大変な事になります。
ゆえに、そのような究極理想体現系は、可能ですが、原理的に実行不可能になります。
どうか他の、別のことでわたしの、特異点としての存在証明としてください」
なんかナルデは、真底おもしろい、ゆかい愉快と面白がるように、
口端を吊り上げて、邪な笑みを形作る、うざったい。
「だったら、ナルデが特異点である、意味がないんじゃないかぁ。
特異点であるくせに、その存在性を体現しないんだったら、だ。
それは原理的に言って、普通、平常から外れない、尋常であるのと同じじゃないのか?」
「ふーむ、そうかもしれませんね。
だけど、一言、確実に言っておきますが、わたしは特異点ですよ」
ナルデはしれっと言う、それが俺の世界を乱す、ノイズと分かりきっているのに。
「ちょっと待てくれ。
それは駄目だ、悪魔の証明的な感じなるから、
宇宙の法則みたいなのが、少なくとも俺個人的世界の範囲内で乱れるんだ、やめろ」
「わたしは、貴方の世界を、そのように乱したいですから、存分に乱してください、くくっ」
この悪魔めが、コイツは特異点かどうかは不鮮明だが、悪い意地悪な女だ、嫌いになりそうだ。
「逆に聞きますが、貴方は、貴方が観測者だと、証明できるの?」
「ナルデ、そんなことは証明する必要もない。
我思う故に我ありだ、俺は己が観測者であることを、確信している、予測じゃない。
それだけで、俺が観測者である証明として、一体全体幾らか不足するのか?」
ナルデは、その黒髪黒目を波立たせ、目を丸くして俺を見る。
「だったら、貴方も、わたしを特異点存在として、肯定するべきでは?
なぜなら、わたしは貴方のように、己を己として、そのように思っているのですから」
「はっ、それは駄目だな、俺は問屋を卸さない。
観測者は存在する、が、それ以外は全部、ありえない存在だ。
第一前提として断言しておくが、この世界は完全無欠に完璧だ。
オカルト染みた変な、なんというか、そう、
特異点とか意味不明な、物理現象とか、普通とか、そういうのを逸脱した存在はありえない。
存在していないし、存在してはいけない、
それは学校に虐めが絶対に無いかのように、問答無用で断定されるべき、宇宙の絶対摂理なのだ」
俺の演説に、ナルデは「はふぅー」と風船から空気が抜けたような音を出す。
「なるほど、理解できました、それでも良しとします、わたしは構いません。
ですが、もし仮に、貴方が貴方を観測者と証明してくれるのなら、わたしは歓迎します。
わたしの知的欲求を満たすのにも、いくばくか役立ちます」
「そうだな、俺が観測者である事を証明するのも、至極悪くない、しばし待たれよ」
俺は観測者だ、それは真実で、本当だ、誰にも否定させはしない。
世界が何もかも終末に破綻しても、それだけは絶対不変の真理、真髄なのだから。
「もしかして、証明できないんですか?
あれれ? 可笑しいな? 可笑しいな、どうしたんですか?
その弱気な態度、わたしは態度を変化させます。
どうやら、貴方はやはり、というか必然として、
観測者などという超越者では、やっぱりないんですよね? そうなんですよね?」
ナルデは、俺のその言葉に絶句したような顔をする。
「どっ、どや、、、どうだ。
俺は観測者だから、、、お前の台詞を、一字一句、読み切った、観測した、恐れ入ったか?」
ナルデは、冷や汗をかいて、こちらをすまなそうに、
痛々しいモノでも、あるいは恐れ多い、大いなる存在を見るかのように、所在投げにチラチラ見やる。
「そ、そうですね、信じます、
わたしは、貴方が観測者であることを、確信とまではいかなくても、信頼する材料を手にしました。
なるほどなるほど、確かに、
わたしの発する台詞、その一字一句、正確に予想するには、超越者である必要性が発見できますから」
「そうだろうそうだろう、俺は観測者なんだからな、それが当然なんだからな」
ナルデは、本当にすまなそうに、している。
まあ当然だろう、相手の存在性を疑って、その疑いが不当だと露見したのだ、当然の反応だ。
すこしたって、場が落ち着いたのを見計らったかのように、またナルデが口を開く。
「どうですか? 動揺は落ち着きましたか?」
「どういうことだ、初めから俺はゆるぎない、観測者という超越者である事でもあるしな」
「そうですか、ならば話は早いです。
やはり、弄り足りないというか、再起不能になる一歩手前までは、やはり、やりたいというか。
いえ、今の違います、忘れてもらって構いません。
やはり、わたしは観測者を信じきれません。
確かに、観測者という存在はロマンスがあって、存在するなら存在するで、
現実の面白い一要素、一大コンテンツになります、なので、やはりしっかり完全証明してください」
こちらを詰めるような語調、ナルデは頑なな態度を変えるつもりは無さそうだ。
「酷い言い掛かりだ、ナルデは証明証明とうるさい、そんなに証明が大事かね?」
「ええ、大事です」
「実の話をすると、観測者として、観測者は観測者であることをバラスのを禁じられている」
「つまり?」
「そういうのは困るから、やめて」
「嫌です、駄目です」
「もっと、厳密に言うとな。
観測者は観測対象が、観測範囲が、厳密に規定、定められているのだ。
それは一般的に、普通にカテゴライズされている。
普通を外れるものを、観測者は観測することが、普通は許されないのだ。
だから、観測者が観測者であることを証明すること事態が、普通から外れる。
だからなあ? 分かるだろ? なあ?」
ナルデは、こちらを真底から疑わしそうに、恨めしそうに、微妙絶妙に横目で見やる。
「だったら、この宇宙は、どうなんです?
宇宙は、その存在自体が、始まりの大いなる謎に包まれていたり、しますね。
ブラックホールだって、普通ではありません、
ああ、普通とは言わせませんよ、アレは普通でない。
普通という概念が、どのような基準かは知りませんが、
アレを普通とカテゴライズするなら、この世には普通しか存在しませんよ?」
「ふぅ、分かってないなナルデ」
「何が、ですか?」
「この世には、そういうモノが必要なのだ。
つまり、世界を成立、存在の矛盾を内包するための、普通でない物は、普通とされるのだ。
普通でない物とは、つまりは、それ以外の異常だ。
存在が存在するための異常は、異常とは言わない、それは普通と言うことだ、そうとしか言えないだろう?
例えばだ。
人間が風をひいて、発熱する、これを異常と言うか? 言わないだろう?
なぜなら、それは正常な反応だからだ。
宇宙にも同じことが言える。
宇宙は存在するために、始祖の始まりの無限の謎を必要とする、ブラックホールを必要とする。
だから、それは普通なのだ、存在する為に必要な異常は、すべてが普通と分類される。
逆に言えば、存在する為に必要が無いのに存在する異常こそが、真なる異常。
われわれ観測者が、この世界から解明するべき、一般物なのだ」
ナルデは、平坦に聞いていた。
「なるほど、解明とは、排除?」
「排除など、ありえない。
この世界に、不必要なモノは一切合財存在しない、存在しえないと言った方が正確か?
この世の異常に見える普通のモノを排除すれば、端的にいって、全宇宙が崩壊するからな」
「ふーん、まあもしもの万一、の話よ。
それとも、害悪に対する外科的処置?それを放棄するか、どうか」
「いいや、何度も言うが、解明でしかない、ありえない。
この世界は、真に完全無欠に完璧、鉄壁なのだから。
異常など、絶対に本来はありえない。
もしそう観測される、見えるなら、それは、そのように擬態している普通に過ぎないからな」
ナルデは、平行線ね、と呟き、くたびれたように頭を撫でた。
「それでも、可笑しな点が一つあるわ」
「なにかね?」
「貴方の存在は? どうなるの?
観測者は、この完全無欠で鉄壁でお素晴らしい世界において、異常じゃなくて普通なの?
普通ならば、どんな存在の必要性があって、この世界に、その存在を成しているのか?
断固たる説明が欲しいところなのだけど?」
俺は当たり前を語る、言う。
「簡単な話だ、観測者は観測する為に存在している、名前の通り明瞭じゃないか?」
「だから、その観測が不鮮明な意味なんじゃないの?」
「観測とは、精密に正確に、事象を読み解く、に値する。
この世界は、無限大に擬態する。
普通でない物が、異常である振りを、する。
それは宇宙の謎すらも、例外ではない。
要は、簡単なモノが、複雑なモノと、化けているのだ。
観測者とは、つまり、存在が存在であることを、認識する為の、原初の自我でしかない」
俺は続ける。
「宇宙を人間と例えてみよう、分かり易い。
人間は己を自覚する、自覚できるのは、単純化された己一つの自我を認識できるからだ。
存在が存在しているのは、この自覚を得るためだ、つまりは存在する為に、存在しているのだ。
なにも宇宙も変わらない。
宇宙も己を自覚する、そして自覚できるのは、
単純化された己一つ、自我を認識できるからだ。
そして、その自我認識機構が、観測者なのだ。
ほら、見てみろ、観測者は一見異常でありながら、この宇宙では何の変哲も無い平常、普通だ」
ナルデは、敵対するような、情熱的な瞳を向ける。
「いいえ、貴方は存在自体が意味不明な、どう考えても矛盾的で歪でしかない」
「なぜだ、一からすべて、説明したはずだが?」
ナルデは焦れったそうに、何度も何度も、髪の毛を撫で付けて弄ぶ仕草をする。
「少なくとも、わたしは思う、
貴方は存在しているのが、どう考えてもありえない、オカルト。
神秘的で不可思議、
だって、存在自体が、既に異常でしょう?
というより最初から、言っておけば良かったかしら?
つまり、宇宙の存在が、既に異常なのよ、だから」
「なるほど、一理くらいは、その意見には正当性が、あるのかもしれない。
だが、先ほどの例えで示すが、それは異常では、まったくありえない。
人間と宇宙、存在するにおいて、必然的な異常は、普通に変容するのだ。
存在する、それ自体が異常と定義されるのならば、確かに観測者は異常になってしまうのかもしれない。
だが、存在を異常と定義することは、さすがに出来ないだろう? そういうことだ。
だいたい、仮に、その意見が通って、しても。
異常な存在が、存在の異常を指摘できる通りが、どこにあるというのだろうか?」
俺は手を広げて、この空間の正当性を示すように、ナルデに語り聞かせる。
「宇宙の存在が異常と定義されて、その異常を是正できるといったら、無理だろう?
是正できない、是正するべきでない異常を、異常と定義されるべきであろうか?
ふっふっふ、ほら見たことか、それは普通なのだ、普通でしか定義できない。
そして振り返って、観測者は宇宙に存在する、普通である、これが真理なのだ」
ナルデは、目を血走らせて、こちらを睨む。
「ずいぶんと、そうね、観測者は別格の、特別な場所に在るみたい。
それで、観測者以外の、たとえば、わたしとか、どうなるの?
ただのわたしは、どうなるの?」
縋るような目を向けられる、これは弱る、どうすればいいのだろうか?
「ああ、そうだな、ナルデはナルデだ」
「そう、観測者の貴方と比べて、ずいぶんと小さくなってるみたい。
それでも、わたしはわたし、なのよ?」
「ぐぬぬ。
しかし、ナルデを肯定すると、観測者を根底から否定することになる、それは困る」
意地になったみたいに、ナルデは睨みを増す、もう般若の面に近い。
「そう、だったら、わたしも貴方を観測者と認めない」
「おう、それは困る。
俺は宇宙の意志で、宇宙の自我は、常に肯定されたいと、自覚されたいと願っている。
俺が観測者と認められないのは、それはそれは、凄く困る、認めてくれ」
「それじゃ、等価交換。
わたしを認めてくれたら、わたしも、貴方を認める、信じるわ、信じてあげる」
「そ、それは無理だ」
「だったら認めない」
ど、どうしろ、と。
それから、小一時間たった。
「どちらも、証明できないし、どうにも出来ないし」
「俺は「わたし」貴方を「ナルデ」を認めない「認めない」
分かっていた結論だった。
観測者は、誰にも認められないし、肯定されない、認識されない、そういう存在なのだから。
空気粒子が茜色に染まっている、美しい風景。
この光景が、ただの、一切の神秘に包まれていないことが、寂しくなるほど美しい光景。
「そういえば、魔法って、異常じゃないの?」
ナルデは、その美女少女然とした相貌で、屋上フェンスを掴み、
まったく不思議がってないような、ただの観測者に対しての謎掛けをする。
「異常じゃないな。
魔法とは、超物理的な超科学の発現。
どれだけファンタジーで彩っても、複雑に体系化しても、
その裏には、根がシンプルに単純な一法則が元に在る。
物理学的な宇宙の基本的な法則が、そこには在るだけだ」
「詰まらない。
この光景も、何もかも、一切の神秘に包まれてないなんて」
どうやら、似たような事を発想していたらしい、気が合う話だ。
「神秘が見たいなら、俺は観測者だから、幾らでも見せれる、演出できる」
「いらない、貴方から見て、神秘じゃないなら、それは真に神秘じゃないのでしょうし」
それもそうだ、真に神秘的なモノなど、そもこの世に存在しないのだし。
「貴方の望みって、本当のところは、なんなの?」
「望みか? 幸福だ」
ナルデは振り返って、黒髪黒目で言う。
「もっと厳密に、分かり易く、噛み砕いて、必要十二分に」
「幸福とは、異常の解明の総量値。
観測者は、異常が解明され、神秘が明かされる事に幸福を覚える、そういう風に出来ている」
ナルデは「異常ねぇ異常」と、ふらふらと中空に目線を漂わせる。
「わたしから見て、貴方は貴方を、永遠に解明し続ければ、いいと思う」
「なるほど、それも一理あると、言わざるを得ないな。
俺は普通だが、最大級の普通だ。
俺は存在が存在する為の、最大級の異常だ、ある意味で解明するべき最大だ。
だが、その解明は一瞬で終わる、存在が存在する為の異常、それだけだ。
宇宙は存在する為に、遍く神秘を、一見して異常の普通を、無上に創造する。
観測者は、それを解き明かし、宇宙の存在の自覚とする、それだけの機構だ」
ナルデは小声で、「本当に異常」と呟いた。
「貴方は、宇宙の謎を丸裸にして、己の存在の謎を明かしたいのでしょう?
それって可能なの?
宇宙は存在する為に、無限の謎を、始まりの謎を代表とする、
不可解で矛盾的な、原理的に解き明かせない謎を、内包しているみたいだけど?」
「ふっふ、それでも、今すぐ解明する。
できるできないの話しじゃない、ただ一瞬ごとに、やるだけなんだ。
目に映る全てが、言ってしまえば異常なんだから。
俺は俺の目に映る、見える全てを、普通と定義する、それだけ」
ナルデは、一瞬間、息を呑んだ。
「カッコいい、、、のかしらね? そういうの」
俺は「だろ?」と、だろうだろうと頷いた。
カッコいいとか、超越して、カッコいいんだ。
「ならやはり、特異点である、わたしも、普通と定義するの? してくれるの?」
「当たり前だろう、ナルデは普通以外の、何ものでもない」
「ふーん、それって、それはそれで、尊くはある。
しかし、だけど、やっぱり物足りない。
わたしはわたしのアイデンティティとして、特異点を合わせ持ちたいと思う」
欲張りだ、どうしたいのか、自分で分かっているのだろうか?
ナルデは、こちらをチラチラ見ながらも、夕日を見ることを止めない。
「観測者は、果たして、一瞬一瞬を、どのように生きているの?」
なんだろうか、徒然と質問するノリなのだろうか。
「一瞬一瞬、異常を解明するだけだ。
それだけが、幸福でありサガ、絶対総量値だ。
俺は一瞬でも早く、全ての謎を解明し、普通に帰さなければいけない。
この世界は放っておけば、自然発生的に、神秘に溢れすぎる」
「そう、さっさと、なにもかも無くし、俺は、楽になりたい、って、そうなの?」
悲しみが偽装だが、見え隠れする瞳。
まったく的外れなようでいて、偶然にも的を射るというか。
「違うな、なにもかも違う、観測者は、そもそも、語れるような簡単な存在じゃない。
俺は紛れもなく、この宇宙の異常を、神秘を解明することに、意欲的だ。
しかし、底の底では、確かに、全てを、己すら解明し、無に、無意味に帰したいと、そう思っているのかもしれない。
だが、馬鹿にするなよ? 俺はそんな矮小な存在じゃないんだ、もっと凄い存在なんだからなぁ? ほんとだ」
ナルデは、ジトッと、今度は湿度の高い瞳、どういう意図だろうか?
「それはダメダメ、ぜんぜんダメダメ、出直してきて、見つめ直してきて。
わたし的には、面白くない感じで、心震えるロマンスが足らないわ。
貴方は、、、無上なほど、複雑に、混沌に、どこまでも続く宇宙のように、
終わりは必要ない、永遠に必要が無い。
この世界で、貴方は、ただただ只管に、生き続ければいい。
目的なんて必要ない、
いえ、生きるためなら、存在する為に必要なら、目的は必要、だけど。
そう、貴方は生きていて、どんな風でもいい、貴方は貴方なだけで、
少なくとも、わたしには、凄まじく、どこまでも、意味と価値が、ふんだんに有り余って、零れるほどに存在する。
今此処で、わたしが貴方のすべて、なにもかもを認めて、肯定するから」
素晴らしい深み、深遠すら見通せそうなほど、
ナルデの演技は、偽装は、ここに極まった感じだ。
俺は素直に、手を叩いて、褒め称えたい気分だ、実際何度が拍手を打ちそうになる気分だ。
「どうも、、、それで?
やはり、観測者なんて、心の底の底では、一切合財認めない、ナルデ。
それで、次はどんな方法で、己を、俺がナルデを認めるために、策を弄するのかな?」
悪戯がばれた猫のように、黒髪黒目で、フェンスを掴む。
「くく、そう、一筋縄じゃいかない、だから、面白いのだけど、こしゃく、どうしよう」
「当たり前だ、俺は俺なんだから、どうあっても挫けない、曲がらない、折れない。
ナルデ、お前が例え仮に、ありえない過程だが、特異点でも、
俺には適わない、どうあってもイーブン程度、いや、それすらも本来的に認め難いがね。
観測者に打ち勝てるのは、存在しない存在だけだ、だから常に優越するのだ」
ナルデは、毎度の俺の不遜な態度に、辟易したのか、夕焼けを見つめ直す。
「そう、ふーん。
前から何度も言ってるけど、わたしが、他ならない”存在しない存在”なんだけども。
まあいいか、どうあっても、そんなモノは、認めてくれないんだろうし、諦めないけども」
柵をしっかり、強く握り締めた感じだ、本当に悔しいのだろうか? 一切分からない
「俺の話は、もういいだろ。
仮の話だが、特異点の存在理由は、なんなんだ? 興味がないこともない、教えろ」
「そんなの無いわ、一別もなく無いわ。
わたしは無限数量なようで、その実、からっぽで、なにも無い。
常に何も無いから」
それは有り得ない、これは流石に嘘だろう。
「それじゃ、存在できないだろう?」
「いいえ、存在できる。
からっぽでも、そのからっぽの存在を、観測してくれる存在がいれば、
わたしは形を成して、存在することができる、中身の無いからっぽの、存在しない存在として」
「意味が分からないぞ、存在しない存在なのに、存在するとは、どういうことだ?
良く分かるように、上手く噛み砕いて、全容を把握させてくれ」
ナルデは、こちらをまた、いつもの恨みがましい目で見て、言う。
「無理よ、意味不明だもの、貴方の存在は意味不明で不鮮明、解明ができない。
どうしてなんだろう、可笑しい。
特異点は、どうあっても、貴方が分からない、それが不満で、義憤に駆られるほど、なの」
ナルデまた、夕日を遠く、遠く、眺めるようにする。
「ほお、どういう方向性だ?
俺が特異点を認識したから、特異点は存在を始めた、そういう事か?」
「ええ、本来なら、存在しない存在すら、観測者は創造する。
そして、そんな存在は存在しないと、存在を認めないようにする、
ねえ、これって、誠に酷い話でしょう?」
「そうだな。まあ、特異点というのが、本当に存在していれば、酷い話だな」
ナルデは「本当に、酷い人」と、呟き、夕日を見続ける。
「この夕日って、貴方が創造してるの?」
「さあ、神秘は一切内包されてない。
観測者が創造するって発想自体が、よく分からないな。
俺は、ただ見るだけだ、創作とは無縁の存在だ」
「さっき、この夕日をもっと美しく、とか、言ってなかった?」
俺は思い出す、言ったかもしれないし、言ってないかもしれない、
覚えていないのか、覚えているのかも、分からない心境、精神状態だ。
「知らん、だが、美しくする事は、断然可能だ。
こんな夕日は、ようは内包される情報量が多くなれば、無上なほど鮮明になる。
だが、ただそれだけだ、そこに何の価値があるというのか」
「価値はある、美しく、複雑に、それでも綺麗に、整合性のある物には、意味があるでしょう?」
「それも、そうだが、俺が自分で構築できる以上、それはソレ以上じゃないんだがなぁ」
ナルデは、夕日を指で指す。
「これを綺麗に、もっと美しくして魅せて。
それとも、わたしと一緒に見る景色に、価値がないとか、そういう話?」
「はぁ、そう言われたら、やるしかないんだがね、姫」
俺は操作した。
「ちょっと、なにも、変わってなく、、、なくなくない?」
「ばか、よく見ろ、全てが一瞬で明瞭に変わったんだ、心の目で見ろ」
「ばかばか! なんにも変わってない! このインチキ! 詐欺師!」
「うるさい、観測者は、簡単には力を振るえないとか、そういうことだ。
って、ことにして、実際には、何もしないことも出来るんだが。
本当に良く見ろ、分からないのか? 夕日の明度も光度も、いろいろ、上がってるだろ?」
「分からない、どこが変わってるの?」
「いやいや、本当に良く見ろ、心の目でな」
「だーかーら、その心の目って時点で、己の嘘を自白してるも同然でしょう?」
「いや待て、よく考えろ。
俺が綺麗に見えていると、思い込ませることで、
この光景に付加価値が生まれる、それは翻って、本当に綺麗に成ったと、同様じゃないか?」
ナルデはプイと、夕日に背を向けて「ぜんぜん同様じゃない、腐ってる」と言う。
「本当に、綺麗になるように操作した」
俺は頑なに主張するが、無視される。
「まあ、実際綺麗だから、どうでもいいのだけど」
ずっこけ、そうになった。
「だったら、初めから、もっと綺麗にしてくれなんて、懇願しないでくれ」
「どうでもいい、けど、もっと綺麗になればいいと思った、それじゃ、それって駄目?」
「もうどうでも、何でもよくなった、好きにしてくれ」
「ふーん、それじゃ好きにする、初めから好きにしているのだけど」
夕日を見ていた、ただそれだけだった、下らなかった。
それでも、異常は解明されてない。
ただナルデが発する、情報が知れるだけだ。
「退屈だ」
「退屈ね」
「特異点、ナルデが、この夕日を綺麗にしてくれ」
「無理ね、やめて、そういう無茶振りは、この綺麗な夕日に対して、失礼」
「そうなのか、謝る」
そろそろ、核心に迫りたいところだが、どうしようか?
「はぁ、ネタは出し尽くしただろ。
そろそろ教えてくれ、特異点は、俺を解明しきれるのか?」
ナルデは、夕日など、初めから興味が無かったかのように、こちらに完全に振り返った。
「無理だった」
「そうか」
「いえ、それでも、これから、一緒にいれば、解明できるかも、しれない。
それは、きっと、わたしに対して、貴方も、そう、なんでしょう?」
どうだろうか? この解明できているようで、できてないような、
よく分からない、微妙な感じ。
まあ、その時点で、既に解明できていないと、自白しているようなモノか? いやしかし、実際、どうなんだろうか?
「さあ、まったく異常だ、不明だ、特異点なんて、存在してないんだからな」
ナルデは、目を丸くする、
この反応は、だんだん、少しずつ、予測できた、理解できた、分かってきたのだ。
それでも、意味が分からない、これが最近分かったのかすら、全然。
「まった、そういうこと言って。
観測者だって、ミステリアスに深み持たせて、ひけらかして、うそつき、、嘘はき」
胸が苦しくなる、ナルデに、このように言われて、存在否定、認められないと。
これだけは変わらないようだ、俺は観測者だから、まあ当然の反射反応みたいなものだ。
「それは同じだろ?」
「さあ、どうでしょうね、わたしが、貴方と同一の存在だと、いつから錯覚していたの?」
俺達は、夕日が沈むまで、ずっと話していた。
なんやかんやで、夕日は美しくて、綺麗だったから、その間だけは、無駄に話すのも飽きないのだろう。