【一章】出会い
夢はあまり好きじゃない。
夢自体はそんなに見る事は無いが。
でも、稀に見る夢、殆ど見る事は無い夢なのに、たまに見る夢はいつもあの頃の夢ばかり。
懐かしい。
そう思うにはあまりにも哀しい出来事が多過ぎた。
懐かしむ事も出来ない。
あの頃の記憶。
まるで鎖に繋がれた罪人のような気持ちになる。
逃げ出す事は許さない。
そう言わんばかりに、あの頃に心は縛られたままだった。
そんな日々が何年も続いた。
そして今。
『彼』の遺した言葉。
それだけを頼りに、この世界を生きて来た。
様々な町を巡り、様々な人間を見て……。
そして……。
「………」
雲一つ無い夜の空に満月が力強く、それでもどこか儚げに輝いている。
その月の光を浴びながら、静かに吹く夜風をその身に受ける少女。
ささめく静風は少女の長く美しい銀髪を舞い踊らせている。
時刻は誰もが寝静まった深夜。
町には殆ど明かりは灯っておらず、夜空に浮く満月をより一層際立たせていた。
少女がこの町に流れ着いて三日、大体の場所は見て来た。
その中でも少女が今いる場所、おそらくこの町の中で最も高い建物であろう時計台、その最上階に作られた見晴台が少女のお気に入りの場所だった。
昼間は様々な人の出入りがある見晴台だが、夜中になれば誰一人としていなくなる。
この見晴台まで登る為に備え付けられた外付け階段、その手前に立てられている『夜間立入禁止』という看板のせいでもあるだろうが、時計台の周りには建物が少なく、夜が深まれば深まる程、人気は無くなり、昼間とは正反対にどこか薄気味悪い空気すら漂い出してしまうのも、夜な夜な時計台に誰も近づかない要因だろう。
しかし少女にとってみれば、この薄気味悪い空気ですら心地良さを感じてしまう。
なにより、この静か過ぎる程の静寂が少女は好きだった。
この町、名前は『クワイアット』と言う。
規模的には中々の広大さを誇るが、特に何かが盛んな訳でもなく、一言で言う印象は『平穏』と言った感じだろう。
近くに鉱山があるが、それ程大きな鉱山では無い為、採掘出来る鉱石も少量で、町の財政を少しばかり潤してくれる程度だ。
と、こんな事を言うと寂れた感は否めないが、外からクワイアットに訪れる人はそれなりに多かった。
まずこの地方独特の穏やかな気候。
季節による多少の気温の高低差はあるが、この地方は一年を通して過ごしやすい気候に恵まれていた。
そしてこの町、クワイアットの平穏さ。
それなりの規模があり、人口も多い方であるにも関わらず、特に大きな事件は無く、平和な毎日が続いている。
そのせいか、休養目的でクワイアットに訪れる人は多かった。
このクワイアットの穏やかな空気も少女は好きだった。
が、クワイアットに少女が訪れて三日、この町で見れるものは大体見た。
「明日にでもこの町を出ようかな……」
少女の目的、それはこの『世界』を見る事だった。
それは『彼』が遺した『想い』でもあった。
『彼』の言葉の通り、少女は様々な世の中を見て歩いた。
世界を見る。
それとはまた別の『目的』を胸に秘めながら。
「おい」
不意にかけられた声にハッとなる少女。
展望台に設けられている小さな椅子の上で少しばかり夢心地になっていた少女は急に聞こえたその声によって我に帰った。
少女が俯いていた顔を上げると、一人の青年が訝しげに少女の顔を覗き込んでいた。