5月9日 12時13分
ブゥン
「わわわっ!」
「どした?」
「いや、いま耳元でブゥンって音したから、虫かと…」
「何だ、そんなことか…ところでここはどこだか知ってる?」
「実は私も聞こうと思ってたところなんだよね」
私達は普通にいつも通り門をくぐったはず。なのに、目の前にあるのは暗く淀んだ空の下、いつもと違った顔をした私達の学校だった。都内の私立ならではの近代的な学校が、ツタを絡ませそびえ立っている様子はゲームや小説に出てくる洋館を連想させた。
「By the way、橋村」
「何でしょう」
「後ろから聞こえてくるこの声は無視してもいいのかな」
「声……?」
瀬川さんと後ろを振り向くと、頭を垂らしヨダレを垂らしながら恍惚とした表情の男性が一人。何だか良く見るよこの人、ゲームで。かろうじて別の方向を向いているため気付かれてないようだけど。
「わお、もしかしてゾンビさんですか?」
「…ヤバイ気がする」
「よし、瀬川さん走ろう」
「ラジャ」
気付かれる前に玄関の自動ドアを通過する。見た目こそ変わっていたものの、形は変わってないため迷わず入れた。二人で駆け込み一息ついて顔を上げる。その瞬間目に入った景色に私は口が開くのを止めることが出来なかった。
「何…ここ…」
目の前に広がるのは見慣れた学校の玄関とは程遠い、気味の悪い歪んだ空間だった。赤、青、黄の絵の具をぶちまけて混ぜたような床に、吸い込まれてしまいそうな黒い壁。壁の所々に絵が飾ってある。私は自分から一番近い場所の絵に近づくと、真っ白なベッドの上にセーラー服が置いてある絵だった。タイトルは1日目。フロアの奥には、おそらく上下両方の階に繋がっているであろう階段が暗い空気の中に続いている。
瀬川さんと2人で1日目の絵の前に突っ立っていると、上の階から誰かが降りてくる音がした。思わず身構えるが、階段から降りてきたのは化物でも怪物でもなく、一人の女性だった。
女性はとても大きなスーツケースを持っていた。モデルのようにスラッとした体型で、黒髪に整った顔の美しいその女性は、スッと両手を肩まで上げる。ビクッとした私達の予想とは裏腹に、突然拍手を始めた女性は私達の元へ歩いてきた。
「おめでとうございます!貴方達お二人は、第一ステージをクリアいたしました!」
「第一ステージ?」
「はい、貴方達は見事第一ステージをクリアし、この屋敷の住人として認められたのです!」
「ここは…学校じゃないのですか?」
「屋敷の説明は部屋にて説明します。まずは部屋へ参りましょう」
さっきからニッコリと笑ったままの女性は、私の質問を遮り下の階へ向かって歩き出した。
地下(さっきのフロアが1階だとしたら)もいつもとは全く違った内装になっていた。少し広めの通路がとても長く続いていて、両サイドに等間隔でドアが並んでいる。去年、修学旅行で泊まったホテルみたいに。しばらくして女性はひとつのドアの前に止まり、スーツケースの中から鍵束を一つ取り出した。ジャラジャラと鍵を探し、お目当てのものが見つかったらしく手に取った鍵で部屋を開ける。
「本日からここの部屋をお使いください」
ギィッ…と重たいドアを押し、中を覗くと今までの暗い内装とはうって変わって整った部屋になっていた。私達が恐る恐る部屋へ入る中、私に鍵を渡して女性は入ってこない。
「私はここで失礼します。屋敷については後ほど部屋に付属しているスクリーンにて説明しますので、しばらくお待ち下さい。何かございましたら、私はファーストフロアにいますのでお声掛けください。では」
女性は、まるで私達が質問するのを遮るかのようにすぐに扉を閉めてしまった。再び響く重い音。急速に進んでいく物事に対応しきれていない私達は顔を見合わせた。
「とりあえず、なかに入ろうか」
「そうだね」
ここは一体どこなのか
思考が混乱する中、私達は部屋の奥へ進んでいった。