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魔女

 放課後、部活やバイトに向かう生徒を尻目にのんびりと帰宅準備をする。学生の仕事は勉学である、なんて言われるが、青春はその余暇に消費されるなんてちょっと皮肉だ。何の部活にも所属せず、謳歌する青春もない、いわゆる帰宅部に所属している僕は野球部の活気や吹奏楽部の騒音を受け流し校門を後にした。

 その日は、夕日が綺麗だった。太陽は真っ赤に燃え、周りの雲は朱色、空はピンク、絶妙なコントラストで交わりあい、一方で頑なに青いままの空もある。絶好の帰宅日和だ、綺麗な夕焼けに向かって飛んでいくカラスを見て思う。もちろん、雨が降ろうが槍が降ろうが、暑くても寒くても学校からは帰るのだが……

 絶好の帰宅日和なんて妙ちきりんなことを思いつつ、夕焼けは帰宅を阻む。景色がテンションを上げたのか、夕焼けがノスタルジーを呼び寄せたのか、僕はひどく寄り道がしたくなった。昔、よく行ってたあの店に行こう。長く伸びた影法師をお供に、小石を蹴っ飛ばし馴染みの商店街に向かった。

 シャッターを降ろした店が半分以上占める寂れたアーケード、色褪せたタイルの道。誰ともすれ違うことなく、目的の店にたどり着く。多くの店が死んでいく中、しぶとく生き残る絶滅危惧種の駄菓子屋。小学生の頃は、毎日のように来ていたのに、いつからか近寄ることさえなくなっていた。


「おっ!久しぶりじゃん~。元気にやっちょるかい?」

「おばちゃん、久しぶり。元気だよ」

「元気な高校生がこんな店に来るかい」

「もう、うるさいな。おばちゃん、いつものガム」

「はいはい」

10円玉を渡すと、おばちゃんは立方体の右上にボタンが付いたパチンコガムを出した。このボタンを押すと特に美味しいわけでもない色つきのガムが出てくる。色によって当たりがあり、お小遣いの少ない僕は来るたびに挑戦し、ほかのお菓子の足しにしようとしていた。今ではここにあるお菓子をお腹が満足するほど買っても、財布は少ししか痛まないが、昔の名残でやってみたくなったのだ。

「おばちゃん、赤玉って何円だっけ?」

「ちょっと待ってな……おっ100円だ」

「100円か、じゃあ適当にお菓子取るね」

「あんた、100円が当たるとガッツポーズして喜んどったのに、本当に大きくなったんやな~」

「なんだよ、それ。身長も30センチ以上伸びてるのに」

 笑いながらおばちゃんに返事をすると、お菓子の物色を始める。狭い店内だから一周するのに全く時間がかからない。三角チョコやチューインガムなど当たり付きの駄菓子、キャラクターのシールが入ったグミ、昔よりも一回り小さく見えるビッグチョコ。よく飛ぶソフトグラインダーなど、以外に種類は豊富にある。けれど、なぜだか昔のように胸が踊るようなこともない。おばちゃんがいうように変わったのは身体の大きさだけではないのかな。

 悩んでも、これといったものが思いつかず、100円ちょうどのポテトチップスを買った。おばちゃんに見せると、少し物珍しそうに僕を見て、頷いた。

「そうだ、裏に行っていい?」

「ああ、あの隠れ家だっけ?」

「隠れ家じゃなくて、秘密基地だけどね」

「どっちでも変わらんでしょうがに、好きに行っていいよ」

「うん、ありがとう」

 田舎の小学生が屯するところなんて、だいたい決まっていたのだ。だから、他のグループと被らないように僕らは、よく利用していたこの駄菓子屋のおばちゃんに頼んで、裏の物置を借りて遊んでいた。勿論、いくつか約束事があったが、カードゲームをしたり漫画を読むだけだった僕たちは、破ることもなく、そのルールすら忘れていた。


「お客さんとは、珍しいですね」

 物置に入るのれんをくぐったと同時に声がした。おばちゃんの声とは違う。歳を取た女性のガラガラ声。首を左右に動かし、声の主を探す。

「……居ない」

恐る恐る中に入ってみる。昔となにも変わらない。空っぽのダンボールが山積みになった乱雑な空間と、開けられてない商品が保管してある棚。ビールケースを積み重ね、板を這わせただけの即席の机。配置も変わっていない懐かしい場所。ただ、違和感があった。机の上に見たことのないような冗談のように分厚い本がある。この一点が違うだけで、ここは自分の居場所じゃないと感じた。自分の記憶にないこの本は一体なんなのか?好奇心と憎悪を混ぜて、手に取ろうとした。

「人のものに勝手に触らないでもらえますか?」

後ろから聞こえたガラガラ声。少し驚嘆して振り返ると、人が浮いていた。真っ黒な人間、黒いトンガリ帽子、黒いローブを身に纏った、魔女としか思えない身なりをした女性。視線の高さは、ほぼ一緒だが、大分浮いているので、すごく小柄な人物だ。

「なんで、浮いているんだ?」

「ほう、意外と冷静ですね。それは、魔女だからです!」

「やっぱり……」

「やっぱりってあなた、昨今の高校生が魔女ですって自己紹介されて、素直に頷くもんですか!」

「いや、そんな格好して浮いてたら、納得するしかないなと思って」

「まあ、いいでしょう。ここに来たってことは何か叶えたい願いがあるということ」

「願い?……ないけど?」

 唐突に、なにを言い出すんだ。懐かしがって、訪ねた駄菓子屋で願い事を聞かれるなんて夢にも思わなかった。それ以前に魔女ってあまりにも現実離れしているし……ごちゃごちゃと頭が回転するが、思考の焦点が合わず、なにも思いつかない。

「願い事ないなら作ってください、何かあるでしょ」

「そんなこと言われても、全く思いつかないんだって」

「ふむ、まあ願い事や夢がないってことが悪いわけではないですが、本当に何もないのですか?」

「えっ……いや、将来のこととかはよくわからないけど、普通に幸せになりたいかな、とかは思うよ」

 瞬間、黄色い光が秘密基地を包んだ。ドンと重たい音が響き、風を切るような音が続く。机の上の本がひとりでにめくれている。なにが起こってるんだ?現象を理解できずにいると魔女が静かに囁いた。

「ふむ、こんな抽象的な願いに魔本が反応するなんて……」

「魔本?」

「ええ、願いを聞き、それを叶える方法を示してくれる魔法の本です。あなたの『普通に幸せになりたい』に反応したのだと思います」

「じゃあ、その本に書かれていることに従えば、幸せになれるの?」

「さあ、それはあなた次第ですね。とりあえず今晩お休みになる時には、カーテンを半分開け、枕元に一杯の水を置いておくと吉らしいです」

「なんか占いみたいだな」

「ああ、それからこれを」

 魔女は握った手を差し出してきた。それを受け取ると、赤い宝石。ルビーのような輝きはないが、覗き込むと囚われてしまうような深い赤。お世辞にも綺麗とは言えない歪な形は、なぜだか愛着が持てた。

「それは導きの石。あなたの願いを達成する手助けをしてくれるものです。できれば肌身離さず持っていてください」

「ふーん」

 魔女、魔本、石。正直、何がなんだかよくわからないし、あまり信じることもできない。普通に幸せになりたい、なんて言ったが現状に不服があるわけでもない。変なことに巻き込まれるのは嫌だな、と感じながらもカーテンと水だけでいいのなら少し試してみたいという気持ちもあった。

「おーい、もう店閉めちゃうから早く出てきな~」

おばちゃんが大声を出す。

「それから、最後にミルクキャラメルを買うこと」

魔女が付け足す。

「あんた、1人でブツブツ言いながらよく長い時間おったな~そんなに懐かしかったか?」

秘密基地を出ると同時におばちゃんが言う。1人で、が気になったが、おばちゃんには魔女の存在が見えないのかもしれない。魔女とはそういうもんだ。

「うん、懐かしかった。遅くまでごめんね」

「ええよ、久しぶりやしな。またおいで」

「うん」

 僕はおばちゃんに手を振り、帰路についた。もちろん昔ながらのパッケージのキャラメルを買って。


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