闇狼
だんだん疲れてくる。だんだんわからなくなる♪
「エルシア」
美しい声。聞き覚えのある、安心できる声
「エルシア…ごめ………ふ」
その声は何かを言っているようだったが、上手く聞き取れない。
「エルシア」
確か……この声は……。
「女王様…」
私は目を開けた。目の前には美しい女性の微笑んだ顔があった。
「エルシア…本当にごめんね……私が不甲斐ないばかりに」
女性は申し訳なさそうな顔をした。
私は大きく首を振った。
「いいの。私のお友達は、ちゃんとお役にたてたかな?」
無邪気なエルが笑って言う。
「たてたわよ」
ニコッと笑って見せた。
タタタタタと響く音と規則的なリズムが身体に伝わってくる。
「ん」
身体に違和感を感じてうめき声を上げる。すると身体に伝わってきていたリズムが消える。
目を開ける。
「あ……起きたか」
目の前には何故か傷だらけの慎がいた。右目のすぐ横から血が流れて出ている。薄暗いマントの中に見える右腕が少し黒いような気がした。見るからに痛々しい。
エルは理解できず、しばらく固まってしまう。
「動かせるか?身体……」
身体を動かしてみようと試みた。しかし、身体はピクリとも言わない。口を開こうにも完全に強張ってしまって動かすこともできない。その代り痛みが駆け抜けていく。
エルはそこで自分がおかれている状況に気づく。何があったかを思い出す。
私はあの人だかりに飛び込んで行く途中で攻撃を受け気を失った。ここからは勝手な推測だが、きっと慎が倒れた私に迫りくる闇から庇ったのだろう。それで、こんな傷。私のせいだ。
「し…あ……」
謝ろうとしても声が出ない。それに身体も動きそうにない。
「はぁ~……やはりな」
慎は立ち上がった。そこでもう一つの状況に気づいた。
慎に持ち上げられている。背中を支えられ、太股を持たれ、言わば、お姫様だっこと呼ばれる状態だ。これは、ますます申し訳ない。
慎は周りを確認しながら走り出した。
今までは街の状況などわからなかったが、今なら街に目を向けられる。エルは見える範囲で街を見た。とても静かだ。人っ子一人いない。たまに、誰かが走る足音が聞こえる。
「いたぞ!捕まえろ」
慎の後ろから誰かの声がした。黒い光が慎の後ろで渦巻いているのが見える。
「ちっ」
慎の舌打ちが聞こえたと思うと慎はすぐ横の飛んで路地裏へ入ったらしく身体が大きく揺れる。激痛が全身を駆け抜ける。
「わるい」
ボソボソ慎はそういって駆け抜けた。
—キャーン、キャーン—
何かが高々に鳴く声が響き渡った。
すると慎は、積みあがった木箱や建物の屋根などを利用して街の建物の上へと向かう。
建物の上に出ると、慎は上を見上げて黒い光を少し体から出した。
黒い光が刃のようにエルの足の下を足った。追手だ。
たぶん、後ろには沢山の闇の者が光を刃のようにして放っているのだろう。
—キャーン、キャーン—
また聞こえる声。それと同時に今度はバサバサという羽のような音が聞こえたかと思うと慎は大きく飛び上がった。慎の上に黒い大きなものが目に写る。緩やかな感覚、風を感じる。空を飛んでいると思った。
「悪いな」
キャーンという鳴き声が響き渡った。
「しかし……エルちゃんもよくやるねぇ」
アーシュの小ばかにしたような口ぶりが馬車内にこだましていた。
「だって……助けたかったんです」
「天使の持つ正義感ってやつ」
アーシュはケラケラ笑う。
「てか、アーシュさん。痛いです!手加減してください」
「あはは、ごめんごめん」
やはり、ケラケラと笑っていた。
ただいまアーシュに治療されている。エルの身体には沢山のグロテスクな傷があった。
「慎もね。僕が気づいてなかったらどうするつもりだったの?」
慎は静かにアーシュを見据える。
「お前が気づかないことはあり得ない」
静かにいう
「僕が気づくの前提ですか…。あ、終わったよ」
最初の言葉は慎に、後の言葉はエルに言ったのだろう。
「そういえば、慎さん。私をどうやって助けたのですか?」
慎は苦笑しただけで何もいわない。
「確かに気になる」
—キャオーン—
その時、カラスぐらいの黒い鳥は静かに鳴いた。
「ま、いいや。二人とも。彼女にもお礼言っといてよ。今日体調悪いのに無理して力使って飛んでもらったんだから」
アーシュはきっと話してくれないと見たか話を変えた。エルもそれに従うことにする。それにあまり触れてはいけなそうだ。
「ああ、悪かったな。アイナミ」
「あ、ありがとうございます……アイナミ…さん?」
素直にお礼をいうとアイナミと呼ばれた鳥は羽をばたつかせた。
「別にいいのです。あなた方は光をもたらすお方…あなた方のためならいつでも力になりましょう」
「しゃ、喋った……」
エルは呆気にとられた。
「あははは、アイナミは喋るよ」
アーシュは陽気にいう。
「アイナミは特別だからね。その辺の鳥とはいっしょにしちゃいけない」
不思議な気がしたがこれが当たり前なのだ。無理やり納得させる。
あの小さな鳥がエルたちを助けてくれたのは確かだ。あの鳥は大きくなったり小さくなったりできるみたいだ。
それはなんとなくだが、理解した。しかし、アイナミはどこから現れたのだろうか。エルたちがあの町に来たときはいなかった。
「あの……アイナミさん?」
「なんですか?」
鳥は優しい女性の声を出し、その鋭い目をこちらに向けた。
「アイナミさんってこの辺にお住まいなのでしょうか」
アイナミは片方の羽で口元を抑え、フフフと優雅に笑った。アーシュもクスクス笑う。慎は目だけを向けているが、気のせいだろうか。その目はなんだか優しい。
エルは首を30度傾ける。
「エルちゃんは本当に何も知らずに地上に降り立ったんだね」
アーシュが言いながらクスクス笑う。
「私に家などございません。私はただ主に従い、主に呼ばれれば現れる。それだけの存在です。主がいることによってこの世に存在する。そのような存在です」
エルはわけがわからず首を傾げた。
「つまり、俺ら術師が彼らを雇う。別に家がないわけじゃない。ま、アイナミは本当にないがな」
「どゆこと?」
「アイナミは、迷子の小鳥ちゃんだったんだよ。んで、他の奴らに襲われてたところを僕が見つけて助けたってわけ」
「はい。本当に感謝しております」
「いいんだよ。こうやって役にたってくれてるんだし」
「私なんてまだまだです。慎さんの友達の方が力はすごいです」
アーシュは不意に優しい顔をした。
「いいんだよ。力なんてなくたって…」
その言葉の後にも小声でボソボソと呟いていたが、エルの耳には聴こえなかった。しかしアイナミの耳には聴こえていたらしい。アイナミは少し照れくさそうに顔を隠す。なんと言ったのか気になる。好奇心旺盛で気になったものにはとことん追求したくなるエルだがこの時は黙っていることにした。それよりも、話がわからなくなってしまった。
「まぁそりゃ、慎は力強いからだから、アイナミが気にする必要ないんだよ」
「すみません。しかし、私が持つ能力をもう少ししっかり使えたら良いのですがね」
「もう、相変わらずだな。アイナミは」
空気的には、良い空気なのかはよくはわからないがなんとなく微笑ましい、そして羨ましい。あの二人だけの空間が形成されている様だ。しかし、話が逸れまくっている。
「あ、あの……」
エルは耐えきれず口を開く。
「ま、簡単に言うと彼女らは死者だ。まだ、この世に未練があり彷徨い続けた」
「はぁ……」
「それを、僕らみたいのが見つけて、剥き出しの魂にお得意の想像で形を造形し新たな器を授ける」
エルは頷いた。
「んで、生かしてやってるって訳だな」
慎はそういうと痛々しい身体を無理矢理働かせ立ち上がり、いつもの黒い光を手から床に向かってゆっくりと落とした。それは黒い煙のようだった。
「来い。黒狼」
黒い煙の中から獣の尖った爪のようなものが見えてきたかと思うと、だんだんと煙はなくなり、一匹の獣が姿を現した。
何でも切り裂けそうな鋭い爪。細いが俊敏な動きをしそうな足。スラッとした胴体に犬のような鼻や口。その口からは白い牙が見えている。目は黒というよりは深藍色をしている。とても綺麗なネズミ色と白のコラボ。これは、狼だ。とても立派な狼
狼は鼻をヒクヒク動かして辺りを探る。
「こいつは黒狼。俺の仲間だな。ま、こいつもアイナミと同じようなものだ」
黒狼という名の狼は慎を見て唸った。
「ちょっと、慎さん?何ですか、急に、酷いッスよ。せっかく豪華食事の黒鹿を前にしてたのに……これから食べるってとこで……」
黒狼は拗ねたように顔を背けた。
「悪かったな」
慎は表情を変えずに言う。
「俺が頑張って捕まえて、一族で食べよって時に……。これで用事が何もなかったらその腕噛みちぎるッスよ」
慎は驚いた顔をした。
「まてお前、あの獰猛な黒鹿を捕らえたのか?」
「そうッスよ。今更ッスか」
黒狼は得意気に笑う。しかし、慎が微動だにしない様子を見て不満そうな顔をする。
「なんすか?可笑しいすか?」
「いや、違う。お前よくそこまで……」
そこまで言って言葉を切った。
「いや、この話は後にしよう。本題に入る」
黒狼の目の色が変わる。
「ちょっと、追ってがいないか確かめてくれ」
黒狼は一度小さく吠えると馬車の後ろに行き座り動かなくなった。
エルは気になり、しばらく見つめる。
優しい風が吹き、黒狼は毛をなびかせる。その毛は月明かりに照らされてキラキラと白色に光っていた。
「ああやって、周りを探ってるんだよ」
エルは慎の声を片耳だけで聴いた。
「あいつは家がある。俺がそうさせたからだ。あいつに器を与えるときあいつと仲がよかった闇狼を想像して作った。元はまだ幼い人間だよ」
エルは静かに頷いた。なんとなく悲しい気持ちになった。
彼は幼いうちに亡くなった魂だ。どうして亡くなってしまったのか。この時代では珍しくはないのだろう。黒狼は慎にみつけてもらっただけ良い方なのかもしれない。見つけてもらえない魂はどうなるのかエルは理解できなかった。
夜は深まっていく。どんどん気温は下がる。
深まるにつれて疲れたらしい二人と一羽は眠りにつき馬車内は寝息とゴトゴトという音だけとなる。
慎に呼ばれた黒狼は寝ることもせずに周りの様子を窺っている。
そんな黒狼を眺めていたエルはどうしても知りたいことがあった。この狼に聞きたいことがあった。しかし、聞く勇気がない。聞いたらもとは人間の狼を傷つけてしまうかもしれない。
エルは馬車内を見渡した。二人と一羽は相変わらずだ。ある意味聞くなら今しかないような気がした。今聞かないと次に聞く機会はなくなる気がした。エルはゆっくり黒狼に近づいた。
「何スか?眠れないんスか?」
黒狼は真っ直ぐ前を見つめたまま言った。
「早く寝ないと明日きついッスよ。ただでさえこの地を歩きなれてない様子なのに」
黒狼の声が馬車内に静かに響く。
エルは狼の横に腰を下ろした。
「あの。聞きたいことがあるのですが」
黒狼は眼だけをこちらに向けた。
「聞きたいこと・・・・・・俺の、死んだ理由とかスか?」
エルは不意を突かれた。鋭い目がエルを見据えて笑った。
「図星っスね。エルさんは分かりやすいッス。いいッスよ教えても」
「本当に!」
黒狼は答える代わりに頷いた。
「俺は小さな村で生まれたッス」
その村は今の時代にしては平和な村だった。闇の力は届いておらず。闇一族なんて見たこともない人々は笑いあっていた。そんな村でも一歩外に出ると凶暴な闇の生き物たちが住み着いていて、大人たちは俺ら子供には外には絶対出ないようにと言っていた。まあ、それでも俺は村の外に出て山へと向かってたんスけどね。村の外は世界が違うし沢山の動物がいて、沢山のロマンがあったから。それに闇の動物が俺を襲うなんてことはないと思ってた。普通に仲良くそいつらと遊んでたし。それが今の俺の一族。あ、これは余談ッスけど。俺の名前は黒狼じゃないっスよ。ちゃんと人間らしい名前があるッス。上が四文字下が三文字。まあ、それはさておき。
それでみんなといつものように遊んでたんだ。朝早くに人の目を盗んで森に行き、夕方にこっそり戻ってくる。それがばれるのも時間の問題だった。
村人たちにばれてから色々大変だったっすね。村人の中から偉い人が集まって会議始めたりしたッスから。まずは俺が何のために村から出てってるかから始まって、狼達に会いに行ってるとわかったら今度は、俺は奴等に騙されてるとか言って、いつかはこの村を襲う気だとか。それで、反論抵抗したら、今度は監禁されて村からも部屋からも出れなくなっちまった。
え、あぁ...あんな村人に何を言ったて聞いてはもらえなかったッスよ。それどころか狼たちを殺りに行こうとかで、あいつらの住処に行っちゃうし一回目は三人の大男で、山を甘く見て準備を怠って・・・・・・それで帰ってこない奴とか出てきて村中は大騒ぎ。二回目はある程度準備はしたけど人数が数人と少なすぎてダメ。三回目は人数は多かったし準備もちゃんとしていたけれど狼たちを見つけられず日が暮れて断念。
ん?一回目二回目は狼たちが殺した?あいつらは殺してないっす。優しい奴らなんで。勝手にいなくなっただけっすよ。多分、道に迷って帰ってこれなくなったんじゃないっスか?
ま、それで変な組織までできて、狼を退治しに行く計画が本格的になってきて、狼の方も俺がいつまでたっても遊びに来ないからって心配して夜な夜な遠吠えが聞こえる始末。この二つの部族が衝突するんじゃないかっていつも不安だったね。
そんな不安を抱えて生きていたある日の夜。この日も狼たちは絶えず吠え続けていた。月が綺麗な夜だった。冷たい床に座って俯いていた俺はふと気配を感じて顔を上げた。その部屋唯一の窓。高い位置にある窓。そこにフードを被った一人の少年がいた。少年といっても見た目は10代前半ぐらいだったな。しかし不思議だった。見張りがあんなに沢山いたのにそこにいてたんだからな。
その少年は俺に静かに言う。
「お前があの吠えている闇狼たちの友達か?」
俺は驚いた。なぜ友達だとわかったのか、まず、狼達に人間の友達が存在することをどこで知ったのか、疑問に思ったことは沢山あるが迷わず頷いた。すると少年は微かに笑った。
「あいつらが心配している。ついてこい」
少年は静かに言うと身体から黒い光を出すとそれを部屋の壁に向かって放った。壁は激しい音と砂埃を立てて崩れた。少年は窓から飛び降りるとその壊したばかりの壁の中へと姿を入っていった。
俺は暗い壁にできた洞窟を見つめた。
「どうした?早速く行くぞ」
洞窟の中から声が聞こえた。そして青色に輝く少年の目がギラリと光る。俺は慌てて後を追う。
「多分…俺の予想だと、ここの村人と闇狼が出会う。どういう意味だか分かるよな」
そういうと先をズカズカといってしまった。俺は真っ直ぐ歩き続けた。前も見えないくらい真っ暗な道を。
何分暗い道を歩いたかわからない。歩き続けても一向に出口は見えない。ただ先は暗いだけ、壁にぶつかってしまうかもしれない。ぶつかるかも知れないのに怖がることもせず歩き続けていられたのは静かな空間に響く少年の足音があったからだろう。しかし、その足音はふっと聴こえなくなる。急に怖くなり足を止めるとドゴンっという大きな音が前方から聴こえてきて、反射的に一瞬目を閉じ、片腕を顔の前まであげ顔を守るようにする。そして、恐る恐る前方を見ると四十メートル先に淡い光が見えた。瞬間的に出口だと思った。その出口の前で先ほどの少年が振り返ってこちらを見ているのがわかる。俺が歩き出すと少年は洞窟から出て行った。
洞窟から出ると久しぶりの新鮮な空気が体に入ってくる。俺はそれを遠慮することなく吸い込み吐き出す。回りを見渡すが少年の姿はどこにもない。俺は気にせずもう一度新鮮な空気を体に取り入れると一目散に山を目指し走り出した。あいつらの事が心配だった。その一心だった。あいつらの遠吠えが聞こえる気がした
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