陽気な運び屋
大好きな運び屋です。
ふふふふ
怪しげで特徴的な赤い髪を持った少年。コールキーパァの少年。コールキーパァは馬の扱いがうまい。そして彼らは商人一族で口がうまい。口先だけの言葉に惑わされる者は多いと聞く。それは商人という職業以外にも活用しているとあの書物には書いてあった。警戒を怠ってはいけない。
彼は巧みに二つの縄を操り馬を動かしている。
少し馬車の動きが緩やかになるとエルの方をチラッと見て優しく笑った。エルは思わず身構える。
「僕は、そこにいる慎ちゃんの親友で、運びやと商人をやってるアーシュと言います。ま、よろしくしてやってください」
アーシュはケラケラと笑う。眠っているのか窓の外を見たまま微動だにしなかった。
「慎さんの……親友さん」
静かに呟く。
「そうそう」
彼は陽気にいうと馬車の外に向き直る。
「んで、お嬢さんの名前はなんて言うの?」
顔は見えないが笑っているような気がした。
「私の名前はエル・ラメール・トゥーラン・エゼル・トーランド・シリアス…長いので以下略です」
彼は呆気に囚われたような顔を私に見せてから前を向いた。
外から馬の鳴き声が聞こえてきた。
「長いのでエルで大丈夫です。皆さんそう呼んでますし」
彼は縄を離し完全にエルの方を向いた。そして不気味に微笑む。エルはそれを怪訝そうに見た。
「確かに長い。しっかし、エルちゃん」
「は、はい」
警戒していただけに、フレンドリーな呼び方にびっくりする。
「君も大変だね。こんな、バカみたいに光だ光だ言ってるめんどくさ~いアホと一緒に旅して」
にやけている。
「慎はね。僕の大切な大切な家族なんだよ。」
家族、では慎もコールキーパァなのだろうか。それにしては彼の瞳や髪の色はその一族の特徴と一致していない。
「それに、性格と自力コントロールに問題が…」
「アーシュ。あまり無駄な事言うな」
それまで寝ていると思われたシンが声を発した。
「それに、俺らがあったのはつい最近三日前だ」
三日もたったのかとエルは驚く。そうするとエルは一日と半分も眠っていたことになる。
(何故だろう。そんな重傷そうな傷は負っていなかったはず)
その瞬間、エルの脳裏にある考えが浮かんだ。もしかしたら、慎に眠らされていたんじゃないだろうか。
彼は「あ、そうなの」と低い声で言った。
シンもそれっきり声を出さずに目を閉じている。また、寝たのだろうか。
「あの、私」
震え声で恐る恐る声を発する。
「な~に?エルちゃん。緊張しなくていいよ」
彼は少年のような笑顔でこちらを見た。
「なんで、私、約一日と半分も眠っていたのでしょうか?」
彼はニタニタと笑った。
「それは、たぶんね。彼が発した毒にやられてたからだよ」
「毒?」
やはり、慎が眠らせたのだ。
「そ。エルちゃんは光だからね。くらいやすかったんだろうね。普段は身を守る程度のもので闇ならみんなできるんだよ。ただ、慎のは毒性が強くてね。身を守る程度じゃ済まないんだよ闇の者でも油断すると死に至るぐらいだよ。」
それを聞いて身震いをする。アーシュは不気味な笑みを浮かべる。
「息苦しくなかったかい?」
「息苦しさはありました」
正直に答えると彼は不思議そうな顔をした。
「でも、普通は光のエルちゃんがあれをくらうと即死なんだけどな…」
彼は独り言のように呟く。
「慎はその辺のコントロールは苦手なはず」
「そうなんですか?」
「うん」
アーシュはしばらく考える様子を見せてから「あ!」っと声をあげる。
「その、マント。慎ちゃんから貰ったんでっしょ?」
エルは首をかしげる。
「絶対そうだ!でも、慎もマントの力知らないみたいだね。慎もここに君を連れてきたときなんか少し慌ててたしね。殺しちゃったとでも思ったのかな?ま、さっきも言ったけど彼は力のコントロールが苦手なんだよね。実際はこの毒の力は自分で自由にコントロールできるものだし」
「そうなんですか…」
「実際、彼の種族も不明だし」
アーシュは独り言のようにいう。エルはその言葉に引っかかった。
種族不明とはどういう事だろう。確かにアーシュはさっき慎を大切な家族といった。もしかしたらアーシュの陽気な嘘だったのだろうか。それとも慎は訳ありで、本当の家族に捨てられてアーシュに育てられたのか。いや、それはないだろう捨てられたにしてもアーシュが育てたというのはおかしい気がする。アーシュと慎の年齢はそんなに変わらないようにもみえる。考えすぎだ。干渉しすぎちゃいけない気もする。
「、ちなみに毒は目に見えるよ。ほら、エルちゃんも見たでしょ?霧のような黒いものを。あれに毒性があるんだよ」
エルはうなずく。
「しっかし、慎は何なんだろう。力が強すぎるしな。もしかしたら、僕よりもはるかに強い上の種族なのかもな」
アーシュは独り言ちる。
上の種族。いったいどんな種族なのか。闇の情報は偉い種族になるにつれて情報が入りにくかった。きっとその情報が入りにくい種族にあるのだろう。
その時。エルたちを待ち伏せっしていた男を思い出した。彼は慎を様付けで呼んでいなかったか?もしかしたら、本当に偉い位置なのかもしれない。気を付けなければ。慎は実は裏切り者ではなく、私を捕まえるために演技をしたのかもしれない。エルは必死にほとんど使い物にならない頭を回転させた。
「そのマントに助けられるか…君の存在がばれにくくするそのマント。実は、闇の力にやられそうになった時それを着ている人を守る」
彼はぶつぶつと呟く。
「調べてみる価値はあるな。どんな仕組みなんだろ?今度慎に作ってもらおうか」
エルはそんなアーシュを見つめていた。するとその視線に気づいたのかニコッと笑いかける。
「さっきも言ったけど慎ちゃんは種族不明なんだ。何でも生まれてこのかた一度も親の顔を見たことがないらしい。物心ついた時にはとある小さな町でみんなに愛でられながら育ったそうだからね」
知ってしまった事実に胸を痛めた…親の顔を見たことない?それはさっき思った通り捨てられた…そこまで考えて思考を停止させる。考えてはいけないと停止させる。
無言の時間が何分も流れた。風の吹く音が聞こえ、開けっ放しの窓からひらひらと羽が蝶々で形が蜂のような不思議な虫が入ってくる。
「あ、そうそう。エルちゃん。もし、お腹好いたらそこの食料食べてもいいからね」
アーシュは前を向いたまま素っ気なく言う。
「あ、ありがとうございます」
私は箱に入ってる赤い丸い物に手を伸ばし引き寄せた。その食べ物をまじまじと見る。赤色の中に白い線がいくつも入っていて、上だと思われる箇所からは小さく細い茶色いものが延びている。
「あの……これって……」
アーシュは一度後ろを振り返る。
「あぁ、林檎だよ。そんなに珍しいものじゃない」
こんなもの、あの中では見なかった。見たことがなかった。
エルは初めての食べ物を恐る恐るかじる。林檎という食べ物の皮は薄く中に白い実が入っている。それを噛むと甘い汁が口の中を濡らした。
「美味しい」
アーシュをみると微かに笑っているようだ。もう一口噛む。甘酸っぱい液が乾ききった舌を濡らす。コロコロしていて舌で触ると堅そうな身も歯で噛むと柔らかい。私は夢中でかぶりついた。
「でさ、君さ。彼処から脱け出してきた娘でしょ?」
アーシュの急な言葉に動きを止めた。顔を引き攣らせる。ばれた。捕まる。そう思った。
「いや、別に捕まえてボスに売ろうとは思ってないよ」
ヘラヘラ笑う。
「たださ」
彼は睨むようにして、私に布で隠されている小窓から外を見るように指示した。
私は布を手で横にずらし、外を見る。そこには黒い漆黒のフードつきマントで顔を隠した人たちが三人いた。
どんどん近寄って来るようだ。
「あの……あれ」
「ちょっと不味いな」
アーシュはさっきの陽気な声からは想像もつかないくらい低い声を出しエルの言葉を遮るように言った。
「え……」
だんだん近づいてくる黒い三人に恐怖を覚えた。
「エルちゃん。念のためフードを深く被って」
言われた通りに被る。アーシュもフードを被った。
黒い三人はもう、すぐそこにまで来ている。
「隠しきれるか…腕の見せどころ」
エルは息を潜めた。
「ちょっと、そこの運び屋さんよ。水と食料分けてくれないか?」
アーシュはやむ終えず手綱を引いて馬車を停車させる。
「水と食料ですか?水はただいまただで提供中です」
アーシュはとても陽気な声を出して接客をする。
「それはありがたいな」
三人は気分がよさそうに笑った。
「ちょっと待ってくださいね」
エルは小さく「え……」と声を漏らした。てっきり、追い返すものかと思っていたからだ。
アーシュは馬車の中に入ってきた。
「エルちゃん。ごめん。手伝って。あと全て僕に合わせて」
アーシュはそういうと、沢山のいろとりどりの木の実が入った箱を下ろした。
「水。お願い」
アーシュに言われ、エルは水を持ち馬車を降りた。思ったより軽かった。
「水は此方からお一人様五本ね」
彼はそういった。
「おぉ、兄ちゃん。なかなかいい人だな」
三人はご機嫌そうだ。
「ここは暑い。流石に喉も乾くでしょ?それに、裏切り者を探すのと脱獄者を探すので疲れているご様子。そうだ!そこにある果物。一つ50円なんてどうですか?」
それを聞いて三人はますますご機嫌になった。
木の実を沢山袋に詰め、水を一人五本持ち、お金を払う。その間エルはどうしていいのかわからずボサっと突っ立ていた。
「あれ?後ろにいる背の小さい子は?」
一人の男が呟いたエルは慌ててフードを掴み深く被りなおす。
「ちょっと、顔見せてくれよ」
「すみません。お客さん。この子、俺の妹なんですけどとてもシャイでね」
男は首をかしげる。
「妹さんか。なら、尚更顔が見てみたいものだ。君のような色男の妹とはな」
男たちは笑った。
「美女は見えないから美女でいられるもんですよ」
アーシュは木の実と水の入った袋を少し乱暴に渡す。
「大切なかわいいかわいい妹をあんたらに渡すとでも?顔を見せるのもおこがましい」
優しくへらへらと笑っていたアーシュの表情が一変する。エルは寒気がした。
「悪かったよにーちゃん」
「ばか、何怒らせてんだよお前。こいつらは中心を恨んでるんだ。下手したら食い物くれなくなる」
「あぁ、そうだとも、こいつの種族は家族を何よりも大切にしてるんだからさ」
男たちはこそこそと話している。とはいっても丸聞こえだが。
「エル中に入ってな」
アーシュはこれまでにないくらい優しい声で言った。その瞬間、男たちはこちらを見た。エルはなんとなく一礼して中に入る。
「お客さん方…ごちゃごちゃ言ってないでとっととされ!」
「され」というのと同時にアーシュの周り、空中に黒い渦ができる。その中から黒い怪物が数匹出てきた。みなコウモリのような羽を持ち、口先は鳥のように尖がっている。丸く曲がった背中。手にはフォークのような槍。エルは直感的に「ガーゴイルだ」と思った。
男たちはそれを見ると悲鳴を上げて去って行った。
「これで良し」
出てきたガーゴイルは一斉に消える。
「エルちゃん片づけ手伝って」
アーシュと共に荷物を馬車に乗せる。乗せ終わるとアーシュは馬車の先頭に腰かけ綱を持ち優しくその綱を上下に動かした。
「みんな行くよ」
馬車はゆっくり進みだす。
「あ~……心臓止まるかと思った」
小声でいう。
「僕に任せとけば大丈夫だよ」
彼は得意気に鼻をならした。
「でも、妹って…確かアーシュさんの部族は女性は物を売りに行かないと読んだことがあるのですが……」
「ふ~ん。よく勉強してるね」
アーシュはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「じゃあ、これは知ってる?僕ら部族は絶滅危惧種なんだよね」
感情のない声。
「え、そうなんですか?知りませんでした」
「そっか。家族を大切にする理由もそこにある」
聞いてもないことをアーシュは話し出す。
「どういうことですか?」
「やめとけ。エルもアーシュも。それ以上は」
寝ていたはずの慎が荒々しく声を上げた。アーシュは「はいはい」と言いながら前に向き直る。
「そうだ。アーシュ。俺をサイジョウ町まで頼む」
慎はその流れで言う。少し言葉に棘がある。
「え……サイジョウ遠いな…ま、いいけど。途中町を三件よらせてもらうぜ」
「かまわん」
運びやは笑った。その笑顔は悲しそうにエルの目に映った。
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