表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

追い詰めないのが愛

作者: えんぴつ

「ホレ、あの、角の田中さんち知っとるじゃろ。息子さんが入退院を繰り返してた。嫁さん、とうとう出て行っちゃったらしいぞ。まだ小さい孫2人抱えて、ばあさん、こぼしとったよ。病気の息子さんも哀れだけど、ありゃ、ばあさんが大変だ」


「私の友達のお父さんなんか、ネットで若い女と知り合って、帰って来ないんだってさ。お母さん、ショックで鬱になっちゃって、もう家の中、メチャクチャだって」


「ぼくのクラスの友達の家も、お父さんの会社が倒産しちゃって、『家のローンどうするのよ!』って、毎日、夫婦ゲンカなんだって。その友達、塾に来なくなったよ」


「よかったね〜うちは。お父さんが健康だけが取柄の公務員で。そりゃ、裕福じゃないけど、とりあえずいまの生活は保障されているんだから。あははは」


 それは、ぼくと母さんと姉さんとじいちゃんの4人で、夕げの食卓に座り、いつものように父さんの帰りを待っていたときのことだった。


 公務員の父さんの帰宅時間は5分と狂わず、いつも決まって6時半には玄関のチャイムが鳴る。


 が、この日はチャイムは鳴らずに電話が鳴った。


 そしてその電話に出た母さんが「け、警察!」と叫び、「は、はい。いますぐに参ります」と言って電話を切ると、すっ飛んで警察に向かい、2時間後、テレ笑いを浮かべた父さんと一緒に帰って来た。


 一体、なにがあったんだろ? 父さん、スリにでもあったのかな? それともオヤジ狩り?

 

 ぼくと姉さんとじいちゃんの前で、母さんは怒りで身体を震わせていた。


「……父さん、駅の階段で手鏡使って女子高生のパンツ見て捕まったんだって。市役所もクビだよ。まったく……」

 

 とここまで言って、これまで警察でガマンしていた怒りが、一気に爆発した。


「くだらねーもん見やがって。そんなに見たいか。おーし、見ろよ、ほら、三面鏡跨いでやっからよー」


「あ、いや、母さんのはどうも……」


「じゃ、彩子、このエロ親父に見せてやりな。女子大生のじゃダメか? 女子高生じゃなきゃ、どうなんだよ!」


「あ、ちょっと見たい。でも、娘のは父親として、いかがなものかと……」


「まったく、もう母さん情けないよお」


 そう言うと、母さんは床にうずくまって泣き伏した。


「パンツ見ると、警察に捕まるのか。わしは腰が曲がっとるから、女子高生のパンツなんかイヤでも見えるぞ。イヤじゃないがの」


 最近、軽く痴呆が進んでいるじいちゃんが笑った。


「私が風俗で働けばいいんでしょ。父さんの給料ぐらい軽い、軽い」

 

 短気な姉さんが結論を急いだ。


 姉さんが言っていること、ぼくはちょっと違うんじゃないかなーと思ったけど、父さんはすかさず


「そっか、売ってくれるか。いやー助かるな父さん。彩子がそう言ってくれて。じゃ、父さん、甘えちゃおっかなー」だって。

 

 これには泣き崩れていた母さんも黙っていない。


「あんた、親として恥ずかしくないの!」


「いや、売れるモノは売れるウチに売っとかんとな。母さんじゃ、もう売れんし……」


「世の中知らないねえ、父さんは。だから役所でも出世できないんだよ。いま熟女ブームで、私だってまんざらじゃないんだから」


 母さん、話の方向性が違うんじゃ……。


「じゃ、まず母さんから売るということで。竜太郎だって、新宿2丁目で立派に商売になると思うぞ。どーだ、女にばっかり世話にはなれんぞ、竜太郎!」


「え!! ぼ、ぼくはまだ女も知らないのに、いきなり男相手はやだよお」


 と、母さんがガバッと起きて、「じゃ、知っとくか」。


 え、え。

 

 さらに姉さんまで、「大体、竜太郎、そういうのは性差別だぞ」と、わけの分からないことを言い出した。


 な、なに? 冗談でしょ? なんでこんなときに、冗談が言えるの?


「もう分かった、分かった。父さんはうれしいよ。みんな家族のために、自分の身体を売る気があるのが分かって。すばらしい絆、すばらしい家族愛だ。でも、みんな大丈夫だぞ。かわいい彩子や竜太郎に大切な身体を売らせたりするもんか。な、母さん。こんなときのために我が家には蓄えがあるもんな。ボーナスの半分、いつも貯めてる例のあれ。500万くらいあるのか?」


 母さんの顔が曇った。


「あ、あれね、え〜と、あれは、パチンコでなくなっちゃった。あははは」


「なんだとーてめー。俺が下げたくもない頭をぼんくら市民のために下げ続けて、稼いだ金をパチンコでスッただと〜」


「わ、私だけじゃないよ、じいちゃんだって、彩子だって、もうみんなパチンコがヘタで困っちゃうぅ〜」


「売れ! いまこの場でテレクラに電話して、全員売って来い!」

 

 父さん、自分の立場も忘れて烈火のごとく怒り出した。


「わしも売れるかのお」


「じいちゃんが売れるなら、俺が売るわ」


「ぼくは、パチンコしてないし」


「うっせー、竜太郎は連帯責任だ」


 なにが連帯責任だ。父さんが女子高生のパンツなんか覗くから、こうなったんじゃ

ないか。


 大体、母さんも姉さんも、なんで身体を売ることばかり考えるんだろ? それより父さんの不祥事をもう少し責めればいいのに。本人、反省してないみたいだし。


 みんな突然の我が家の危機に気が動転してるのかなあ。


「ね、別に身体売らなくても、とりあえずみんなでバイトでもすれば、うちの場合は暮らしていけるんじゃないの。だって、ローンとかないんだし」


 ぼくは、ごく当たり前のことを言ってみた。


「それもそうだな。父さん、ちょっと頭が混乱してた。なんせ初めてのことだから、役所クビになるの。あはは。そうだ、4人でバイトすれば40万くらいになるもんな。おーよかった、よかった。母さんと彩子とじいさんは、2度とパチンコなんかするんじゃないぞ。父さんももう女子高生のパンツは覗かないから」


「頼みますよ、お父さん」


 へ? 母さんニコニコしている。


「雨降って地固まるだね」


 姉さんの言葉に、ぼくが固まった。


「よかった、よかった。これで我が家も安泰じゃ」


 そう言うと、じいちゃん、姉さんのお尻を撫でた。


「もう、じいちゃんったら……」


「あははははは」


 確かに我が家はなにがあっても崩壊しそうにない。なぜなら、すでに壊れているから。


 でも、あったかいからいいや。


痴漢行為に“甘い”とか、叱られそうですが、単なるドタバタコメディーです。ただ、最近の親子の暗い事件を聞くにつけ、なんかもっとオープンな家族だったらって思います。もちろん、こんな家族は論外ですが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] とんでもない家族すぎて面白かったです。
[一言] すみません。作品の上から読んできましたが、これは今までの中で一番面白かったです。 どこかで聞いたお話ですが、家族の一人一人の台詞が可笑しく、話の流れがコメディー以外のなにものでもない。懐かし…
[一言] これは、感想が難しい。なにが難しいかと言うと、感想によって僕の少しだけ残る品格が地に落ちそうで恐い。なので、家族愛の素晴らしさを教えて頂きましたと、歯の浮くような感想を述べて逃げ帰ります。 …
2008/06/10 12:36 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ