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作者: 八束水臣

『穴を掘る』という行為をなぜ掘るのか?自身ならどう書くか?

考えた結果の作品です



暗い森にざくざくと掘削する音が響く。

両膝を付き衣服や体の汚れなど厭わず一心不乱に青年が掘り続けていた。シャベルなどの掘削具ではなく木の枝を手にしている事から計画性のない場当たり的な行為であると推測出来る。

汗が吹き出した全身には泥土が張り付き、切れ切れの荒れた呼吸を繰り返す口から垂れる涎にも砂利が混ざっていた。

不意に、青年が力みすぎたのか強度の限界か乾いた音を発てて木の枝がぽっきりと折れてしまう。

落胆したような表情を見せ、続いて悲憤に震えると青年は短くなったそれを放り汗だくの両手を地に突き立て再開する。

見る間に手は泥に塗れ爪の隙間にも入り込んでいった。途中、少し大きな石があろうと速度を落とさなかった為に爪の角が削れたようだかその都度、眉間に皺を寄せるだけで全く手を休めようとしない。

どこか妄執的に見える様を延々行い続けているが青年自体は何も特筆するような存在ではなかった。

田舎から出て独り暮らし、学費と家賃は親の仕送りを受けていたが生活は賄いきれず飲食店でアルバイト、成績は並み、所謂何処にでもいる普通の学生であった。ただ内向的な性格が災いして新入生歓迎コンパで半ば強引に加入させられたサークルに馴染みきれず数日の間に籍を置くだけとなった事は後悔していたかも知れない。もし、無理をしてでも通い続けていれば今とは違った自分がいたかも知れないから。

兎に角、青年は時間を性格改善に使わず生活費の捻出に重きを置いて大学生活を送った。入学当初は話をしていた学友も自然に距離が出来挨拶を交わせばいい方、アルバイト先の先輩とも対話能力の低さから意思疎通が図れず怒られ、休日はモニターを相手にカップ麺を啜る。

そんな錆び付いているともごくありふれたとも言える青年の日常に転機が訪れた。

進級の折り始まったゼミナールである。指導教授の下、少人数で行われる演習に否が応でも学友と青年の距離は縮まっていく。人と触れ合う事の悦びを知った青年は限られた時間と空間の中で仲良くなろうと精一杯努力した。青年なりのそれであった為、学友には奇妙な言動に映ったが推し量り読み取る技量を彼は持ち合わせておらず空回っていた。だが、青年は週に一度しかないたった90分の演習を心待ちにしていたようだ。何故なら入学以来ずっと気になっていた子が同じゼミナールを履修していたから。

その子が特別綺麗であったり人目を引く程華やかであった訳ではない。ただ、朗らかなその笑顔は周囲を和ませ柔らかな空気を生む、そんな女性であった。

青年が懸想していなかったと言えば嘘になるだろう。しかしそれ以上にその輪の中に自分も加わりたいと言う想いで占められていた。

そんな、自分を導いてくれるかも知れない女性と同じ空間にいる。毎日でも演習があれば良いと思ったに違いない。

ふとしたきっかけで目が合った時、分け隔てない笑みを浮かべた女性に引きつった笑顔を返し慌てて俯く。そして決まって夜眠る前に自分の不出来さを悔い布団の中で悶絶する、そんな日も少なくなかったようだ。

とある夜、いつもの如く失敗を言い訳や弁明も出来ず頭ごなしに怒られて終わったアルバイトからの帰宅途中に近道をしようと公園の雑木林に入った時、それに遭遇した。

穴である。

子供の戯れか小動物の巣穴か何の変哲もない穴があった。

ただ外界から抜け落ちた暗がりの木々と顔が丁度納まる位の穴は青年に子供の頃読んだ童話を連想させた。

ふらふらと憑かれたように或いは戯れた遊び心を呼び起こされたように青年は穴に近付く。

四つん這いになりそこへ顔を入れると鼻腔を土の臭いが突き皮膚を湿り気のある空気が障る。しかしそれらは何の障害にもならなかった。

青年は叫ぶ。

湧き上がる感情に突き動かされるまま、生まれて初めて出した力強い声で鬱屈した思いを吐いた。アルバイト先の先輩、目が合っても挨拶をしない学友、対象は幾らでもいた。

一頻り叫び終えて立ち上がり息が荒れた興奮状態のまま下を向くと穴が酷く穢れて見えたらしい。

吐き出したそれらがどろどろと溢れ出して来そうな。そんな強迫観念に囚われた青年は大慌てで穴を蹴り埋め、アパートへ走って帰った。

次の日、青年は文字通り生まれ変わった心境だったらしい。

まるで自分を肯定しているかのように世の中が鮮やかに見えたと言う。

その証拠に学友とは2回も挨拶したし、1日誰とも肩がぶつからなかった。

晴れやかな気持ちで就寝した青年の日常にその日以来新たな儀式が追加された。

穴は深い方がいい。

人目につかない方がいい。

細かなルールを取り決め日々の感情を吐き出し続けた。

習慣化すると初めの時ほど劇的な変貌は感じなかったようだがそれでも青年の心を満たすには十分だった。

名前を間違える指導教授に、態度の大きいアルバイト先の先輩に、憧れのあの子の微笑みに応えられない自分に、吹き溜まった思いの丈を心身の劣情を穴にぶつける青年。

その都度、興奮の先に別人のように笑う自分、此処ではない何処かで暮らす自分などが垣間見えたらしい。

そんなある日、演習室で学友の付き合い始めて2ヶ月になると言う言葉が耳に届いた時、ふと顔を上げ青年は愕然とした。

視線の先、あの子が照れたように俯いていたから。既視感のある挙動は目が合った時の自分と同じ、しかし卑屈さは全くない。そして柔らかな笑顔ではなく少し艶のある女の笑み。

前頭部にもやが掛かり障る。実時間にして一瞬、体感にして那由多、意識が途切れた。

思考を停止した真っ白な頭を呼び戻したのは指導教授の挨拶。

演習が開始されるも当然それ所ではなかった。状況を理解すると次は心臓がこの上なく脈動し始めたからだ。そして体とは裏腹に冷静さを取り戻した頭があれこれと働き出す。

2人の有り得る様を次々と生み出し遂には男の体に絡み付き柔和さの欠片もない顔で心情を見透かしたような侮蔑を乗せた女の嘲笑が青年の脳に突き刺さる。

動揺を隠しきれない青年は机に突っ伏したが関わる事を拒んだのか学友らは誰一人声を掛けない。

何処か遠くで聞こえる指導教授の熱弁を揺り籠に再び遠退く意識の隅で想像以上に傷付いている自分がいた事に驚いていた。


その日の行動は素早かった。

迅速に帰宅すると鞄を置き必要最低限の物だけポケットに詰め込むと慌てて家を出る。自分と同じ大学近くに独り暮らし、住んでいる場所は知っていたので難なく辿り着いた。

変質者の類と間違われては元も子もないので電柱の蔭にある茂みへそっと身を隠す。その瞬間が来るまで息を潜め待ち続けた。

陽が完全に落ちて暫くし男女の人影がアパートへ入って行った。暗闇故、誰か確認出来なかったが点いた部屋の明かりで目当ての人物が帰還した事を知る。

そこから数時間、微動だにせず一つの窓を増大する想像力が生む妄想に抗いながら凝視し続けていた。

不意に、部屋の電気が消える。

誰かが退室した気配はない。

妄想が捏造ではなく現実であると確信すると気が付けば走り出していた。

喉に粘り気の強い唾が絡み付く。荒れた息が更に呼吸を困難にさせていたが構わず足を動かし続けた。

穴は深い方がいい。

誰にも見つからない場所がいい。

もっと深く、もっと遠く。

此処じゃない何処かそれがきっとあるはずだ。

両の手を泥塗れにして穴を掘る。口の中にじゃりじゃりと苦い物が混ざっているような気がするけどそんな事はどうでもいい。

爪が割れた。

血が滲んだ。

それでも僕はずっとずっと穴を掘り続けるのだ。

この青年が何を想い掘り続けるのか

私の中に一つ答えがありますが受け取り方は読み手の皆様にお任せ致します

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