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僕が見た空

作者: 桜忠丸



少し、僕の話をしよう。


その話には、二人、出てくる。


僕は、その二人の、名前も知らないし、当然、会ったことなんて、あるわけがない。


でも、僕は彼らが兄妹であることを識っている。



彼らの生い立ちや、これまで経験したことも、僕は当然識っているけど、僕が君たちに話したいのはそんなことじゃないんだ。


これは、僕の知らない二人の、話だ。




その世界に、神は、いた。


けれど、神は、彼らを見捨てて、消えたんだ。


神が彼らの元に訪れるのは、神にたいして供物が捧げられた時。


捧げられる者を彼らは『贄』と呼んだ。


供物を捧げるものを『担い手』と呼び、恐れ、蔑んだ。


兄は、その『担い手』の中でも一際才能があり、『鈴音天征(リンネテンセイ)』と呼ばれていた。


そして、『担い手』たる兄に課されたのは






















……『贄』である、妹を殺す事。














彼は悩んだ。


なまじ、仕事にたいして誠実だったから。


なまじ、妹にたいして優しかったから。


だから、彼は選んだ。


彼女に良く言った言葉

『自分の意志を持って動け』

を基準にして。



彼は、彼女と両親を逃がすための計画を立てた。




彼女は、とても人気があった。


容姿は端麗、活発で人懐こい。

常に友人の輪の中心で笑っていた。


でも、ある日、彼女を取り巻く環境は一変した。


友人は急に淡白になり、両親でさえ、彼女とは目を合わせない。


彼女は悩んだ。

なぜ、自分がそのようにされるのか。



そんなとき、知ってしまった。


自分が『贄』であることを。

兄が恐らく自分を殺すよう命令されている事。

兄が自分を逃がそうとしている事。



だから彼女は選んだ。


兄がいつも自分に言う言葉

『自分の意志を持って動け』

の通りに。




「兄さん」

「なんで、お前がここにいる」

彼の顔を彩っていたのは、驚愕。

いるはずのない人を見たような。

「私は、知っている」

「何、を」

「私が、『贄』、であることを」


「兄さんが、『鈴音天征』と呼ばれる『担い手』であることを」



「兄さんが、私を逃がそうとしていたことも」

「じゃあ、なんで、ここにいるんだ!!」

「私が、選んだから」










「自分の意志を持って」











そう言われたとき、彼の顔は歪んだ。


泣きそうに。



それも一瞬。


「そうか」


呟いた時には、彼の顔は変わっていた。


「だから、私を殺して」


彼女は、その時、確かに、嬉しかった。


自分の誇りたる兄が、全力を見せてくれたから。


彼は、腰に帯びていた脇差に左手を載せ、右手で首元のヘッドホンをつける。


彼は、全てを見せてくれる。


だから、彼女も応えるために家から持ってきたものを出した。


右手には、包丁。


左手には、ミートハンマー。



そして、彼を見た。



彼の右目から、一粒、落ちた。


彼は、紡いだ。

「行かないで」


彼が本気になったときに聞く、口ずさむ歌。


その、最初の一言目を。


『悲嘆に恋う、喜悦に消ゆ』


「その一言を言えなくて」


振り下ろされた、脇差。


いつの間にか近付いていた兄に、驚くことなく、冷静に包丁で受け止める。

「消えてゆく」

「悲しみに包まれて」

「貴方と別れる」

「その時の気持ちは」

「貴方にはわからないだろう」

「時を越えて」

「愛に行くと」

「約束を残し」

「貴方は旅立った」

「私だけを残して…」


転調


「ついに終わりは」

「やってきて」

「私も死にゆく時が来た」

「そんなときに思い出した」

「貴方との約束は」

「私の心の涙を」

「止めて包んでくれた」

「貴方がいる」

「ただそれだけで」

「私の心は変わってく」

「今や喜びと相成りて」

「私も貴方に会いに行く…」



初めて、最後まで聞けた曲。

それは、彼女に、確かに、安らぎを与えた。


彼はその彼女の心を、閉ざした。









僕は当然、この後のことも知っているけど、この先は言わないでおくよ。


君たちにも考えたいことはあるだろうから。



よく考えな。


君たちの先祖のこと。

君たちのこと。



僕は、見守っているだけだから。


でもね、君たちには彼らのようになってほしくないよ。


だから、ね。



ちゃんとやってくれよ。


あの時とは違うんだから。

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