とばされた日5
あれから一ヶ月の月日を過ごした。
俺は今、この南東の神殿、通称『水晶殿』にいる。
驚いたことに、ショーイはこの宮のある国、つまり俺がたどり着いたこの国の王様らしい。
で、その王様の避暑地であるもここで世話になっている。
なんせ俺は言葉が判らなければ、ココが何処かもサッパリ判らない有様なのだ。
そりゃそうだ。
俺はれっきとした日本人だし地球人だ。
でもココは…この世界違うらしい。
この一ヶ月世話になっているあいだ、ショーイは俺に世話係兼教育係を就けてくれた。
サーラという俺より2、3歳上くらいの若い神官だ。
初めてココに来た次の日、カラヤさんが彼を連れて来た。
あ、カラヤさんて、この宮殿へ連れていてくれたあの小綺麗な男のことだ。
つい昨日判明したのだか、なんと彼は宰相なのだという。
マジ驚いた。
若いのに宰相…あれ?宰相って何する人だっけ?
…ま、何にしてもすごく頭が良くて地位もかなり高いのなんだろう。
なのに凄く優しくて、何処の誰とも判らない俺に親切に接してくれる。
そう、ずっと不思議だった。
普通怪しい奴に取り調べもしないで親切にしてくれるだろうか?
しかもここは王様がいる宮殿だ。
もしかしたら、彼らは俺がここにいる理由を知っているのがもしれない。
いや、きっと知っている。
けれど俺は直ぐには聞けなかった。
だって何言ってんのか判んねえし、伝わらねえんだもん。
だから俺はとにかく言葉を覚えることにした。
何にしてもこれ問題を越えなければ先には進めない。
俺は必死に勉強した。
俺の人生でこれほど勉強した事ってないくらい。
それできっと俺の熱心さが好印象を与えたのだろう。
言葉を教えてくれているサーラも、いい生徒を見つけたと喜んでくれた。
サーラは神官らしく硬いところがあるけど、年が近いだけあってすぐに仲良くなれた。
不思議なことに、俺はサーラに教わる言葉や文字をスポンジが水をようにどんどん覚えていった。
まるで勝手に頭に吸い込まれていくような勢いだ。
もともと勉強は苦手だった俺だが、ここまで短い時間でこれだけ言葉を吸収できたのはやはっぱり環境のせいでもあるのだろうか。
サーラやカラヤさんもひどく驚いていた。
自分が一番驚いているのだから、理由を聞かれても判らない。
今では日常会話には全く困らなくなったし、簡単な本だって読める。
暇な時間なんか、部屋を抜け出してそこら辺にいる若い兵士とおしゃべりだってしている。
どうやら王の客人と思われている俺に、兵士たちは初めはかしこまって見せた。
めげずに説き伏せた俺に根負けして、今ではいい友達付き合いだ。
サーラは急に市井の若者のような言葉で話し出した俺に頭を抱えたものだ。
なんでもサーラは奇麗な言葉使いを俺にマスターさせたかったらしい。
でもそんなの俺の性格にはあわないし、こっちのほうがしゃべりやすい。
「せめて陛下の前ではやめてくださいね…」
と半ば諦めているようだ。
でもサーラの心配をよそに、すでに俺は陛下、基、ショーイの前でこの言葉使いでしゃべってしまっている。
「そのほうが確かにお前らしい」
と、許してくれているし。
ショーイは公務の合間を縫って俺に会いにきてくれる。
相変わらずムカつくような仏頂面だが、その日の出来事なんかを話す俺に嫌がらずついていてくれるのだ。
何考えてるのか判らないけど、性格はそんなに悪くないのかもしれない。
最近の俺の趣味は部屋を抜け出してこの宮殿を探検することだ。
そして、そろそろ俺がこの世界に現れた理由や謎を打ち明けてもらいたいと思っている。
そんな俺の毎日は今日も平和に過ぎていった。