リトルウォーズ登録!
――七月十三日。
ワタルは一人、マックスハートのリトルウォーズ大会参加登録をしに行動している。
場所は、関東と関西の中間に位置している「両国国技場」である。この両国国技場は、代々リトルウォーズのベスト4から決勝戦での、戦いの場となっている。
リトルウォーズ優勝を目指す者ならば、憧れの舞台である。
一体、何チームが参加登録に来ているのだろうか。
登録締め切り最後の、日曜日だけあってかなりの人数が集まっている。参加者、見物人と、色々な人がいるだろう。この人の多さを見るだけでも現代のリトルウォーズの人気が伺える。
「あの、参加登録をしたいんすけど……」
全身黒ずくめの、まるで黒子みたいな人が受け付けらしき場所にいる。
いくら「ちゃんばら」だからといっても、こだわりが凄い。雰囲気作りからして熱が入っている。
「はいはい、登録ですね……えーと、チーム名はなんですか?」
「マックスハート!」
「マックス……ハート、と。メンバーは何人の参加で?」
「3人だ」
受付人……せっかく格好も真似てくれているのだから黒子といおう。
その黒子は、登録用紙らしきものに書き込んでいく。しっかりした紙に書いてもらう事で、俄然としてリトルウォーズ参加が現実味を帯びてきた。
ワタルは一人、例えようのない余韻にひたっている。
そして、その余韻と共に昨日のヒロキとの会話を思い出していた。
――練習試合後の事である。
かなが、帰った後も少しの間だけワタルとヒロキは話をしていた。いつも通りの他愛もない話である。
「お前もよくやったよ、かなっぺを相手にあそこまでやれりゃあな!」
「まだまだだよ……、僕、正直なとこ不安だよ。こんな強さでリトルウォーズに通用するかって」
「ふむ……」
不安は最もな話である。善戦したとはいえ、結果は惨敗。
ワタルは類い希なる戦闘能力。かなは天才蹴撃少女。そしてヒロキには何もない。
戦いは肩書きでやるものではないのは、ヒロキもわかっている。それでも強さの証明が一つでも良いからほしかったのも事実である。
そういう不安もわかっていたからこそ、ワタルも安易に大丈夫とは言えない。ワタルはその場の雰囲気を和ませようと、一つだけ思い出した事がある。
「ヒロキよ!」
真面目な声をしたワタル。ヒロキは知っている。こういう時のワタルは必ず「重要」な事を言ってくれる。
どんな言葉が飛び出すのか、わらにもすがりたい思いのヒロキは、真剣に聞き耳を立てる。
「兄貴!」
「今日の、かなっぺのパンツは何色だった?」
「…………っは?」
空気が、時間が止まった。大げさに言うと、周りの景色の色も灰色になったかもしれない。
そんな、変な時間が一瞬だけだが訪れる。ヒロキの真剣な思考は音を立てて崩れ去った。
「で、何色だったんだ? 見たんだろ?」
「……青」
「青かぁ! 良い趣味してるぜ!」
ヒロキは、ほんのり頬を染める。別に恥ずかしがるのはヒロキではないはずだが、彼はまだウブだった。
横で勝手に「パンツの色」で盛り上がるワタルに、シリアスな空気は一瞬で壊れる。
「良くないよっ、兄貴!」
つい、言葉が出てしまう。この空気にヒロキ自身も譲れないものがあったからである。
声をあげるヒロキに、真面目に見据えるワタル。さすがにふざけすぎたかとも思ったのか、今度はワタルがヒロキの言葉に聞き耳を立てた。
「僕は……僕はっ……!」
「ヒロキ……」
「僕はピンクのが好きなんだ!」
再び空気が、凍り付く――。
こうして変な余韻と、思い出し笑いを耐える。体が震え出すワタル。
しばらくそうしていると、聞き覚えのない声が後ろから聞こえてくる。
「あれ、どうしたの? 緊張してるのかな?」
振り向くと、そこにいたのは会場には似つかわしい、髪型もキメて清楚な顔立ちの男が立っていた。
身長も、ワタルよりもやや高めだろうか。175cm前後はあるだろう。
ガタイが良いわけではないが、引き締まったその筋肉。相当な鍛錬を積んでいるのがわかる。
「緊張じゃねぇ、武者震いってやつだ!」
「ははは、なら良いけど」
改めて、その男の顔を見る。ワタルにとって見に覚えのある顔である。
いや、覚えどころではない。鮮明にその顔は焼き付いている。
「Fエンゼルのリーダー。天才、三崎清純!」
「光栄だなぁ、僕の事を知っていてくれるなんて」
心中穏やかではないワタルに対して、どこか余裕な表情にオーラを纏う三崎。
天才という人間はこういうものだろうか。口調もどこかマイペースである。
だが、同じ天才でも、相沢かなとは似ても似つかない雰囲気を持っている。かなが努力型と例えると、この三崎は生まれながらにして天才と思わせる雰囲気がある。
「ところで、君は? 僕と……どこかで会ったっけ?」
「いや、アンタはオレサマの事を知らない。だがっ、オレサマはアンタの事を知っている!」
「……ふーん」
鋭い眼光を放つ。対して、三崎は柔らかな視線を送る。
視線と視線がぶつかり合う。そんな光景はこの二人だけではない。
よく周りを見ると、既に威圧戦、情報戦は始まっている。
「ま、僕にそれだけの敵意を向けるって事は……だ。君も僕の『敵』と見ても良いわけだよね?」
「あぁ、その通りだぜ」
「そうかそうか。それがわかれば安心だよ」
「ん……?」
三崎は再び、ワタルを見る。その三崎の眼にワタルは一瞬ながら凍り付く。
先ほどまでとは、うってかわって冷徹な目である。まるで獲物を狙う強者。邪魔をするならば、弱者ですら狩る。そんな事を考えさせられてしまう眼。
こんな冷たい眼をする人間は今までに見た事がない。今の自分の立場と、三崎の立場。それをわからせるには十分な威圧戦だった。
「一つだけ、忠告がある」
「忠告?」
「T,O,テイカーの、『絶対王者の松原』の事は知っているね?」
「それがどうした?」
「彼を狩るのは、僕たちFエンゼルだ。君がその障害になるのなら……容赦はしない」
それだけを伝えると、三崎は人混みの中へと消えていく。
あの冷たい眼から感じ取れた事は錯覚ではなかった。幸運の天使とは全く違う。三崎は狩る者、ハンターである。
見てるだけでは感じなかった。目の前に対峙して初めてわかる威圧感である。
「へっ、それがどうした! 優勝するのはオレサマ率いるマックスハートだ、コノヤロー!!」
そんな残る威圧感を振り払うように、大見栄をきるワタル。
会場でこんな事を言ってしまっては、公開宣戦布告である。しかしワタルには、そんな事すらも小さくとれるぐらいの大きな大きな高ぶりがあった。
その高ぶりを抑え切れなく、発散させる為にワタルは走り出す。
いよいよリトルウォーズ開幕まであと四日である。