対決 ヒロキvsかな!
――ワタルとヒロキ、かなの三人は学校から公園へと移動する。
相変わらず何もない、殺風景な公園。公園というよりも広場の方が近い。
但し、手入れはその代わりにいき届いているようで綺麗な公園だ。よく見ると、かなの吹っ飛ばした地面はまだ、えぐれている。
「んじゃ、さっき言った通りだ! ヒロキとかなっぺで練習試合してみっか!」
「兄貴……本当にやるの?」
ヒロキはかなり逃げ腰になっている。乗り気じゃないのが目に見えてわかる。
相手が天才蹴撃少女でなければ、少しはがんばれただろう。しかし目の前にいるのは嘘でも幻でもない天才蹴撃少女と呼ばれる「相沢かな」その人。
かなは、学校と同じく涼しい顔をしている。
「ヒロキ君、覚悟を決めよう!」
「かなさん……やる気だ……」
前にヒロキは「戦うのは恐くない」と言った。その言葉は今のヒロキに届かない。
目の前で衝撃波で地面が吹き飛ぶ、常識外れの攻撃を見れば当然の話である。
普通の神経ならば恐いのが当然。逃げても構わない戦い。しかしヒロキは覚悟を決めてしまう。
「よしっ……僕はやれる!」
自分で自分に暗示をかける。手に人という字を書いて飲み込むというのと同じ原理なのかもしれない。 ヒロキはひたすら言葉に出して「僕は強い」と何回も言ってみせる。
「よーし、いくぞ! はじめ!!」
ワタルの馬鹿でかい声が空に響く。戦わない本人が一番気合が入っている。
ヒロキの構えはワタルの見よう見まねで我流。だが構えのある構え。両手で木刀を握りしめて、相手に向ける、剣道の中段のような構え。我流中段である。
かなは星蹴拳ではなく、手はやや上に構え自由にし、軽いステップを踏む。
「行きますよっ!」
「おっけー!」
ヒロキは律儀に攻めるという合図をする。この辺がヒロキらしいといえる。
全力で、かなに走るヒロキ。全力で走っているものの、ワタルや、かなに比べ速度が遅い。
それでも一般的に見れば早い方の部類である。事実ヒロキは50Mを七秒台で走れるぐらいだ。
「やぁぁぁぁぁぁ!!」
力任せに木刀を振り下ろす。
が、その攻撃は呆気なく、かなに避けられてしまう。当然というような顔をする、かな。
「うぅっ……!?」
するとヒロキの左足に突然の激痛が走る。いや激痛が走ると同時に、左足が浮いている。
かなは、右足によるローキックを繰り出した。その威力と衝撃により、ヒロキの蹴られた左足が浮いたのだ。
「大振りは禁物。すぐに防御姿勢に入らないと狙われるよ」
左足が宙に浮いた事により、バランスを崩す。態勢を立て直す事ができずにそのまま倒れ込む。
「……!?」
倒れたヒロキの顔を、かなは容赦なく踏みつけようとする。
間一髪でその踏みつけを回避するヒロキ。あの踏みつけを喰らったら危険だという、危険信号がいち早く察知し、なんとか避ける。
「ほらほらほら!」
なんとか立ち上がったヒロキに、更なる追撃をする。
ロー、ミドル、ハイといった蹴りの基本アクションを小さく鋭く当てていく。
「ぐっ……!」
「ガードばかりじゃ、敵には勝てないよ!」
冷静にアドバイスする、かな。しかしヒロキにはそんな暇がない。
小さく鋭いモーションの割に、蹴りの重さは凄まじい。まるでバットで殴られたような重さ。
「くそぅっ……!」
なんとか打開しようと、大振りの一撃をたたき込む。
しかし、そんな一撃も軽くかわされてしまう。直後、ヒロキの胸部に鈍痛が走る。
「うぇっ……!!」
ヒロキの胸板に強烈なミドルキックが炸裂している。やや遠目にいるワタルにも聞こえるぐらい鈍い音。
その蹴りの勢いを受け止める事ができずに、転がるように飛ばされる。
「うっへぇ……、ありゃ痛いぞ……」
あまりのその音に、ワタルも自分が技をくらったような錯覚をしてしまい、気持ちが悪くなる。
蹴られたわけでもないのに、自分の胸板をさする。他人事として見ても、あまりの衝撃。
「うっげぇぇぇ……!」
「だから、大振りは厳禁!」
嘔吐はしなかったものの、その場でのたうち回るヒロキ。
さすがに、やりすぎたと思ったのか、かなも少し心配な顔をする。
「ワタル君……もう、このへんで」
「いや、まだだろ」
「でも……っ?」
ヒロキは立ち上がっていた。しかし蹴りのダメージが激しいのが目に見えてわかる。
我慢をして顔が赤いどころか、青白くなっている。どうみても酸欠の状態である。
「かなさん、僕はまだ……やれるよっ!」
息も絶え絶えに言葉をはき出す。声を出したら呼吸ができなく、さらに苦しそうにする。
「でも……」
「僕だって……、マックスハートだ!! マックスハートは全力の心、全力でやればできぬものなど何もない! ……だろ、兄貴?」
「その通りだ、ヒロキ! かなっぺなんてぶっつぶせ!」
ヒロキの口から出た言葉に、嬉しそうな表情のワタル。めずらしくヒロキに乗せられてしまっている。
「ふぅ……、じゃあ、かなも全力でいくよ!」
かなは、手を完全にフリーにして、右足を軸に左足で独特のステップを踏む。星蹴拳だ。
一方、ヒロキも今までは両手で木刀を握っていたのに対し、今度は右手のみで木刀を持ち、がむしゃらに振り回す。
「行くぞー! 必殺・みだれうち!」
その言葉と同時にヒロキは技を繰り出す。技と呼べる代物かはわからないが、「みだれうち」と言われたその技は、先ほどの大振りな剣線とは対照的に、小さく小さく細かい剣線が乱れる。
かなには大振りな一撃が避けられてしまうと判断しての策である。そして、これがヒロキの得意技であり必殺技である。
先ほどまでやっていた大振りなスタイルは、憧れのワタルを模した戦い、それに対し小回りと手数で戦うこのスタイルは本来のヒロキの戦い方といってもいいかもしれない。
(小回りと手数で、逃げ道を塞ぐ技。これだけの剣線を避けるのは至難の業、全部迎撃するしかないっ、攻撃は最大の防御ってね!)
かなは、一瞬で必殺・みだれうち!の対処法を考えつく。
ステップを踏んでいた左足を、胸元近くまで持ち上げる構えにシフトした。
「星蹴拳――連星撃!」
ヒロキのみだれうち!と同じく、目にも見えない高速の連続蹴りが剣線を潰していく。
星蹴撃が一撃で勝負する技ならば、連星撃は手数で勝負する技である。
まさにヒロキのようなタイプと戦うにはうってつけな技。
「そ、そんな!?」
これで仕留めきれるとは思っていなかったにしろ、何かしらの勝利への糸口になると思った技は、連星撃により潰されていく。
手数も小回りも互角となると、この打ち合いを制するのは技の破壊力。
しかし、プレイヤーとしての力は、かなに傾いている。ヒロキはこの乱打戦が、少しずつ押されているのがわかってしまう。
連星撃の重さに耐えられずに、ヒロキは再び吹き飛ばされる。
「ぐぅっ……!」
重さにより飛ばされ、受け身もとれないままに地面に落ちる。
「そこまで!」
さすがにワタルも勝負を止める。負けたにしても、ワタルは健闘を称える。
事実、かなも言い方は悪いが、ヒロキ相手に星蹴拳の技の一つ、連星撃を出すとは思ってもいなかったであろう。
しばらくそのまま倒れていたヒロキだが、自分で起きあがる。
「やっぱり無理だったか……」
「ううん、ヒロキ君。結構強い!」
右手を貸しながら、左手でピースする。それにヒロキも照れながらもピースで返した。
「全くだぜ、ヒロキ! かなっぺ相手にあそこまでやるたぁ、正直思ってなかった」
ワタルも弟分の強さに嬉しさがこみあげていた。そんな感情が既にオーラとなって出ていた。
やぶれはしたものの、ヒロキも立派なマックスハートメンバーである事を見せつける。
「ま、痛かったかもしれないけど、明日は幸い日曜日で休みだぜ」
「あぁそうだったっけ、今日は土曜日だったかな?」
「そうだろ? 明日はオレサマ自らリトルウォーズの会場に行って参加登録してくるぜ!」
いよいよマックスハートの大会参加登録である。
それぞれの思いを胸に、感情の高ぶりを感じる三人。マックスハートの戦いはこれから始まるのだ。
――しばらくの間、三人で雑談していると日も暮れていた。
「じゃあ、かなは帰るね!」
「痴漢に襲われないようにね」
「バーカ、かなっぺに襲う奴がいるなら、痴漢のがかわいそうだっての!」
「さりげに酷い事を言っている気がするけど……、まぁ良いや、ばいばい!」
相変わらず明るく去っていく。今日の戦いに疲れを感じさせない軽やかなステップだ。
「じゃ、オレサマも帰るかな……」
「兄貴、明日は一緒に行こうか?」
「いや、いい。オレサマ一人で行く」
「良いの?」
ワタルは謎の高ぶりを感じる。さっきのような期待の高ぶりではないのは確かである。
ただ、その感情を抑えられずに自分の拳を、思い切り握りしめていた。
「良いカードを手に入れてくるぜ!」
感情をヒロキに悟られないようにする為か、表情を見せずに言う。
握りしめたその拳は、血が滲んでいた。
そして、七月十三日――。
リトルウォーズに参加登録しに行くのであった。