予選トーナメント終了!
バトルリングに一陣に疾風が走る。高速で移動し、圧倒的なハンドスピードを以て、敵を斬りつけるその様は正に疾風迅雷。電光石火。
戦っている本人である、真田は素直にこう感じる。戦っているのは人ではなく、風であると。
「……くそっ!」
試合序盤の空振りとは明らかに違う。先ほどは文字通り避けられていたが、今の攻防はそれとは違う。攻撃を仕掛けたそこにヒロキの姿は無いのだ。呆気にとられる間もなく、前後左右からの攻撃が襲ってくる。
「何だってんだ、お前はっ! どんな事をしたらそんなに速くなれる!?」
既に真田の剣は、ヒロキを狙っていない。ただ振り回しているだけの攻撃。しかしそうでもしなければ、風のような男に攻撃を当てられる可能性が皆無である。
(――まだだ、まだトップスピードを上げられるぞ。まるで、まるで自分が自分じゃないみたいだ……)
現にヒロキは少しずつ、最高速度を上げていっている。当然、真田はそんなヒロキの動きに対応できない。できる事は見てからかろうじて防御するのみ。反撃に移った瞬間には、既に姿が無いからだ。
(ここだ。真田さんがこの攻撃を空振りさせた時に……一発!)
真田の空振りを見極め、一撃を当て、そして離脱していく。形勢は完全に逆転する。
「お、俺の……俺の攻撃に合わせてカウンターを取れるっていうのかぁ!?」
完全に見切られた戦いに、一人憤怒の念を抱く真田。後手に回った戦い方では勝ち目は無いと判断し、自ら先手で攻撃に出る。ただひたすらに、愚直にヒロキを追う。しかし逃げ足のヒロキに、追い足の真田は全く追いつけない。
「くっ……、ふざけんな、そんなデタラメがあるかぁっ!」
右手に持つ木刀を、何も考えずにただ振り回し、ヒロキに接近戦を試みる真田。この真田の行為を、完全に見極め、自分から攻撃を打って出るヒロキ。ダッシュスピードにハンドスピード、ありとあらゆる点でヒロキは真田を凌駕する。先に仕掛けた真田の攻撃は一撃も当たらず、ヒロキだけが攻撃を当てていく。
「お前……化け物か!?」
「実際のところ、僕も驚いています。……僕のどこに、こんな事ができる力があったのか、と」
「それは俺みたいな人種から言わせると、ただの嫌みだ」
「……すみません。でも、こう沸き上がってくるんです。僕の中から何かの感情が……」
いつもの冷静な表情で、淡々と言葉を出す。あれ程の動きをして、いまだに疲労の色が見えない。そんなヒロキを真田は冷静に見た結果、ある一つの決断を下す。
「……悪い、俺はここでギブアップだ」
「えっ……!?」
突然の降参宣言に、驚きの表情を浮かべる。しかし真田を見る限り冗談ではなく、諦めた顔つきがありありと見てとれる。
「だってそうだろ? 他人事として見ても、俺とお前の実力差は明らかだ。俺がどう足掻いたって今のお前には勝てねぇよ。……でも解せないな、どんな才能の溢れる奴だって、この短期間でそこまでの実力は身に付かないはずだ。お前、一体何をしたんだ?」
「……ごめんなさい。それはどうしても言えません」
「だろうな。そんな良い方法を知ったら、誰だって強くなれるわな」
真田は自分チームのベンチへ歩いていく。後ろ手を振り、それがヒロキへの別れとなる。
「――ではそこまで。予選四回戦、マックスハートの勝利とし、マックスハートは予選トーナメントを通過。ベスト8への進出を許可します!」
黒子からの予選終了宣言。いよいよマックスハートはベスト8に進出する。会場からは雨のように降り注ぐ、拍手の雨が飛び交っていた。その拍手の雨は、ヒロキの心の中にある迷いを、一瞬の時だけとはいえ洗い流す。
――ベンチに戻るまでの道で、ヒロキは一人の老人の姿を目撃する。
(……あれは、アバターさん!?)
そう見かけた老人は、ヒロキの能力を飛躍的に上昇させる事に成功させた張本人。アバターその人である。
「ヒロキ、やったな! 凄ぇじゃないか、一体どんな特訓したんだよ、こいつめ!」
ワタルは歓喜の表情で、軽い拳を作り、それをヒロキにぶつける。ヒロキもワタルの拳を軽く平手で受け止める。
「アハハハ、これで何とか予選通過したみたいだね」
「あぁ、みんなでここまで来たんだぜ。このまま行こうぜ、優勝にさ!」
ワタル達は喜びを隠しきれなかった。予選四回戦。たった四回の戦いだったが、色々な人間と出会い、そして戦ってきた。ワタル達は、今まで戦ってきた人達の上に立っているのだと実感する。そしてその人達の為にも、何よりも自分達の為に、これからも勝ち続けていこうと決心し、結束力を強めていく。
「さって、じゃあ予選通過祝いとして、女だけのパーティーでも開こうか!」
「パ、パーティーですか、何だかドキドキしますね」
「……わーい」
マックスハートの女性陣は、かなを筆頭として盛り上がりを見せていた。
「何だよ、女だけかよ、かなっぺ!」
「当たり前でしょ、ワタル君。男子は禁制なの!」
「はいはい、わかったよ。……んじゃ、ヒロキ! オレサマ達は男同士で打ち上げでもしようぜ?」
「あ、うん……。兄貴、ちょっとゴメン、すぐに戻るから!」
「先に帰る準備してるぞ! 早く、戻ってこいよぉ!」
ヒロキはワタル達と別れ、先ほど見つけたアバターを探す。アバターはまるでヒロキを最初から待っていたように、すぐにヒロキの前に現れる。
「アバターさん……」
「やぁ、ヒロキ君。この試合はお疲れ様だったね」
「いえ……、この試合に勝てたのは、貴方の修行のおかげです」
「ふむ……。それでこの試合を得て、心変わりはしないかね? ワシは今でも君の事を待っている。だが、君を待てるのもあと二日が限度じゃな」
「あと、二日……」
ヒロキは迷っていた。アバターの特訓は確かなものであり、アバターは更に修行を積めば、ヒロキの強さは飛躍的に上昇するとさえ言う。しかしその修行を受けるという事は、ワタル達とのリトルウォーズを諦めなければならないのだ。逆にいえば、申し出を断れば今まで通りに、ワタル達と共に戦っていけるのだ。
(僕は何を迷っているんだ。このまま兄貴達と、一緒にリトルウォーズ優勝をする、そう兄貴達とも約束したじゃないか。……でも)
「そうだ、ヒロキ君。君の本来の目的を思い出すのだ。君は本当に、あの少年達と共に優勝する事が目的だったのかね?」
「僕は……僕の、夢は……。ごめんなさい、あと一日だけ、一日だけで良いんです。時間をください」
「構わないよ。明後日の朝八時にワシは移動する。それまでに全ての答えの決着をつけてくれ」
そう告げると、アバターは大勢の人の群れに消えていく。ヒロキに一つの決断が下されようとしていた。