再戦の約束!
わずか数秒の攻防戦。ワタルの気合いの喝により、恐怖に支配された体を押す梓。満身創痍ながら、精神でそれを補い、勝利に奔走するワタル。互いの持てる力を全てぶつける試合となる。
今だけといえども、畏怖の念を振り払った梓の動きは衰える事なく速い。それどころか、ある意味では吹っ切れていて単純な速度の点では、この試合中で最速のスピードかもしれない。この動きに、意識もとぎれかけているワタルは、攻撃を普通に当てる事は至難の業を判断し、急所を狙わせないように防御態勢をとる。
「ウチが勝つんや!」
必至の形相で小刀を振るう。やはり少女の腕力である点が、ワタルを倒しきれない大きな理由である。しかし、この攻防は今のワタルを倒すには十分すぎる意味がある。
(耐えろ……耐えろよ、体! もっと引き寄せろ、勝利を引き寄せろ!)
表情、攻撃の仕方を見る限り、梓の心の焦りはやはり消えてはいない。むしろ、時間と共に蘇ってきているのだろう。少しずつだが、梓の攻撃は大ざっぱになりつつある。ここが一つ目の勝機である。
(だけど、それだけじゃ勝てねぇ……オレサマはこの試合でこいつに一撃も致命打を当ててない。つまり精神的にはビビらせたが、肉体的には何も追いつめられてないんだ)
だからこそワタルは耐える。絶対的に当てられる距離に梓が入るまで待つ。ただでさえ機動力と小回りに優れる梓に、肉体的には何のダメージも無い。下手に攻撃を仕掛ければ、逆に梓の調子を元に戻しかねない。それ故に、梓に攻撃を仕掛ける際は、まず一撃必倒でなければならないのだ。
そしてワタルにも、それを行う上での課題があるのだ。まずは時間との戦い。このまま防戦で終了しても、引き分け決着であり、実質そこまでの痛手にはならない。勿論、この戦法でいく事が安全に事を終える方法の一つでもあるだろう。
しかしこの戦法をとる上でも、やはり課題が残る。それはワタルの残り体力と精神力。残り時間数秒といったところだが、既にそこまで耐えられるかも自身でわからない程に消耗している。気を失ってしまっては敗北である。それだけは何としても防がなければならない最悪の事態。だからこそワタルは決断したのだ。意識がある内に、梓を確実に仕留める事、と。
「ワタルさん……やっぱりアンタは凄いわ。何で最初からボロボロやったんかは知らんけど、それでもそんな状態でよう戦うわ!」
梓はワタルに賞賛の声を向けると同時に、今にも襲ってくる恐怖を払拭し続ける為に、言葉を発する。一瞬でもワタルの気合いによる精神攻撃を思い出せば、間違いなくつけ込まれるからである。
「でもワタルさん……覚悟してもらうで!」
残り時間による焦りか、勝利を確信したのか、梓もワタルを確実に仕留めようと、一気に踏み込んでくる。手を伸ばせば当たる距離の戦いは、全ての攻撃が一撃必殺の威力を持ち合わせる。しかし、ここでリーチの差が出てくる。リーチに勝ってしまうワタルは、超接近戦になるこの場で、最大の威力を発揮できないのだ。むしろ超接近戦になったこの状態こそ、梓の小柄な体格を活かす最大の位置取り(ポジション)である。梓もそれがわかっている為、踏み込んだのだ。ワタルの懐へ、確実に仕留められる一撃を与える為に。しかしそれがワタルの狙いである。
「へへへ……来たぜ、勝利!」
「な、なんやて!?」
ワタルは木刀を持つ右手を、防御という名目の目隠し(ブラインド)を作り、残る左手を死角から一気に梓に伸ばす。どんなに機動力が優秀な梓でさえ、突然の反撃に加え、自身は一直線に攻撃を仕掛けてきている、かわす事は間違いなく不可能なはずなのだ。
「くぅっ……!」
突然、死角から伸びてくる左手に、咄嗟に反応し急停止しようとするが、ワタルの手は一瞬の間に、梓の胸ぐらを掴む。
「……掴んだぜ、勝利……」
「うぅ……!?」
「掴んで……ぶったぎるっ!」
「……キャアッ!」
一度掴まれてしまっては、梓にこの攻撃を避ける手段は無い。仮に力業で強引に抜け出そうと考えても、力で勝るワタルの呪縛から抜け出すのは困難。まして抜け出そうと暴れている内に、ワタルの攻撃は梓に届く。
梓はワタルの馬鹿力を受け止める覚悟は無かった。それ故に、防御姿勢にもならない、ただ手で壁を作るように、攻撃が来るのをただ待つ。その時の恐怖心からか、目は開けている事ができずに、ただひたすら強く目を瞑っている。
そして残された力をその一撃に込めた攻撃を、ワタルは捉えた梓に一気に振り下ろす。
「――そこまでっ!」
突然の停止の叫びと同時、いやその少し前にワタルの攻撃は止まる。そしてその声を発したのは審判である黒子だ。
「十五分経過した。この勝負は引き分けとする!」
黒子の宣言の終了と同時に、客席からはお互いを称えるように祝福の歓声が響く。しかし、それとは裏腹に、戦っていた二人の時間はまだ止まっている。梓の掴まれた胸ぐらは、服が伸びてしまっている。そしてワタルの木刀は攻撃が当たる前に、梓の真横に落ちている。そして、そっとワタルは掴んだその手を離す。
「終わっちまったな……不本意な結果だが、結果は結果だ。仕方がねぇ……」
ワタルは落ちた木刀を拾う。しかし握力も入らない程に疲労していたのか、ワタルは木刀を掴む事ができず、さらにはその場に座り込んでしまう。
「あららら……こりゃもう駄目だな、ここまでやられたのは生まれて初めてだぜ」
「な、なんでや……?」
「どうした、何か不満か?」
「あるに決まってるやろ! 最後の一撃、何で当てへんかったんや、当てればアンタの勝ちやったんやで!?」
梓は納得できない苛立ちと、先ほどまでの軽い恐怖心から、声が少し震えているようにも聞こえる。
「見ての通りだ、最後の一撃はあと一歩の所でオレサマの体が力尽きた。当てなかったんじゃない、当てたくても当てられなかったんだ」
「う、嘘や、ウチがまだ子供だからとか、そんな理由で攻撃せんかったんちゃうか!?」
「……バカヤロー。そんな事あるかよ、オレサマは老若男女関係なくぶったぎる天下のワタル様だぞ? ガキの女が相手だろうが、容赦なくやる……」
「でも、でも……!」
「だぁぁぁ、ウザってぇぞ! だったらこうしよう、リトルウォーズが終わったら……お互いに体力も回復したらよ、再戦しようぜ。正直言うとお前みたいに強い奴とはあまり二回も戦いたくねぇが、挑んでくるなら何度でも戦ってやる。それまでに、そのガキんちょ並の精神の脆さを何とかしとけよ!」
「ガキみたいな、は余計や、うっさいわアホ! ……でもその時はワタルさんも、本気の戦いをしてな、約束やで?」
「あぁ、約束だ……」
いまだ少し納得できない表情を浮かべていた梓だが、ワタルとの約束の指切りをかわす。
こうしてお互いのチームの大将同士による、中堅戦は幕を閉じる。結果は時間切れ引き分け。この結果により、マックスハートは次の試合に勝てば四回戦突破。仮に負けてもサドンデスマッチ。流れは多少ながらマックスハート有利に傾いている。