私の声で貴方を呼ぶ!
予選四回戦。対フォースアラート戦。先鋒戦は、ほぼ十五分フルタイムを使っての戦いで、桐華が藤沢信二から第三のトリック、跳弾する弾達――リフレクターバレッツにより勝利を収める。
その戦いの激しさからか、バトルリングの簡単な整備の為に時間を費やされる事になったが、その整備も数分で終わり、いよいよ中堅戦の始まりである。マックスハートの中堅戦のメンバーは、チームの大将でもあるワタルである。ワタルは愛用の赤いハチマキと木刀を持って、リング中央へと向かう。
「っ……!? とと……」
歩いている最中、急にフラついてしまう。今までは、おとなしくしていたからか、体に残ったダメージが気にならない程度のものだったが、いざ歩き出してみると自分自身のダメージがどれ程のものか、否応なしに実感してしまう。
「チッ……、さすがにあれだけ殴られたりすりゃ、オレサマでもこうなるか……まぁ、言い訳にするつもりも無いけどな」
対戦相手にも、黒子にも、今の自分の状態を悟られないように、努めて普通を装い歩く。顔色もできる限り見られないように、前が見えるぐらいに下を向く。うっすら見るその視界から、既に対戦相手は準備できているようである。
「よし、それでは中堅戦。響ワタルと梓=クゥ=コードベルの戦いを始めます!」
さすがに四回戦というべきか、今のワタルには耳が痛くなるほどに響く、客席からの大歓声。何よりも、黒子の言葉に何かの違和感を感じて、顔を上げて対戦相手の顔を見る。ところが、目の前には対戦相手はいない。それよりも少し下に視界をずらすと、あの少女がいる。
「ん……何でお前がここにいるんだ?」
ワタルは自分の心に素直になり、あるがままの感想を述べる。
「アホッ、ウチが中堅戦を戦うからやで!」
「お前はフォースアラートの大将だろ。大将が中堅戦なわけねぇだろ!」
「ドアホッ、アンタかてマックスハートの大将なのに、中堅戦やってるやん!」
「あぁ、そういやそうだな……」
意識が飛びかけているせいなのか、あるいは目の前の少女のせいなのか、ワタルの頭の思考回路は若干ながら、おかしくなりかけているようである。
改めて向かい合うと、やはり小さいと感じる少女。作戦か、偶然か、本来ならば大将戦を戦うべき二人は、中堅戦の舞台で戦う事になる。少女、梓は自身の体格に比例した、小型の短剣にした木刀を持っている。身長もさる事ながら、武器のリーチ自体も半分か、あるいはそれ以下ぐらいの差がある。つまりリーチの上では、ワタルが梓よりも圧倒的有利という立場である。
「ウチを可愛い女の子思うて、あまり手加減したらアカンよ?」
「だからどんな時でも、どんな相手でも全力なのが響ワタル様だ。……それに今は手加減できる程の余裕もねぇ」
梓は手に持つ小刀を逆手に持ち、構えをとる事で小さな身長が、更に小さくなる。ワタルもそれに呼応するように、構えるがどこか辿々しい構えになりつつある。
「それでは中堅戦――始め!」
黒子の合図と同時に、梓が向かってくる。その突進力は、今まで会ったプレイヤーの誰よりも速い。いや、速く感じるのだ。低い身長に低い構えを利して、圧倒的なすばしっこさを感じさせる。事実上トップクラス並に早いが、視覚効果で更に速くワタルは感じている。
「そんなフラフラした構えで、ウチは倒せへんよ!」
「ぐっ……!」
まるで絵に描いた盗賊のような動きで、ワタルに斬りつけ、そして離脱していく。元々のパワーはそれ程でもないが、加速力をつけてその勢いのままに攻撃をしてくる為、それなりの威力になっている。何よりも受けたワタルの手には、やや大きめな衝撃が残っている。
「どうしたんや、響ワタルっちゅうのは、もっと凄い奴やって聞いてるよ!」
「へっ、ガキんちょのくせに調子乗んなって! こっから行くぜ!」
今の自分では長期戦は無理と判断し、ワタルは一気に短期決戦を仕掛ける事にする。長期戦といっても、十五分間、だが十五分間も梓の速さについていくのは、今の体調ではきついと素直に判断する。
ヒット&アウェイの戦法で、ワタルから距離を離した梓を、追いにかかるワタル。今の状態でも十分に、梓の速度についていけている。
「なっ……!? なんちゅう速さや、ウチの逃げ足と同等やて!?」
「オレサマは優勝する男。ガキなんかに負けるかってんだ!」
追い足の勢いのままに、今度はワタルの一撃。高く掲げた右手から、袈裟切りのように木刀を振るう。
(こいつは逃げ足の、着地硬直……とった! ガキ相手には手痛いかもしれないが、我慢しろよ!」
「……にひひ。甘いで、ワタルさん」
着地硬直を狙い突進してくるワタルに対し、余裕の笑みを浮かべた梓。そしてそのまま、ワタルを馬跳びのようにして、攻撃を避けながらすり抜ける。おまけに飛ぶと同時に、小刀でワタルの背中を突き刺した。
「うぐっ……!?」
突然、背中に走る激痛に、ワタルは体勢を崩し悶絶する。対して梓は軽やかなステップで、ワタルとの距離を再び離しにかかる。
「ウチの逃げ足より速いスピードで追ってきた時は、正直ヒヤっとしたわ。でも残念やな、いまいちキレのない斬撃やったで、ホンマに」
速度はトップクラス。しかしその点で言うのなら、ワタルもそれぐらいに速さはあるのだ。梓の優れている点は、小柄な体格を利した小回りの良さなのだ。
(ちぃ……あのガキ、みぞおちの部分を攻撃しやがった……。ただでさえフラつくってのに、息がっ……)
「なんやワタルさん。まさか今のでヘバったんちゃうか?」
普段のワタルなら問題なく耐えられる攻撃である。しかし、今のワタルにはほとんどの攻撃が致命打になりうる。そして梓の言葉も満更ではなかったのだ。
「あぁ、正直言うとヘバった……」
「なんやて!? まさかアンタ、調子悪いんか? ……思えば顔もやけにボコボコやで」
「ヘバったけどよ……何でもねぇよ。ガキんちょに心配される程、オレサマは墜ちてねぇ!」
ワタルの言葉に、今まで明るい表情を浮かべていた梓の顔つきが変わる。少し怒りを露わにしている。
「ウチはガキやない! 梓っちゅう名前があるねん、ガキ扱いは許さへんよ!」
「へへへ、ガキ扱いされてムキになるところがガキだっての。……まぁ、ちょっとは可愛い一面もあるんじゃねぇか?」
「ムキー! もう許さへん、絶対にアンタに勝って、鼻を明かしたるわ!」
梓はもの凄い速さで、ワタルに向かっていく。一撃目は様子見というのがよくわかるぐらいである。トップクラスの速度と、事実上トップの小回り、旋回性能をフルに活動させている。
ナイフのような小刀で、まるでパンチを打つように振るってくる。逆手に持った小刀はいつもとは違ったリズムで襲ってくる為に避けにくい。それでも避ける、あるいは木刀で盾にしなければ、こんな小柄な少女の攻撃でさえ致命打になりかねない。何よりも、梓は可愛らしい見た目と裏腹に、牽制以外の攻撃は、全て急所を狙ってきている。
「くそっ……!」
「ウチの事をガキ扱いする割には、大した事ないでぇ、響ワタルさん!」
なんとか引き離したくても、小回りにおいて梓が絶対的有利の為、旋回性能で引き離せない。かといって、迂闊に攻める事もできなかれば、後方へ飛んでも下手な隙を見せてしまう。
気力、体力面において、今のワタルが梓を引き離す要素が無いのである。
「――何、ちょっとワタル君……もしかして押されてるのかな!?」
その第一声を発したのはかなである。その後ろには治療を終えた結衣、それに桐華の姿もある。
「かなさん? はい、何かいつものキレも気迫もどこか無いんです……」
「対戦相手の、あの女の子も凄いのはわかるけど、ワタル君の動きが悪いのは明確かな」
「……ワタル」
いつも見ているヒロキ、かな、桐華の三人が見ても、明らかに動きが悪いと判断する。
「わ、私のせいです……」
「結衣ちゃん、どうしたの?」
そんなワタルを見て、涙を浮かべる結衣に、かなは優しく話しかける。
「私を助けようとして……ワタルさん、悪い人達に殴られたりしたから……」
「そうか、兄貴がボロボロなのはそういう事なのか」
結衣の言葉を聞いて、ワタルの理由を知る三人。そんな中、桐華は無表情の中にも僅かな怒りを見せていた。
「あんな状態で戦ったら危険です、止めないとワタルさんはっ……!」
そこまで結衣が言うと、桐華はそれを制止する。
「……今、ワタルを止める事は私が許さない。……それに今、止めたらワタルもきっと貴方を許さない」
普段見せない桐華の怒りの表情に、結衣は勿論、ヒロキもかなも恐さを感じ取る。
「ふぅ……はいはい、桐華ちゃんも、結衣ちゃんもそれでお終い。今辛いのはワタル君だし、それにワタル君なら、確かに今、止めたら女の子でもぶっ飛ばされちゃうよ?」
「でも……それではどうしたら……」
「こういう時こそ応援! 結衣ちゃんみたいな可愛い女の子に、本気出せない男なんて男じゃないよ!」
シリアスになりかけた雰囲気を払拭するように、かなは満面の笑みで、結衣にアドバイスし励ます。
「確かに、兄貴ならこういうシチュエーションで女の子の声援があったら燃えるね!」
ヒロキもかなに合わせて、明るく同意する。結衣は桐華の方を見ると、目線を合わせ静かに頷いた。
「で、では……がんばります! ……すぅ、ふぅ……」
爆発しそうな程、脈打つ心臓を静めるように、大きく深呼吸をする結衣。
「…………っ……ワタルさぁぁぁああん、がんばれぇぇぇーっ!」
恐らくは一生の内で一回しか出してないというぐらいの、大声でワタルの名を呼ぶ。大歓声にかき消されるように飛ぶ、結衣の声は真っ直ぐにワタルに向かっていく。