不思議絵師 一筆!
「よぉ、トーコ。かなっぺの弁当無くなっちゃうぞ!」
「……うん」
戻ってきた桐華は、何かに考えふけるように座り込む。何があったのかわからないといった様子で、お互いに顔を見せ合うワタルとかな。
「なんだ、何かあったのか?」
「かなが知るわけないでしょ!」
「そりゃそうだ」
桐華は突然立ち上がり、鋭い目つきでワタルとかなを見る。
「ど、どうした、トーコ?」
「……ごめん。先に帰る」
返事を待たずに、桐華は走り去っていってしまう。二人は桐華をただ見送った。
賑やかだった空気は一変し、静寂に包まれる。二人とも無言だったが、ワタルは何事も無かったかのように、弁当の残りに手を付ける。
「ちょっと、ワタル君」
「何だ、どうした?」
「今、シリアスな雰囲気。お弁当をバクバク食べてる感じじゃないでしょうに!」
「あぁ、そりゃわかってるけど、シリアスな雰囲気って苦手でな……それにー……ん?」
ふと、目の端に何かが入る。そこをよく見ると、遠目だが小柄だとわかる女子生徒が視界に入る。だがそこに映ったのは女子生徒だけではなかった。
「女の子……それに……ぞうさん!?」
「はぁ!?」
ワタルの突然のその言葉に、素っ頓狂な声をあげてしまうかな。
「いや、あそこにさ、いるだろ? おーい、お前!」
屋上の人目に付かない端の端。文字通りの端っこに大声で呼びかけるワタル。
「っ……!?」
呼びかけられた女子生徒は、余程びっくりしたのか、大きく体を硬直させる。そしてその生徒の目の前にあった白い紙らしきものを、乱暴に丸めてしまう。
「あれ、消えた……?」
女子生徒が紙を丸めた瞬間、その場にいた小さな像らしきものは煙の如く消えてしまう。そしてワタル達に目を合わせないように、まるで小動物が逃げるかの如く出入り口に走り込む。小動物という例えがふさわしい程の小柄な少女。やや茶髪がかった髪の毛を髪留めで留めている。ふわふわした印象のかわいらしい少女だと、ワタルは一目みて思う。
「あ、おいっ!」
「ごめんなさいっ、勝手に入って、もうしませんからっ!」
ワタルは少女の手を、極力優しく掴む。たったこれだけの事に、少女の表情は脅えている。
「別に何もしねぇよ。オレサマ達だって勝手にここ使ってるんだから」
「うぅ……!」
それでも少女は脅えた表情を変えずに、やはり小動物のように体を小刻みに震わせている。
「ほら、ワタル君ってやっぱりおっかないからねぇ」
「なんだと、かなっぺ!」
「ほらほら、そういう所とかね」
いつまでも脅えられているワタルに、心底面白いと思ったのか、かなは腹を抱えて笑っている。
「えっ……響、ワタル……さん?」
「ん……?」
少女の震えは止まっていた。ワタルはかなに気を取られて、少女の腕を放してしまった。
「ごめんなさい!」
勢い良く、少女は階段を下りていく。
「……今日はなんとも、慌ただしいな」
「そうだね。なんか階段の使用頻度がやけに高い感じかな」
この日の慌ただしさも相まり、弁当の残りを処理した後、お開きになる。
――私の名前は織部結衣。何の変哲も無い、東京の高等学校に通う高校一年生です。
何の変哲も無い、といっても、それはあくまで外見上の事。私にはある時から、その世界に無かったものを存在させる力、正しくは具現化させる力を持ちました。
この力を手に入れた時期、覚えがあるのは小学生低学年の時です。この時期には既に具現化させる力はあったのです。しかし明確にいつ、どこで、どういうふうに、手に入れたのかは全く思い出せない状態です。
私は小さな頃から、絵を描くのが好きでした。この絵を描く事も、『力』と同じでいつからなのかは、わかりません。ただ一つ言える事は、絵を描いてる時が私の全てであった事。私の頭の中の空想を絵にする事。それが大好きだったのは覚えています。いつからか手に入れた具現化する能力を、私は自分の絵に使ってみる事にしました。小さな私にとっては一つの大きな大冒険でした。
「ぞうさん、ぞうさーん」
初めてそれを試した時は、少しの怖さがあったけど、鼻歌交じりで楽しかった。
そして私は自分で描いた絵を、具現化させる事に成功したのです。それから私は、両親に買ってもらった、ぬいぐるみなどよりも、自分で描いた絵を具現化させた友達と遊ぶ事が多くなりました。
私は小さな頃から極度の人見知りで、当時から友達と呼べる女の子の友達はいなかったし、男の子の友達なんて手の届かない夢物語でした。でも私の描いた絵は、私を裏切らない。いつまでも、これからも私と一緒にいてくれるのだと。
――時が経ち、私も小学生中学年へと上がりました。この時期になると私の人見知りもそれなりに影を潜め、数人の友達ができました。ある時、教科書に落書きをする遊びが流行った時に、ある一人の女の子が言いました。
「私の教科書にみんなの絵を描いてみて!」
私を含めた数人の友人は、上手いなり下手なり笑い合いながら、教科書に落書きをしていったのです。
勿論、その落書きをしてしまう事によって、私の能力が知られてしまう事も考えていました。しかし、具現化能力は、私が「望む事」によってその力が作用されると、推測しています。つまり、私が望みさえしなければ、絵が具現化する事はない。幼いながらに、私が推理した事でした。
――しかし、そんな私の考えは容易く崩れ去る事になりました。
「えっ……ちょっと何これ?」
「織部ちゃんの描いた、絵から、え、何で?」
そう私の考えは甘く、私の描いた絵は教科書の上で具現化してしまったのです。その場にいた友達達は突然出てきた、私の絵の具現化したモノにびっくりしていました。一瞬で終わったと脳裏によぎりました。こんな光景を見て、私を友達のように扱ってくれるとは思わなかったからです。ですが、私のそんな考えは再び良い方に裏切られたのでした。
「やだっ、これ、かわいいよ!」
「絵なのに触れるの?」
小学生の中学年。そんな年頃であった事も手伝ってか、私の能力は受け入れられました。そこが賑やかになり出すと、クラスメイト達は、ほんの一瞬で集まりだして、私は瞬く間にクラスの人気者になりました。
この集まりを見て、先生が何事かと確認をしに来ました。さすがに、これはいけないと思いましたが、時は既に遅し。先生はすぐそこまで来てしまいました。
「先生見て見てっ、絵が本物になるんだよ!」
「絵が本物!? おいおい、先生に嘘はついてはいけないよ。それに教科書に落書き、あとで職員室に来なさい」
「どうして、本当にここにいるのに……」
友達ががっかりした顔で、私が描いたモノを触っていました。確かに具現化されている、それなのに先生には見えなかった。つまりは大人には見えないという一つの結論が出ました。
「まぁいいや。先生には見えるけど、私達には見える。私達だけの秘密だよね!」
「私達だけの……秘密……。うんっ!」
私達だけの秘密。その言葉が友達の少ない私には、くすぐったくなるような嬉しさを感じました。
しかし、そんな楽しい一時は、長くは続かなかったのです。