勝利を掴め!
「また、ぶったぎり? 響ワタル、貴方は進歩って言葉は無いのかしら……さすがに馬鹿すぎると私も貴方の事を、見放してしまうかもしれないわよ」
扇子で口元を隠し、顔は上半分しか見えないが、その口調と表情は呆れ顔である。
「うるせぇってんだよ! それに馬鹿は馬鹿でも、オレサマは大馬鹿だ。大馬鹿はただの馬鹿と違って、何をするかわかんねぇぞ?」
「……良いわ、そんなに言うのなら信じてみても良い。大馬鹿の足掻きってやつを見せてみなさい」
芹川は右手の鞭を展開し、左手の扇子はいつでも捌けるように、優雅に舞わせている。ワタルも右手で木刀を担ぐように構えるのは変わらず、通常のぶったぎりとは違い、左手は使わずにその左手をパーにして、照準でも合わせるかのように、その中心点に芹川を置く。その姿は若干形こそ違うが、テニスプレイヤーがテニスボールを打つ際の、左手の構え方に似ている。
現在の適正距離は、鞭を扱う芹川が有利である。ワタルが攻撃を当てる為には、再び芹川が繰り出す鞭の雨をかいくぐらなくてはならない。攻撃を当てるといった話は、そこからなのである。
「行くぜ? ……アンタのキャラは好きではないけど、アンタとの戦いは面白かったぜ」
「もう試合は終わるって言いたげな言葉ね。あまり調子に乗るんじゃなくってよ?」
二人の時間が一瞬の停止をする。次に動き出したのは、数秒にも満たない程の突風が吹いた瞬間だ。
弾けるように動き出した時間。距離適正が出ている為、芹川はその場から鞭による攻撃を開始する。ワタルは通常のぶったぎりと同じく、その場から山なりに飛び出す。
「本当にぶったぎりなのね……。なら貴方はここで終わりよ。決め手が無いと言ったのはフェイク、本当の狙いはコレ」
芹川は放った鞭に手首のスナップをきかせ、鞭全体に捻りを加える。捻りが加わった鞭本体部分から、真っ直ぐに伸びていく。その捻りの波が、鞭の先端まで伸びた時、その姿は見る者に鞭と、認識させない姿へと変貌する。
「終わりよ、響ワタル。これが奥の手……蛇槍!」
捻りが加わり針のようにピンと伸びた、その芹川の鞭の姿は、長さも相まってまさしく槍に変貌する。
「アンタの事を誤解していたようだ。オレサマはアンタの蛇を速水仁以下だと言ってしまった。だけどそれは違った、何故ならアンタの蛇はあいつとは全く違う性質だからだ」
「……響ワタル?」
「アンタはあいつと違い、その技の通り真っ直ぐな奴だって感じた。だから……オレサマの勝ちだ」
ワタルに向かっていた蛇槍は、途端にその軌道が逸れてしまう。決して逸らしたのは、芹川ではない。逸らしたのは、ワタル本人である。
「響ワタルっ、貴方!」
空いている左手で、自らが額に巻いていたハチマキ。これを蛇槍に巻き付け、軌道を逸らす。
「そ、そんな馬鹿な事……あ、まさか!?」
「そう、そのまさかだ! ただのハチマキなら、簡単に巻き付いたりはしない。けど汗を吸ってビショ濡れになった生地は、案外と張りつくもんだぜ?」
蛇槍に巻き付いたハチマキを、力一杯に引っ張る。力の勝負では、ワタルに分がある。芹川は取り上げられたように、その蛇槍を手放してしまう。
「左手はこうする為のものだったのね!? でもまだ私には扇子があるわ。両手だろうと片手だろうと、ただ大きく振り回す攻撃なんて捌いてみせるわ」
「……へへへ。半分正解、でも半分ははずれだ」
山なりに飛んでいたワタルは、芹川の目の前に着地する。
「残った左手は……勝利を掴む為のものだ!」
「あっ……!」
ワタルは左手で、芹川の胸元を掴んだ。こうする事により、芹川が後方へと逃げる事を防ぐ。元よりパワーに関してはワタルの方に圧倒的な分がある為、一度捕らえてしまえば、逃がす事はほぼ無いと言って良い。
「行くぜ! 必殺のぶった…………って、うおおおおおぉぉぉぉぉ!」
ワタルは芹川を狙っていたぶったぎりの軌道を、手に持つ扇子に変えてはたき落とす。そして掴んだ胸ぐらを突き飛ばすように離す。
「痛っ……」
「て、て、て、ててて、てめぇ、オカマじゃなくて女だったのかぁ!?」
突き放されるように、後ろへと倒れた芹川はまるで、かよわい少女、といった雰囲気が立ちこめている。サラシを巻いている為か、特に目立たなかったが、胸ぐらを掴んだ際にワタルが触った物体の感触が、左の手の平に色濃く残っている。
「あら、オカマですって? 私がいつどこで自分の事をオカマって言ったかしら?」
「だったらそのオカマ口調は一体なんだ!? 超典型的なオカマ口調しくさってからに!」
「そういうオカマが大好きな女の子もいるって事よ、人の趣味に他人が口出しする事ではないわ」
「いや、そりゃそうだけど……」
「名前だって芹川香澄っていう女の子の名前でしょ? ……それよりも、こんな事はどうでもいいわ。さっきの胸ぐらを掴んで荒々しく私の事を突き飛ばした貴方……肉食の獣って感じで素敵だったわ」
うっとりと恍惚の表情を浮かべている芹川。
「それに、戦っている最中に貴方の汗が私の肌を打つの……あぁ素敵」
「ヒィィィィィ……お前は変態かっ!」
その場の雰囲気に流され、ワタルは芹川にツッコミを入れる。
「ぁ……痛い……」
「あ、悪い」
「ううん。良いのよ。今の貴方の私を物みたいにひっぱたくその攻撃性……もっと私をひっぱたいても良いのよ?」
「いや、ひっぱたくって……あれはツッコミだ。それにオレサマはそんな趣味はねぇ!」
「そのオレサマ主義。あぁ良いわ……やっぱり男は女をひっぱたいてでも言う事を聞かせる強引さが無いと……」
もう収集がつかなくなっている芹川から離れる為に、ワタルは黒子を捜す。
「おい、黒子! こいつは武器を持ってねぇし、戦う意志も無いだろ!?」
「う、うむ。戦意喪失と見なし、大将戦は響ワタルの勝ちとする!」
ようやく出された勝利宣告。会場からは歓声もあるが、笑い声が多かった。
止まらない芹川を止めに、三木と純が来てくれる。純になだめられるように、控えベンチへと戻っていく。
「大したチームだな。マックスハートは……」
その場に残った三木が、ワタルに話しかけてくる。
「先鋒戦を戦ったあのガンナー。それに相沢みなの意志を継ぐ相沢かな。そしてそれを束ねるリーダーの響ワタル、か」
「何、お前らもなかなか曲者揃いだったぜ。良い経験をさせてもらった、ありがとう」
「あぁ、次の試合もがんばってくれ。微力ながら応援させてもらう」
ワタルと三木はガッチリと握手をかわし、お互いにその場を離れた。
控えベンチに戻ると、かなと桐華が向かえてくれる。
「お、ラッキースケベのご帰還だね!」
「ラッキースケベ言うな!」
「……ワタルのスケベ……」
「いや、トーコ、むしろオレサマは被害者だぞ!?」
二人に茶化されながら、帰り支度を済ませる。ディーパーディーパーのメンバーは既に姿は無く、中央のリングでは、今日の二回戦目が始まろうとしていた。
「……よっしゃ、帰るか!」
「うん、帰ろう!」
「……うん」
――予選第三回戦。対ディーパーディーパー戦は三戦二勝一分けにて、マックスハートが突破する。
そして帰りの電車の中で、ワタルはこう言葉をもらした。
「…………やべ、次の対戦相手の事を調べるの忘れてた……」
電車はそんなワタルの意志とは関係なく、ただ走る。線路が続く限り。