ウォーターウォール!
「ちょっ、まっ……!」
弾切れを起こし、そのリロード最中の純。勿論、リロード中は攻撃する手だてが無い。桐華はそんな純に対して、全くといって良い程、無感情、いやあるいは気持ちのこもりすぎたショットを放つ。
「うわっつ……!!」
最大出力のガバメントのショットは、純の頬をかすめるようにして、通り過ぎていく。
「……次は、外さない。痛い目にあいたくなければ、ここで降参。どう?」
無表情な桐華が、めずらしく不敵な笑みを浮かべながら言う。その表情は正に不敵。今まで攻められながらも、余裕というのが目に見えてわかる。
予選三回戦にして、圧倒的な力の差を見せつける桐華に、会場の熱気も一気にヒートアップする。熱気の最大の原因とも思える、大歓声が会場を包み、その大音響が心地よく体を支配する。
「トッ、ウッ、カッ、L・O・V・E トッ、ウッ、カッ!」
そんな心地よい大歓声の中で、異質な応援が聞こえてくる。桐華含め、マックスハートのメンバーは全員がその方向を見る。すると明らかにスポーツマン、という雰囲気ではない方々がいた。その歓声は明らかに、どうみても桐華一人に向けられている。
「……ぅげ……!」
桐華らしくない声が漏れる。それ程、桐華にとっては悪い意味で衝撃だったのだ。
「ハッハッハッハ! トーコ、良かったじゃないか、ファンクラブなんて簡単にできるもんじゃねぇぞ!」
ワタルはさも他人事、といった感じで、桐華をおちょくる。かなも笑いはしているものの、後が恐いと判断してか、目立たないように徹している。
「……ワタル」
「ははは……ん?」
「……後で覚悟」
冷静に淡々と発したその言葉に、異常なまでの殺気がこもっていた。ワタルの笑いは一瞬で止まる。
――そうこうしている内に、純のリロードも終わり、試合の中には再び緊迫感が生まれていた。
「むかつくなぁ。人がやられている間に、アンタは大歓声かよ、気に入らねぇ!」
「……ふぅ、最も貴方みたいなスタイルでは、どんなに凄いプレイをしても歓声を受ける事は無いと思うけど」
「あぁ、そうだろうよ。でも俺は自分の快楽に対して素直でね、やっぱり女をいたぶるのは最高だよっ!」
再び桐華に向けられるBB弾の雨。全く容赦なく、桐華に攻撃の全てを注ぐ。再び、攻撃する純。避ける桐華の構図になる。やはり一発の攻撃力に優れてはいるものの、圧倒的な手数を誇る純との戦いは、相手のガス欠を待つしか無くなってくる。
「……そう。性格さえどうにかすれば、貴方、結構かっこいいのにね」
「……えっ!?」
この言葉のやり取りで、純の攻撃の手が一瞬だけだが止む。
その隙を桐華は見逃す事なく、反撃を試みる。狙いは純ではなく、その手に持つMP7A4である。ただ桐華には、この口撃により純が隙を見せるという確信があったのだ。
「チィッ!?」
ガバメントから放たれた水弾は見事に、純の持つマシンガンを狙い撃つ。大きく後方に吹き飛ばされた銃を拾いに、純は走るしかない。
「……計画通り」
相変わらず無表情に言い放つ。言い換えるなら相変わらず極めて冷静。
「……この技はトリックワンみたいに、手軽じゃないから少しだけ困る。……第二の技、トリックツー」
出た言葉は、第二の技と呼ばれたトリックツー。メンバーであるワタルとかなでさえ、知らない隠された芸術技。本人しか知らぬ、その技の存在を全員が固唾を呑んで見守る。純はいまだに、飛ばされた銃を取る為に走っている。その視線に桐華の姿はない。桐華はどこからか、ボトルケースらしき物を取り出す。そしてそれを空高く放り投げた。
「くそっ、よくも!」
飛ばされた銃を取る事に成功した純は、そのまま桐華を狙い再び弾丸の雨を当てようと試みる。
「……残念だけど遅い。トリックツー、跳弾する水壁!」
自身が投げたボトルを撃つ桐華。耐久性は脆いのか、そのボトルはあっさりと壊れ、ボトルの中に入っていた水が、一気に外へと弾けるように飛び出す。純の撃ち込んだBB弾は、その水の壁が威力を吸収する。
「……威力は抑えておく。でも当たると痛いから」
威力調節でやや弱めに設定したガバメントで、自らが展開した水壁を撃つ。威力を弱めた事により、ハンドガンでできる限りの連射をする。それら全ての弾は純のBB弾と同じく、水壁に飲み込まれた。
「偉そうな事を言っておきながら、全然攻撃になってないじゃないか!」
「……貴方には見えないの? 水壁を跳弾する水弾の姿が」
「水壁を跳弾する水弾……だって!?」
この間わずか数秒の出来事。ほんの一瞬の出来事なのだ。
水の壁から放たれた水弾は、桐華が放った軌道とは、明らかに違う軌道で放たれていく。右に左に、上に下に、全ての弾が予想もつかない方角へと飛んでいく。
「う、う、うわああぁぁぁ!」
その内の何発かが純に命中し、その場に悶絶したかのように倒れ込む。
「……ごめんね。水壁の中で跳弾する水弾は見えるんだけど、その後にどこに飛んでいくのかは、私でもわからないの」
水壁となった全ての水が、地面に落ちる頃。それが先鋒戦の終わりを告げる合図になった。そして再び巻き起こる大歓声と、桐華ファンクラブの声援。特筆すべきは観客の歓声の色合いが、まるで戦いを見たというよりも、手品を見たかのような反応だった事だろう。
「うっ……ごほっ……、なんて事だよ、そんなあり得ない超常現象が存在するなんてよ……」
「……信じられないのも無理はない。でも、世の中には知られていないだけで沢山の、ありえない、が出回っているの」
「今のトリックもその中の一つだって?」
「……うん」
「そうか、なるほどな……。いや、そんな事はどうでもいい。ってか惚れたぜ……」
純は走る激痛をこらえながら、出来る限りの笑顔を見せる。桐華もそれに呼応するように優しく微笑む。
「……ごめん。無理」
糸切れた人形のように倒れ込んだ純を放っておき、桐華はマックスハートのメンバーの元へと戻る。
「やったな、トーコ!」
「さすがだね、桐華ちゃん!」
勝利を祝福してくれる二人を見ながら、桐華は一人誰にも聞こえない声で叫ぶ。
「……本命は裏切れない」
三回戦先鋒戦は桐華が第二の技、跳弾する水壁――ウォーターウォールで勝利をあげる。
そして中堅戦、相沢かな対三木亮輔の戦いが幕を開ける。