最凶の悪寒!
――七月二十五日。十時五十分。予選三回戦ディーパーディーパー戦である。
今日の試合日程は、第一試合からマックスハート対ディーパーディーパーにあたる。待ち合わせ場所にて、ワタル、かな、桐華の三人は集合し、試合が行われるバトルリング付近にて待機する。
「さすがに三回戦ともあれば、ギャラリーも凄ぇな」
これを言ったのはワタルである。確かにワタルの言うとおり、朝早くから色々な地方の人間が、この試合を、大会の行方を見に来ている。予選一回戦とは、うってかわった雰囲気が漂っている。
「……なるほど」
「ん、どうした?」
桐華の視線の先に彼らはいた。あの天才三崎や速水仁ほどではないにしろ、纏うオーラは確かに強者の感覚を持っている。一筋縄ではいかない事は確かである。だがどこか微妙な雰囲気もある。
「なるほど!」
ワタルは一人で納得した。いや正確にはその場にいた、かなと桐華も納得していた。
試合時間が近くなり、黒子から各チームリーダーの招集令が出された。ワタルは二人を残して、バトルリング中央へと向かう。
「君が、マックスハートのリーダーの響ワタル?」
「あぁ、そうだけど」
「ふーん。君が、ね」
目の前の男。ディーパーディーパーのリーダーは嫌らしい目つきで、まるで品定めでもするようにワタルを見る。寒気のするような視線に、警戒の色を示す。
「おいこら、いきなり人を呼び捨てにしておいて、テメェは挨拶も無しか?」
「いや、ははは。どうせ、負けるようなチーム相手に名乗る必要があるのかなってね」
「バカか、そういう台詞は負けフラグってんだぜ?」
「負けフラグ、か。思えば私達もここまで長かったわ……」
何かを語り始める目の前の男。別に興味も無いし、時間の無駄だと判断したワタルは、黒子に目配せし、止めさせるように訴える。そして男の口調が嫌だった為、止めさせる意味も含まれている。
「こら、芹川香澄。無駄口を叩くな。まずは試合ルールを決めて!」
どうやら目の前の男の名は、芹川香澄というらしい。男なのに一人称が「私」であり、どことなくそっち系な趣味でもあるのではないかとも思える。仕草の一つ一つがやけに色っぽい。帽子を被っている為に、髪が長いのか短いのかさえもわからない。つまり総合して、いまいちわからない人間であるという事。
「やれやれ……せっかく私の苦労話を聞かせてあげようと思ったのに、OK! さっさとルール決めちゃいましょう」
「まぁ、やっぱ基本的な1on1で良いか? ルール的にもわかりやすいし、お互いメンツも三人できっちり終われるだろ?」
「良いわよ、それで」
三回戦、対ディーパーディーパー戦はいつも通りの1on1戦で行われる事になった。リーダー集合時の細かな事が終わった為、ワタルはマックスハートの控え場所へと移動する。戻る途中、芹川に声をかけられる。
「ねぇ、響ワタル」
「なんだよ、オレサマはお前と話す事なんてねぇぞ!」
「響ワタルが無くても、私にあるのよ。……響ワタル、貴方……私の好みだわ。試合の結果と関係なく、貴方を食べちゃいたいわ」
「……うぅ……!」
今まで感じた事のない寒気がワタルを襲う。この悪寒は、あの三崎と出会った時なみ、いやそれ以上であると後のワタルは豪語する。前言撤回、微妙どころではない。
「あれ、どうしたのワタル君?」
「いや、オレサマは今最凶の悪寒と戦っている……」
心配するかなと桐華を余所に、一人で震え出すワタル。
「うーん。ちょっとしっかりしてよね、誰が先鋒戦やるとか決めてないんだよ!」
「……私が行く」
仕方がない、といった表情で桐華が名乗り出る。
「って、桐華ちゃん、良いの!?」
「……はい、一応考えがあっての行動です。任せてください」
桐華は愛銃である魔法銃、ガバメントとデザートイーグルを装備する。そのまま中央のバトルリングへ向かう。
向かった先には相手チームの先鋒がいる。髪型もいわゆるロン毛であり、服装など見た目もチャラい。とてもじゃないがスポーツや格闘技をやるようには見えない。仮にやっていたとしても、桐華の苦手な、いや、最も嫌いなタイプである。
「へぇ、何。相手チームに可愛い女の子が多いと思ったら、僕の所に来てくれちゃうってわけ?」
「……桜井桐華です。よろしくお願いします」
「僕の名前は純。ま、漆黒の純って読んでくれよ。かっこいいだろ?」
別にどこにも漆黒というワードが当てはまるものがない。単純明快にかっこいいからだろうか。意味もなくかっこいい名前を付けたがる人間が多くて鬱陶しい、と桐華は思う。
「こら、無駄口を叩くな! ったく、ディーパーディーパーの連中は無駄口が多くて困る!」
「あら、これはすいまっせーん」
黒子の注意に、反省した素振りを見せない純。その姿を見て、明らかに不快な表情をする桐華。やはりこの手の人間は嫌いだと、再認識する。
「それでは予選第三回戦、マックスハート対ディーパーディーパーの試合を行う。先鋒戦――始め!」
半ば無理矢理だったが、黒子により始まりの合図が出される。
桐華は手始めにガバメントを構えるが、純は何も構えていない。いやむしろ武器と呼べる代物が見あたらない。
「さって、あまり女の子を虐めたくはないけど……始まっちゃったとあれば、やっちゃうよ?」
虐めたくはない、と言ったあたりに、純の性格の悪さが見える。純は表情を一変させ、恐らくは背中に隠していたであろう武器を構える。その武器というのは、桐華と同じく銃である。最も桐華の魔法銃とは違い、通常のエアガンであると予想される。
そのコンパクトなハンドガンのような、形状から推測できる純の武器は、恐らく「MP7A1」である。簡単な話、電動コンパクトマシンガンと呼ばれるものであり、ハンドガンとそう変わらぬサイズながら、アサルトライフルなどと変わらぬ連射性能を持つ。
桐華の持つ銃はガバメントとデザートイーグル。そして銃ではないが、水が入った小型のボトルケースである。いくらコンパクトマシンガンといってもハンドガンと比べれば、攻撃力は雲泥の差がある。つまりは手数ではどうあっても勝てない。
「踊りなよっ、子猫ちゃん!」
純はそのマシンガンを躊躇いなく、桐華に向けて放つ。魔法銃の水弾と違い、BB弾という非常に小さな弾を使って撃つ為に、軌道が非常に見えにくい。仮に見えたとしても、弾自体は非常に軽い為、風によって更に軌道が変わる可能性も高い。つまり避けようと思って避けるのは、ほぼ不可能に近い。
それでも、避ける為には動くしかない為、桐華は体を動かし的を絞らせないようにする。小気味良い空砲の音が会場に響く。相手も狙いをつけて撃っている為、ある程度の弾は桐華に命中する。弾は当たるたびに一瞬、針が刺さったような痛みを桐華に与える。
「はっはっは、気分良いよねぇ、女の子をいたぶるのってさぁ!」
調子に乗り、更に鋭く桐華に弾の雨を浴びせる。
「……なるほど。黒い、漆黒ね。腹黒さが……」
「腹黒いか……最高の誉め言葉さ」
そのまま撃ち続けていると、純のマシンガンは弾切れを起こす。
「チッ……!」
「……銃には弾があるんだから、弾数管理はガンナーの基本」
弾切れになり、手数が無くなった事を見極めて、桐華は反撃の一撃を与えようとする。
「……最も私の銃に関しては、弾切れって呼ぶのかはわからないけど」
ガバメントのメモリは最大出力。その強力な水弾が、純に向かって放たれた。