三回戦の舞台へ!
「良い、お姉ちゃん。星蹴拳の奥義はね――」
これが星蹴拳の全て。星蹴拳は文字通り「星を蹴る技」であり、そしてその奥義は「星を落とす技」である。みなから伝えられる星蹴拳の奥義。
「……すぅ……、……はっ……!」
突然の意識の目覚め。明らかに夢とは違う感覚に、これが現実の目覚めなのだと悟った。
随分と長い時間の間、夢の中にいたような感覚が襲う。実際に時計を見ると眠りについたと予想される時間から五時間近くも経っている。時刻も十九時を過ぎている。窓から見える景色も暗くなり始めている。
「……みな」
部屋に飾ってある写真を見つめる。その当時の元気いっぱいなみなの写真。
「…………よし! もう一回やり直し。そうでしょ、みな?」
二人の世界で教わった「みなの星蹴拳」とその「奥義」。今だからこそもう一度、一からの出直しである。
――七月二十四日。長かった昨日が終わり、今日が始まる。
「さって朝だぜ!」
毎度の事ながらの夏の暑さ。ただ立っているだけでも汗をかいてくる。だがそんな事も気にもしない様子でワタルは気合の大声をあげる。なんだかんだで大変な一日だった昨日だが、一日眠ればすっかりどうでもよくなっていた。
昨日、つまりは二十三日はマックスハート内で試合を行い、やや険悪なムードのまま、かなと桐華の試合が終了。その後、かなとの連絡もとれず、代わりにきた連絡はヒロキの三回戦の不参加という知らせのみ。リーダーとして悶々とした夜を過ごしたワタルだった。
顔を洗いに部屋を出て、洗面台の前まで移動する。そこで軽く身支度を調えると自宅前のポストを見に行く。三回戦の日程が書かれた郵便物が来ていないかの確認である。
「お、あったあった!」
早速、封筒の中身を確認する。
「なになに……三回戦の日程は七月二十五日、か。って、明日かよ!」
早朝の住宅街にワタルの声が響く。
通知が来てから、次の日に試合をやるという日程組みに、目を丸くする。とりあえず携帯を取り出し、全員に連絡をしようとする。しかし時刻がまだ六時である事を考慮し、後で連絡をしようと決める。とりあえず時間潰しの意味も込めて、朝食の用意にとりかかる。
「やっぱ日本男児なら朝は米のご飯食わないとな! 朝食抜きとかパンだけとか信じられねぇぜ」
独り言を発しながら米を洗う。洗い終わるとそのまま電子ジャーの中に、釜を入れて電源を入れる。しかし米を炊こうにも、おかずが無い事に気がつく。米だけを食べるのも味気ない為、ワタルは早朝マラソンついでに、コンビニへおかず探しに向かう。時刻は六時半を指していた。
「コンビニ行って戻って飯を食う。適当に落ちついたぐらいに、時間も良い頃合いになるだろうな」
ワタルはトレーニングウェアに着替えて、颯爽と家を飛び出した。向かうコンビニはワタルの家から最も近いコンビニである「セブンハンドレットイレブン」というコンビニである。ワタルいわく「食品はここが一番美味い」との事。
しばらく走ると見知った顔がそこにあった。
『あっ……!?』
二人して同じ反応をする。
「かなっぺ、朝早いな、どうしたんだ?」
「え、ちょっとね」
昨日の事もあって、お互いに気まずさが漂う。朝の爽やかな空気が、一変して重い空気に変わっていく気がする。
「……聞いて良いもんかちょっと悩んだんだけどよ、昨日の事は、大丈夫なのか?」
「……うん。ごめんね、なんか険悪なムード作っちゃって。ちょっと思うところがあって、頭に血が上っちゃったみたいでさ」
「そうか。トーコとの事も大丈夫なのか? 喧嘩にはなってないか?」
「喧嘩? それはないない、誓ってないよ。……むしろあの子にちょっと救われた気もする」
かなの表情はやや曇りもあったが、晴れやかだった。何か少しだけ吹っ切れた感じを、ワタルは受ける。
「それにしてもメンバーの関係チェックとは、なかなかリーダーしてるじゃない? ワタル君」
「バカ。こう見えて面倒見は良い方なんだよ!」
「普通は自分で言わないよ、そういうの」
かなにツッコミを受けるも、本題を思い出し真面目な会話をする。
「そういや、ちょっと真面目な話、てか、三回戦の話があるんだけど良いか?」
「あ、うん」
「三回戦の日程は突然だけど明日、時間は午前十一時……まぁほぼいつも通りの時間とみていいな。これは良いんだが、その……三回戦にはヒロキは出場しないんだ」
かなは突然の知らせに驚く。
「え、なんで? どこか具合でも悪くなったのかな?」
「いや、ちょっとヒロキも、思うところがあるみたいだ。一週間は戻ってこないって」
「そう……っか。まさかこのままいなくなったりはしないよね?」
「そんな事をオレサマが知るか。それにそんな事はありえねぇさ。オレサマとヒロキはずっと一緒だったんだ。これからだってそうさ、オレサマ達は二人で優勝目指してんだぜ? いや今は二人だけじゃない。かなっぺに、トーコもいてくれるんだ!」
まるで自分達みたいだと、かなは二人に投影していた。そしてそのワタルの言葉はそっくりそのまま、かなの心に響く。そう「二人でゴールしよう」と言ったが、今はこんなにも頼りになる仲間達がいる事を、かなは大きな実感を得た。
「ま、そういうわけだから、三回戦はオレサマにトーコ、そしてかなっぺ。この三人で挑んで勝つぜ! ヒロキが戻ってきた時に、負けました、なんて格好悪い事はできないぜ」
「それは当たり前! 頼りにしてるよ、リーダー?」
「おう、頼れ頼れ! オレサマも同じぐらい、いやそれ以上に頼ってやらぁ!」
いつしか笑顔で話をしていた。先ほどの重苦しい空気は、ワタルの勘違いだった。
その後は適当な雑談をしながら、二人でランニングをした。お互いに体力面に抜かりはない為、結構なハイペースでの移動をして、コンビニにはすぐに到着した。
かなは家に戻るという事で、コンビニにて別れる。適当なおかずを購入し、ワタルも自分の家へと戻る。思いの外、かなとの会話が長かったようで時刻は七時半を回っていた。
「トーコの事だから多分起きてそうな気がするが、でも寝てたら悪いからやっぱりもう少しだけ待つか」
電話をするよりも朝食を優先する。買ってきたのは主に総菜で、それを白いご飯と共に食べる。これだけでも少し味気ないと思ったのか、冷蔵庫から生卵を取り出し、いわゆる「卵かけご飯」にして食べる。おかわりを三回ほどして、ようやくワタルの朝食は終わる。食器を片づけて、時計を見ると八時を回っていた。
「よし、電話してみるか」
携帯で桐華の番号を検索する。サ行の知り合いがあまりいないワタルの携帯は「桜井桐華」の名前を探すのは一発で見つけられる。数回の呼び出しコール音の後に、桐華の電話に繋がる。
「……はい」
「お、トーコか。ワタルだけど」
「……おはよう。三回戦の事?」
「さすがに察しが良いな、ご名答だ。それと他にも一つ……」
ワタルは先ほど、かなにした会話とほぼ同じ内容の事を、桐華に伝える。
「……そう、川崎君が」
「あぁ、ま、心配はいらないぜ。きっと自信をつけて戻ってくるって」
「…………そうだといいけど」
いつも以上の長い沈黙の後に、桐華はそう告げた。何の変哲もない一言だったが、何故かワタルはその一言がいやに引っかかっていた。
「とりあえず明日は頼むぜ!」
「……うん。がんばる」
桐華との電話を切る。一体あと何回の予選をこなせば良いのかは、全くわからない状態だが、今は一つ一つを大事に勝っていく事が、優勝への最大の近道だった。明日は予選第三回戦、微妙な曲者と評価されるディーパーディーパー戦である。