カナトミナⅣ!
気づけば私は自分の部屋で、一人何もせずに座っていた。
みなが大会へ出てから今日が三日目。時間は十五時を回ったところだ。本来ならば、みなはこれぐらいの時間に帰ってくるはずだった。今頃、汗を流して、みんなで適当な雑談なんかして、それで私とこの三日間の事を一緒に話すはずだったのに。みなの姿はどこにもない。
――今から約九時間前。私達はみなが運び込まれた病院にいた。緊急だった為、みなが向かった大会会場の近くの病院へ緊急搬送されたらしい。早朝だった為か、人気はあまり無かった。
「残念です……我々も全力を尽くしましたが……」
私達家族が着いて第一声がそれだった。お父さんは呆然と立ちつくし、お母さんはその場で泣いていた。私は涙も出なかった。それ以前に目の前で起きている真実が、いまだに理解できていなかったのだ。それ以前に心も体も全く機能していない自分に気づく。
しばらくすると泣き崩れていたお母さんを立ち上がらせ、お父さんが声をかけてくる。
「かな……これから、みなの所へ行くよ。一緒に行こう」
「いい」
椅子に座り、視点の定まらない目でどこかを見ていた。お父さんの言葉をただ遮った。
「かな――」
「あなた……」
お母さんがそれを制していた。
「ふぅ……私達は先に行ってるから、かなも落ちついたら来なさい。良いね?」
お父さんの言葉にとりあえず頷いた。いや頷いたのかもわからない。本当は行きたくなかった。
見知らぬ天井を見上げ一人つぶやいていた。
「みなの所……それってどこ?」
あまりに実感がわかない。だってほんの二日三日前まで、みんなで笑って過ごしてた。みなが大会で出かけるのだって半ば当たり前の事。出かける度に帰ってきては、離れてた空白の期間を一緒に話し合った。……今回だってそうなるはずだった。
「いきなり亡くなったなんて言われたってっ……信じられるわけないよ……」
私は人目も気にせずに、涙を流した。ただ嗚咽は出なかった。ただただ静かに涙が頬を伝っていく。
「すみません……相沢みなさんのご家族の方ですか?」
突然の声に私は涙を拭き、声がした方を見ると体つきの良い男の人が立っていた。
「そうですけど……貴方は?」
「私は相沢みなさんを含めた選手管理の責任者をしていた赤羽努という者です」
「はい……」
赤羽さんという人は申し訳ないといった顔で私を見ていた。
「何と申し上げたら良いか……私達の管理が甘かったせいで……」
赤羽さんは本当に申し訳なさそうにしている。それが何故か私の心を苛つかせた。多分、今は誰に何を言われても苛立つと思う。ただ一つだけ、この人に聞きたい事があった。
「謝らなくても良いです。何回謝られたって……みなは帰っては来ないんだから。それよりも聞きたい事があるんです」
「……なんでしょう?」
「みなはどうして死んだのですか?」
それだけが知りたかった。夜中に突然の知らせを受けただけで、死因が全くわからなかった。誰かのせいならその人を恨みたかった。そうしないと私の心が押し潰されそうだから。
「私も、その場にいて見ていたわけではないので……これは聞いた話なんですが」
「……どうぞ」
「昨夜ほぼ全ての日程が終了し、ほとんどの選手が帰り支度を済ませていた時の事です。……修学旅行のような気分もあったのでしょうね。小さな子達が数人、階段の近くで遊んでいたらしいのです。その時に通りがかった相沢みなさんが階段から落ちそうになった子を助けたらしいのです。そして……」
「もういいです!」
もう聞きたくなかった。子供を助けて自分が落ちた。みならしいといえば、みならしい。
「それで……その子供はどうなったんですか?」
「……怪我もなく……無事でした」
「……そう、ですか」
遊んでいた子供は無事だった。みなは死んだ。どうしてみなが死ななければならなかったの。みなに対する自問自答だけが頭の中を走っていた。いつの間にか、赤羽さんはいなくなっていた。
――気がつけば、私はみなのいる部屋へ来ていた。お父さんですら項垂れている。お母さんのすすり泣く声だけが響いていた。私は扉を開けて、みなに……いや、みなだったものに近づく。
顔にかけられている白い布を取る。そこには確かに十年以上も見てきた顔があった。格闘技の大会だったというのに一撃も受けていないみたいだった。それに階段から落ちたと聞いていたけど、顔は綺麗だ。むしろ白くなった顔は、どこかこの世の美とは違う美しさがあった。きっと頭を強く打ったのだと思う。
「みな……あんたバカだよ。気持ちはわかるけどさ……死んじゃったらなんの意味もないじゃない。……みな……。ねぇ、目を開けてよ……あと少しで夢が叶うんじゃなかったの? あと少しで念願だったリトルウォーズに参加して、優勝して……みなが作った格闘技が最高だって、証明するんじゃなかったの……?」
「――――」
みなは何も答えてくれなかった。少しすら動いてくれなかった。手を握ったみなの手は温かさがなかった。
「……子供は無事だったんだって。良かったよね、みなはきっと喜んでるよね? ……かなは……かなは、正直嬉しくないよ……。……みなと一緒に料理するの、凄く楽しみにしてた。ねぇ、みな……最後のお願い、ううん、ワガママ。一度だけで良いから、一緒にお料理しようよ。かなの……最後のワガママだから、もうワガママ言わないから……!」
「――――」
「…………わかってる。わかってるよっ! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……ちくしょう!!」
私は感情を抑えきれず、その勢いのままに、みなが寝かされているベッドを力一杯に叩いた。握った手から血が滲み、白い布を染めた。そして、感情のままに泣いた。
私は、みなに比べるとあまり良い所がないお姉ちゃんだった。きっとこうして泣いていても、慰めてくれるのはいつもみなだった。そのみなの温もりが好きだった。でもその温もりはもう無くて、代わりに伝わってくる冷たさが私の悲しさをさらに大きくしていった。
――一体どれぐらいの時間が経ったのだろうか。わからなくなる程、私は泣いていた。もうどんなに泣こうとしても涙は出なかった。もう心を縛る悲しみという鎖は無かった。流すだけの涙を流し終えた私の頭はスッキリとしていて、ある考えだけが私の頭の中を支配していた。
「みな……『みな』に比べれば何もできない『かな』だけど、できるかな? こんなかなだけど、途中からならゴールできるかな? みな……行こうよ、ゴールまで。みなが示してくれた道は、かなが歩くよ。……かなとみな、で……一緒にゴールしよう!」
唐突な考えかもしれない。でも、やろうと決めた。みなの技術は、かなの体で実践する。心は一緒。二人でやればゴールできる。
高校生限定の大会、リトルウォーズ。残りの猶予は約三年、いやほぼ二年と考えて良い。
「二年……でもやるよ。みな……行くよ!」
みなが残した星蹴拳。やってみせる全力で。