カナトミナⅢ!
みなが大会へ出発してから一日目。その日は何事もなく過ごした。お父さんがいて、お母さんがいて、でもみながいなくて少し寂しくて、それでも時間は進む。
その日の夜中に、みなからの連絡があった。どうやら会場に到着してからも、慌ただしく日程が進んで連絡ができなかったみたいだ。私は何事もなく過ごした事、みなは慌ただしく過ごした事なんかを、長電話で話し合った。そして長電話しすぎてお父さんに怒られた。「また明日」その言葉をお互いに掛け合って電話を切った。
「かな、気持ちもわかるけど、長電話も程々にな」
「はーい!」
お父さんは注意したものの、きびしくは怒っていなかった。お父さんは優しいから滅多に怒らない。
時計を見ると夜の十一時。もしかしたら明日は、みなからの連絡が早いかもしれない。そんな事を想いながら、明日は早く起きていつでも連絡がとれるようにしておこうと思う。
「明日は早く連絡が来ると良いな」
「お父さん……うん、そうだね!」
なんだかんだ言って、気持ちをわかっていてくれるお父さんがいて嬉しかった。
「お父さん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
その日、私は眠りについた――。
――そして二日目がくる。何故か気持ち的にも興奮していたのか、あまり寝付けなかった。何度か水を飲みに起きてしまってもいた。最近は熱帯夜だった事もあって寝苦しかったのも、理由の一つだと思う。
「かな、寝られなかったの? 目の下にクマができてるわよ」
「うん……ちょっと寝付けなくて」
「連絡が楽しみなんでしょう。連絡がきたら起こしてあげるから寝れば?」
「うーん……」
正直なとこ確かに眠さはあったけれど、二度寝したい気分でも無かった。
「大丈夫、起きてる」
「そう、あまり無理はしちゃ駄目よ」
「わかってるよ」
とは言ったものの、本当に眠い。でも連絡が来るかもしれない。なんだか不思議な気分のまま日中を過ごしていく。しかし睡眠時間が足りていないせいで、変なテンションになってしまっているのか、何故だか変、というか嫌な感覚がつきまとっている。まるで何かがスッポリと、抜け落ちてしまっているような感じが気持ち悪い。
「お母さん、お父さんは?」
「お仕事よ。それがどうしたの?」
「ううん、なんでもない」
当然だ。学生は夏休みでずっと遊んでいる時期だが、社会人のお父さんに基本的なお休みは日曜日だけだ。平日の午前に家にいるわけがない。だから今、家にいるのは私とお母さんだけだ。
「かな、暇ならちょっと手伝ってくれない?」
「あ、はい」
みなの連絡を待つにしても、手が空いてる事に変わりはない。私は、お母さんの家事の手伝いをする事にした。ただ手伝っている間も一種の胸騒ぎが消えなかった。爆発するように鼓動を刻む心臓。何故こんな胸騒ぎが起きているのかもわからなかった。
私は手伝いを一時中断して、部屋に置いてある携帯を取りに行った。みなと、お父さんに連絡をしてみたいと思ったからだ。
「できたら連絡してほしい」
こんな感じの内容のメールを、二人の携帯に送った。その内、お父さんはタイミングが良かったのか、すぐに連絡が返ってくる。
「どうした? 何かあったのか?」
「ううん。何か急に心配になっちゃって、忙しいのにごめんなさい」
「いや構わないよ。みなからの連絡はあったのかい?」
「まだだね。一応メールはみなにも送ったんだけど」
「そうか。気持ちはわかるが、信じて待ちなさい。父さんから言えるのはそれだけだ」
お父さんも忙しそうだったので、手短に用件を伝えて電話を切った。「信じて待ちなさい」お父さんのその言葉が何となく嬉しかった。お父さんの言うとおり信じて待とうと思う。そう考えたら何だか、気が楽になってきた。お母さんの手伝いが終わったら、少しだけ寝ようかなと思った。
「こら! どこ行ってたの、もう全部終わっちゃったわよ!」
戻ってくると、お母さんが全て片づけた後だった。私はその場で怒られた。お母さんは怒ってもあまり恐くはなくて、説教がダラダラと続くタイプ。数分のお説教の後、許されて台所でお茶を飲む事になる。
まだ妙な胸騒ぎは消えなかったが、お茶の温かさからか、包み込まれるように不安は和らいでいった。やっぱり日本人はお茶だなと一人で実感する。ただあまり飲み過ぎるとお茶の利尿作用によって、トイレが近くなってしまうから注意しなければいけない。
明日にはみなも帰ってくる。みなとの約束の料理の為の食材でも買っておこうかと思う。料理が苦手なみなの事を考慮したメニューにしたい。
「お母さん、ちょっと出かけてくるね!」
「早く帰ってきなさいよ」
私は家を出た。考えていても仕方がないので、とりあえず食品売り場でも適当に歩いてみようと思った。でも一応教える候補はあった。それは「肉じゃが」女の子としては覚えておいて損はないメニュー。作り手によって全く違う食べ物になるという点で、ある意味では「みそ汁」並に自分が出てしまう一品かもしれない。それを言ったら料理はほとんどがそうなのかもしれないけど、とりあえずみなが作れるメニューを考えると、やはり「肉じゃが」にしようと考えた。
歩いていると赤いハチマキをした男の子が、元気に遊んでいた。遊んでいた、というのは表現的におかしいのかもしれない。その男の子は木刀を振り回していたからだ。あまり変な人に目をつけられても、女の子という立場上で非常に困るので無視して歩く事にする。
食品売り場に着くと、早速肉じゃがのメニューをかき集める。はたしてみなは作れるだろうか。それだけが心配だった。運動に関しては何をやらせても凄いのに、家事的な事は一切できない子だからだ。いやただ単純に「できない」というよりは「やらない」という方が正しいのかもしれないけど。やればできる子のはずなのだ。
家を出てから帰るまでに約一時間。あたりも少しずつ暗くなってきたので、足早に帰る事にした。
「ただいまー!」
「おかえり。意外と早かったわね」
「何それ。意外って?」
「かなは出かけると必ずフラフラと歩き回るから、もっと遅く帰ると思っていたわ」
実の母親から酷い言われようだ。そんなフラフラ歩き回るなんてそんな事はないはず。
お母さんが既に夕飯の用意をしているようで、家の中はとっても良い匂いがする。日本の食卓の定番のみそ汁だろう。お母さんのみそ汁は「ややしょっぱめ」相沢家の味付けは基本的にややしょっぱめなのだ。
「あ、そうか。みなには味付けもしょっぱめで教えないとね」
みなに料理を教えるのが楽しみで仕方がなかった。
みなが大会に行ってから二日目の夜。私はお父さんとお母さんに囲まれ、平凡な日常を過ごす。いつものようにみんなで夕飯を済ませ、いつものようにお風呂を済ませた。そして時刻も夜の十時をまわった。
「いよいよ明日か。みな早く帰って来ないかなー」
私はワクワクした気持ちを落ちつかせながら眠りにつく。心臓の音がうるさくて、なかなか眠れなく時間だけが過ぎていく。すると途端に家の電話が鳴ったのが聞こえる。まだ起きているお父さんかお母さんが出るだろう。時計を見ると既に一時間が経過した十一時。いつの間にか忘れていたが、嫌な予感が今更になって走る。家の中が途端に慌ただしくなった気がした。
私の部屋の扉がノックされた。
「かな。起きてくれ、かな」
お父さんの声だ。普段から冷静なお父さんの声が、いつもよりも冷静に聞こえる。いや冷静に努めようとしている。
「何、お父さん?」
お父さんは静かに私の部屋を開けて、明かりをつけた。
「かな……落ちついて聞いてほしいんだ」
「何……?」
嫌な予感が体中を包んでいる。さっきの心音とは違うタイプの心音がうるさい。
「今、病院から電話があったんだ。その……みなが、みなが……亡くなったって……」
私の体がフリーフォールのように墜ちていく感覚が包んでいった。今聞いた言葉が信じられなかった。