カナトミナⅡ!
夢の中で、夢を見る。かな自身もこれは夢なのか、現実なのか判断がつかなくなってきている。この夢が持つ特有の生々しさすらも、既に慣れていってしまう。現実の住人と、夢の住人の区別とはどこから始まるのだろうか。
「お母さん、今日も勝ったんだぁ!」
「そうなの。みなは本当に強くなったわね」
かなは自分の部屋にいる。そこからでも聞こえるぐらいの元気が良い、大きな声でみなは母親と話をしている。恐らくはその後に、かなの元へと報告に来るだろう。みなの単純明快な性格は非常に読みやすく、その筒抜けの思考にかなは思わず笑みをもらす。
と、予想通りに大きな足音と、かなを呼ぶ大きな声が近づいてくる。その騒音の主は、大まかな合図もせずに、かなの部屋を開け放つ。
「お姉ちゃん!」
「勝ったんでしょ? ふふふ、ちゃんと聞こえてるよ」
「やったんだ、みなの星蹴拳は遂に頂点に立ったんだよ!」
かなはその言葉から理解する。意識が飛ぶ前の世界では、まだ星蹴拳は完成していない。それがみなの口ぶりから完成したとすると、どうやら時系列は大きく進んだらしい。よく身なりを確認すると、髪の毛が「あの時」よりも若干伸びている事からも予想がついている。
「あとは……リトルウォーズだ!」
「……え?」
夢の世界に来て、ようやく現実に戻されたような言葉を耳にする。
「あれ、お姉ちゃん、知らないの? 今はまだ知名度的にいうと知られていないのが現状なんだけど、実は全国から隠れた強豪がひしめく大会なんだ。みなの星蹴拳は完成した。だからあとこの歳で取れる最後の、そして最大の栄光であるリトルウォーズ。これに優勝して星蹴拳こそが最高の蹴り技格闘技だって事を証明するの!」
まるで生涯の自分の夢を語っているかのような、自信と期待を内に秘めた目をしている。その目を見ていると、かなも心が躍っていくのがわかる程だった。
「最後の栄冠って?」
かなはわかっていたが、今の世界観を把握する為にあえて聞いてみる。
「あれ、お姉ちゃん。何回も見せてあげたじゃない。まぁ良いや、お姉ちゃんこっち来て!」
慌ただしく、部屋から出て行くみな。行かないとまた大きな声でワガママを言われてしまうので、仕方が無くかなはみなの後を追う。行き先は恐らくはみなの部屋であり、仮に違うとしても自宅なのだから迷う事も無い。
かなも部屋を出て、とりあえずみなの部屋へと向かう。予想は的中して、やはりみなの部屋である。その部屋には色々なトロフィーが飾られている。よく見てみるとそれら全てが格闘技の大会のものであり、全てが一位のトロフィーばかりではなかった。中には参加賞としての安物のような飾りもあった。
「相変わらず、この飾りの多さは圧巻ね」
「うん、みなの誇りなんだ」
「誇り……?」
「うん、見ての通りだけど、一位のトロフィーが飾られるようになったのって最近なんだよね。それまではベストスリーにも入れない日々が続いたし、名前も残せないような完敗も続いた……。でもそういった敗北とかの悔しさがバネになったから今のみながいるの。全ての経験は今のみな。負けた経験も勝った経験も全てが大事な欠片なの。だから誇り!」
みなはそれらの経験を、かなに聞かせる。勝った話よりも、負けた時の話を嬉しそうに話すみなに、かなは不思議な気持ちを抱いていた。
「だから全ての経験をリトルウォーズにぶつけるんだ! コノヤローって!」
「あとはリトルウォーズだけかぁ……がんばれよ、みな! 負けるなよな、みな!」
せめてこの世界のみなには自分の手で栄光を掴んでもらいたい。そう思ったからこそ、かなは心の底から応援する。みなの星蹴拳は最強で最高である。そんな夢を追い続けていてほしいから。
――それから、みなはフォームチェックをするとの理由で、再び外へと出て行ってしまう。かなも頭の中を改めて整理したいと思い、自分の部屋に戻り横になる。
「忘れてたのかな。あれ程意識していた事なのに、みなと会った事でまた思い出せた……みな、ごめんね。かなの負けは、かなだけの負けじゃないんだよね。……みなはサッパリしてるから許してくれると思うけどさ……でも、かなは悔しいよ」
夢の世界で、睡魔に襲われていく。夢の中で夢を見るという奇妙な感覚が、かなを襲っている。これはこの夢の世界の時代よりも、少しだけ現代に近くなったお話である――。
「じゃあ、行ってきます!」
自宅の玄関先で、みなが立っている。真夏の太陽と、蝉の鳴き声が鬱陶しく感じた、中学三年生の夏。みなは相変わらず自信満々というか、とにかく明るい笑顔でそこに立っている。中学生活の最後の大会があるらしく、これに優勝して来年のリトルウォーズに弾みをつけたいと、みなは言っていた。
「みな、気をつけるんだよ」
「あなた、みななら大丈夫。きっと余裕で優勝よ!」
「うん、みなは勝っちゃうよ!」
お父さんと、お母さんがそれぞれ言葉をかける。
みなは軽口を叩いているけど、これがみなのペースなのはわかっている。みなはいつだってこんな感じで、いつも自信が無い私とは大違いだった。
「お姉ちゃん!」
「うん!?」
突然、話しかけられてしどろもどろした返事になってしまった。普通は緊張するのは、みなの筈なのに、何故か私が緊張してしまっている。そんな私の事を察してか、かなは元気いっぱいな笑みを浮かべてくれる。どっちが姉だかわかったものじゃない。
「みなは勝ってきます。勝ってリトルウォーズに出場して、最高の栄光を掴みたいと思います!」
「うん、がんばってね」
「ノンノン」
「え……?」
みなは人差し指を立てて、違うという旨の行動をとる。たまに出てくるみなの癖。ちょっとかわいい。
「みなは、お姉ちゃんとその栄光を味わいたいの!」
「え、と……」
「……だから、お姉ちゃん。みなの事をうんっと応援してね、いや、しなさい!」
その立てていた人差し指を私に威勢良く突き立てる。おでこに突き立てられて、少しだけ痛かった。でも何だか可笑しくて、お父さんとお母さんがいるのも気にせずに、二人で大笑いしていた。
「じゃあ、今度こそ行ってきます。帰るのは三日後になるから。あ、お姉ちゃん、帰ってきたらしばらく暇になるし、お料理でも教えてもらおうかな」
「うん、良いよ。みなも女の子なんだから格闘技ばかりじゃなくて料理の嗜みぐらいできないとね!」
「もう、お姉ちゃん、それ言わないで!」
そう言って、かなは玄関の扉をくぐり、外へと走っていった。夏の日差しに、みなのショートヘアが快活に映ったのを覚えている。それに帰ってきたら、みなと料理を作れるのが何よりも楽しみだった。三日間に及ぶ、中学生活最後の大会。子供から大人まで様々な年齢層の人が集まって、そこで試合をすると聞いている。
何にしても、今の私ができるのは、みなが無事に優勝できる事を祈るだけ。それとみなが帰ってきた時に備えて、簡単な料理を考えておく事だった。
「ふわぁぁぁ……眠いなぁ。お母さん、ちょっと二度寝するね」
「かなが二度寝? めずらしいね、良いわよゆっくり寝なさいね」
みなの見送りが朝早かった事もあって、微妙な睡魔と共に瞼の重さを感じる。きっとこのタイミングで二度寝すれば気持ちよく睡眠できるはずだ。それに今は夏休み、みなが帰るのも三日後で結構暇だし、時間をこんな風に使うのも、学生の特権として考えれば良いものだと思った。
「みなには悪いけど……おやすみなさい」
私は深い心地の良い闇の中へと埋もれていった。