カナトミナⅠ!
携帯の電源を切ったワタルは、同じくして空を見上げている。場所が変わっても全く変わらぬ、真夏の太陽がワタルを照らす。
「ヒロキ……信じてるからな」
三回戦のディーパーディーパー戦へ向けて。その為の戦力強化を図った練習試合だった、だが思っていた方向とは予想もしない事が起きてしまっている。微妙ながらも険悪な感じになってしまった、かなと桐華の今後。突然のヒロキの申し立て。まとまるはずのチームが少しだけ、バラバラになっていくような錯覚がワタルを襲っている。
「バカ、信じろワタル。仲間を……信じるんだ」
今はそれしかできない。もう戦いは始まっているのだ。何があろうと優勝へ向けてマックスハートは走っている。そして仲間達も思いは違えど、優勝の二文字を共に目指してくれているのだ。リーダーとして今のワタルにできるのは信じて待つ事のみだ。
ワタルはおもむろに、携帯を取り出し電話をかける。
「……はい」
「あ、トーコか?」
「……ワタル?」
「あぁ、無事に家に着いたか?」
少しの間があったが、桐華はいつもと変わらぬ口調で話す。
「……うん。無事に着いてる。どうしたの?」
「いや、ちょっとな。ほら、今日なんか少しだけ険悪な雰囲気になっちゃったろ? それで――」
「……相沢さんの事? 大丈夫、相沢さんと私は別に喧嘩になってるわけじゃないから。それに相沢さんはそんな人じゃない。見た目通りもっとサッパリした性格の人、ただちょっと感情的になっただけだと思う」
たった今、戦った者が感じ取った事だからか。同じ女だからなのか。いまいち理解できずにワタルは話を進める。
「あ、あぁ。まぁ。大丈夫なら良いんだけど、さ」
「……何かあったの? ワタル、何か迷ってる」
「いや、大丈夫。とりあえず今日は休めな、三回戦の日程が決まったら即連絡するからよろしくな!」
電話を切ると、妙な虚しさがワタルの心にあった。「何か迷ってる」そんな桐華の言葉が何故か心を刺している。何が刺しているのか、何故刺されているのか、今のワタルにそれを知る術は無かった。
桐華は大丈夫だと言っていたが、ワタルは気になっていた為に、かなにも電話をかけてみる。しかし、数回のコールをしたにも関わらず、かなは電話に出ない。
「……ふぅ。まぁ、トーコの言葉を信じよう。俺ってこういう時に無力だな。こういう時っていつもヒロキが……やめよう。ワタルの馬鹿野郎。一週間じゃないか、テメェはヒロキの兄貴分なんだろ? しっかりしやがれ!」
自分で自分に喝を入れる。とにかく雲がかかったような、モヤモヤした感情を晴らしたかったからだ。
――同日。相沢かな宅。
そこには浴室で頭から冷水を、自ら被るかなの姿がある。その表情は相変わらず見えない。ただ頬をつたうものだけが確認できる。
シャワーを止めて、そのまま浴室を出る。バスタオルで全身を拭き、新しいバスタオルで頭を拭きながら、二階へと上がっていく。そして自分の部屋へとたどり着くと、倒れるように自分のベッドに横になる。そして飾ってある妹の相沢みなの写真を眺める。
それを眺めていると、まるで引っ張られるかのように睡魔が襲い、かなを暗闇へと誘う。
――目が覚めた先は、自宅の庭だった。そこには死んだはずの妹、みなの姿がある。かなは一瞬でこれが夢の世界なんだと認識する。しかし夢の中とはいえ、目の前にいるみなの事が気になっている。
とても悲しそうな、いや悔しそうな表情を浮かべている。そしてその表情と共に、蹴りの練習をしている。その蹴りは夢の中とはいえ鋭く、当たれば致命傷は免れないだろう。
「もう、お姉ちゃん聞いてる!?」
「……え?」
みなは、かなに話しかけた。かなも夢の中の自分は第三者だとばかり思っていた為、ピンポイントで自分が呼ばれるとは思っていなかったのだ。かなは夢の世界であると考え、適当に話を合わせようとする。
「え? じゃないよ、全く! 悔しいよ、負けちゃったよ!」
「……どうしたの、みな?」
「また試合に負けちゃったの。あと少しって内容じゃないの、なんか完敗したような感じ!」
「負けたんだ、じゃあ今のかなと一緒だね」
みなはその言葉に、少し驚いたような表情でかなを見ている。
「お姉ちゃんも、負けたの?」
「うん、完敗ってわけじゃないけど、紙一重な内容でもなかったかなって」
「ふぅん。お姉ちゃんが負けたって何、料理とか?」
「違うよ、試合。戦いだよ」
「え……?」
かなの言葉に、再び驚きの表情を見せるみな。夢にしては妙に生々しいと、この時かなは思っていた。まるで夢を見ているというよりも、過去に戻ってきているようなそんな感覚。
「お姉ちゃん、だってお姉ちゃんは格闘技とか、暴力的な事は絶対に嫌いって……」
「え、あ、うん」
「……そっか、お姉ちゃんも格闘技やってたんだ。じゃあさ、みなと組み手やってよ!」
「え……」
「みなが今、試行錯誤して改良中の最強の蹴り技格闘技を見せてあげちゃうよ!」
みなは凄くやる気に満ちている。みなの性格上から、このパターンは断れない事をかなは知っている。妙に生々しい夢といえばそれまでだが、所詮は夢である事に違いはない。不謹慎かもしれないが、かな自身も、みなと戦ってみたい気持ちはある。
「わかったよ、みな。但し五分だけだよ」
「やったね! あ、お姉ちゃん、その前にその長い髪は邪魔にならないようにしないと」
言われて初めて気づく。夢の世界では自分の髪の毛も昔に戻っている。長くて綺麗なその髪を後ろで束ねる。思えばこんな風に束ねるのが日常だった事を、かなは思い出す。ショートのみなはゴムや髪留めを持ち歩く事がないので、仕方がなく自分の部屋まで髪留めを取りに行く。今となっては、かな自身もショートの為に現実では髪留めを所持はしていない。しかしこの世界では当時のままに、髪留めを保管していた場所にそれはある。
みなを待たせているので、髪をまとめる作業に時間をかけるわけにはいかない。適当にポニーテールにまとめて、みなの元へと向かう。戻ってみると、みなは蹴りのフォームチェックをしている。その当時のかなは、みなが何をしているのかが全くわからなかったが、今見てみると、みなのやっている事は後々の星蹴拳そのものだった。
「お待たせ、みな」
「お姉ちゃん、まさかお姉ちゃんと戦えるなんて思ってなかったから、凄く楽しみだよ!」
「うん、そうだね」
かな自身も少しの楽しみはあった。夢の中とはいえ、今となっては叶わない相手との戦い。
「じゃあ五分間。行くよ、お姉ちゃん!」
みなの構えは、やはり星蹴拳。しかし今の完成した星蹴拳とは少し型が違う。例えるなら堅苦しい。星蹴拳は自由奔放な構えと動きが主体の格闘術である。どうやらこの世界の、この時期のみなは星蹴拳を完成させてはいないらしい。
「お姉ちゃん、ボーっとしない!」
「はっ……!?」
今のかなの実力をもってしても、みなの突進力は凄まじいものがある。いや、あるいは速度の点で見れば、今のかなよりも早いのかもしれない。その突進力と共に蹴り出されるミドルを丁寧に避ける。改めて見ると、みなの攻撃は大振りなものが多い。丁寧に捌いていけば早々当たるものでもない。
「えい! やぁ!」
大振りな攻撃をしてくる割に、その回転は早い。大振りの中に抜群の小回りを持っている。かなは自分との絶対的な運動性の違いを見せつけられる。何よりも、みなの突進力がより凄く感じるのは、みな独自の単純明快な攻め方にもあるだろう。自分自身とは違う星蹴拳に発見する所は多かったのだ。
「……あれ?」
その世界観に違和感を感じる。今までそこにいたのに、途端にその世界の住人ではない感覚が陥る。目の前のみなが、徐々に消えていく。次に視界が開けた時は別の世界観が構成されていた。