二人を巡る歯車!
「さぁ、オレサマ達もやるか!」
暑さに負けないように、気合を入れて腹から声を出すように言葉を出す。全員集合までの待ち時間。十五分とはいえ、かなと桐華の戦いを見ている。ワタルもヒロキも正直な話、あまり長くはいられない。
「兄貴……本当にやるの? 熱中症になっちゃうよ……?」
「うむ……確かにやらないというのも考えたけどな。でも男に二言は無ぇ! やるといったらやる!」
それはトレードマークの赤いハチマキにも表れていた。これも長い付き合いからか、赤いハチマキをしたワタルは「やるといったらやる」男である。ヒロキはそれを手に取るようにわかっていた。
「ふぅ……」
色々な感情の入り交じった溜息を一つ。用意してあった木刀を構える。勿論の事だが、手抜きや手加減などしようものなら、後々ワタルにどんな罰ゲームを出されるかわからない。故にヒロキはどんなに暑くても、辛くても、全力でこの試合を臨まなければならない。
「よし、良いぞヒロキ」
見せつけたヒロキの気迫が嬉しいのか、あるいは暑さのせいなのか、ワタルの目はやけにギラついている。ただそれに不気味さは無い。むしろ歓喜の不気味といった方が良いのだろう。
「試合時間は同じく十五分。ストップウォッチで時間はわかる予定だ」
「わかった。十五分だね、兄貴。……あ」
ヒロキは何かを思い出したかのように言葉を出す。
「どうした、何か忘れ物か?」
「いや、兄貴さ、僕たちの戦いがこれで通算何戦目になるか覚えてる?」
「なんだそんな事か……九百九十八戦、九百九十八勝の零敗零分だな、これはオレサマの記録だが」
「ははは……僕の負け越しなんだよね。……もうそろそろ僕たちの戦いも千戦目だね」
「あぁ、千戦目の勝利もオレサマが頂くぜ」
「そうは、いかないさ!」
二人はお互いの木刀を、相手に向け構える。二人揃って既に見慣れた構え。だから二人に合図は必要なかったのだ。
「よっしゃぁ!」
「ふっ……!」
お互いの心のタイミングというのか、それが合図となり、その剣を交差させる。重く強い攻撃をヒロキへ。鋭く切れる剣線をワタルへ。これが二人のいつも通り。
最初の牽制は力で勝るワタルがヒロキを強引に吹き飛ばす。この強引さをわかっているからこそ、ヒロキは吹き飛ばされても難なく着地をする。そしてワタルは、容赦なく力任せの攻撃をヒロキに浴びせる。
「ぐっ!!」
その一撃を剣を盾にする事によって受ける。受けたところでワタルの豪腕を、ヒロキが完全に受けきれるわけでもなく、衝撃により後ずさる。間髪入れずに再度、ワタルからの追撃を受けきる事ができずに、ヒロキは大きく後方に吹っ飛ばされる。
「イ……テテ。くそぅ、わかってはいるけど、全く反応できない」
言葉通りの意味である。何戦もこなしているからこそ、二人はお互いの手の内や呼吸がわかっていた。しかし、ヒロキからするとわかっているという程度のものであり、わかっていても圧倒的な戦闘能力を備えるワタルを相手に、何とか受けきるのがヒロキにできる精一杯である。
「バカ。お前が攻めないだけだぜ。もっと攻めてこいよ」
「わ、わかってるさ。わかってはいるけど……」
わかってはいるけど、攻撃できない。それはヒロキのできる事なら相手に痛い思いはさせたくない、という考えからくるものである。今までの戦いでも時として攻撃はしていたものの、それでもヒロキは極力攻撃を控えていた。
「わかってるよ、ヒロキ。お前は優しいからな……でも攻撃しないとお前が攻撃されちまうんだぞ?」
「そう、なんだけど……」
「……ふぅ。止め止め」
「え、兄貴? 大丈夫だよ、僕はやれるよ」
「暑いんだよ、これ以上やったら本当に熱中症になっちまう」
聞く耳持たず。ワタルは突然試合を止めて帰ってしまう。
「お前も早く帰って頭冷やせよな!」
「え?」
「暑いからな!」
それだけ言って本当に帰ってしまった。誰もいない殺風景な公園の真ん中に、ヒロキは一人取り残された。
「兄貴。怒ったんだろうな……そりゃそうか、兄貴、あまり態度に出さないけど本気で優勝目指してるんだから」
一人、真夏の太陽がある空を見上げる。晴天ともいえる天気で、雲もほとんど無い。あるのは眩しいぐらいに照りつける太陽だけだ。その太陽の熱が自分を包んでくれているのが、ヒロキにとって心地よさを感じさせてくれている。
「僕は……強くならなくちゃいけないんだ。肉体的にも、精神的にも」
砂利を踏みしめる音が聞こえる。自分の考えに夢中で、人の接近が全くわからなかったのだ。
「もし。ちょっと良いですかな?」
見るとこの暑さなのに、長袖の紳士服を着た老人が立っている。老人と判断したのは髪の毛、そして立派な口髭が白に染まっていた為である。何よりも物腰が非常に落ちついている。
「えっと、貴方は?」
「失礼。私はこういう者です」
老人は胸ポケットから名刺を取り出し、それをヒロキに手渡す。
「……なんですか、これ?」
「一言で言ってしまえば、貴方を強くしてさしあげようと思いまして」
「いや、それは名刺を見ればわかるんですけど。これってその……道場みたいな感じの?」
「まぁちょっと違いますが、コンセプトとしては、似たようなものですな。今すぐ返事がほしいわけではない。ゆっくりと考えてくれても良い。但し時間はそう長くは取れない、だからできる限り急いでほしいんだ」
老人は名刺とその言葉だけを残し、その場を立ち去ろうとする。
「あ、あの、なんでこんな事を?」
「なんで……ですか。君には才能があります。一週間……一週間だけでも私の所へ来ていただければ、君を先ほどの少年の強さに匹敵するぐらいの、能力アップをしてさしあげましょう」
「兄貴に、匹敵する……?」
公園の外に待たせていたのか、老人は高級そうな車に乗っていってしまう。
「一週間で兄貴に匹敵する? そんな事が、だって兄貴は僕よりも数段強くて、憧れで」
ヒロキは悩んだ。それしか頭の中に無くなる程に。それぐらいに老人の言葉と要求はヒロキを突き動かしていた。何よりも自分自身がワタルと同等近い能力を備えれば、リトルウォーズ優勝に一歩近づく事ができるのだから。だが、一週間である。一週間の間には三回戦目にあたるディーパーディーパー戦がある。いや日程の組み合わせによっては、そのまま四回戦も通り越してしまうかもしれなかった。
「……大丈夫、きっとみんな勝つさ」
携帯を取り出して、登録されている電話帳からワタルの番号にかける。
突然響いた携帯の着信音。誰かと思い携帯を確認する。
「ん、ヒロキ? なんだよ一体。もしもし、ヒロキか?」
「あ、うん。兄貴ちょっと話があるんだけどさ」
「なんだよ、別にさっきの事は怒ってないぜ? 次がんばれば良いんだからさ」
「いや、うん、それもあるけどね。ちょっと一週間だけチームから離れようと思うんだ」
突然の提案に、ワタルは目を丸くさせる。普段から突拍子もない事を言わないヒロキが、突然こんな提案をしてきた事に心底驚いていた。
「突然、どうしたんだ?」
「いや、本当に一週間だけだから。もっと強くなって戻ってくるからさ」
「……お前……いや、何でもない。一週間だな、なら三回戦は絶対突破してやる。だからちゃんと戻ってこいよ?」
「うん、絶対に戻ってくる。兄貴、優勝しよう」
「……当たり前だろ」
そのまま携帯の電源を、二人同時に切る。全ては突然の出来事。これは偶然なのか必然なのか。二人を巡る歯車に歪みが生じ始めた。