二つのマジックガン!
――七月二十三日。午前九時。
桐華は基本的に、いつも早起きである。毎朝、五時ぐらいには既に起床し、女の子らしく朝風呂を済ませ、ほとんど自分で用意した朝食を食べる。その後に、父親と母親が起きてきて桐華が作った朝食を食べる。
「あぁ……桐華、今日も早起きだね」
これは半ば決まりきった、桜井家の朝の挨拶である。
別に見たい番組があるわけでもなく、全員分の朝食を作りたいわけでもない。早寝早起きをしているうちに身に付いた習慣である。それに当然の事だが、桐華の父と母が起きるのが遅いわけではない。この朝の光景が見られるのは早朝六時半の出来事だからだ。つまり普段なら七時には父と桐華は、それぞれ会社と学校へと出て行く為、家にいるのは母親だけとなる。しかし今は、学生の特権でもある夏休み中なので、桐華も家で少しの時をくつろいでいた。
「桐華、宅急便が来たわよ。出てちょうだい」
母親に応答するように頼まれる。桐華の母親の名前は桜井華織という。
宅急便の応答の為に、印鑑など必要な物を持っていく。恐らくは自分の物だと桐華は直感でわかった。今まで散々言ってきた「武器が無い」という事態を解決する為の物である。
「どうも、お届け物です!」
そう言って宅急便のお兄さんは、元気に挨拶をして目的の物を運んできてくれている。やや大きめだが、それでも小包といえるぐらいの大きさの箱である。外も朝だというのに相当暑いのか、宅急便の人は今の時点で相当な汗をかいている。汗が小包に落ちないようにしてくれているようだった。
桐華は必要な代金と、領収書へのサインを済ませる。すると宅急便のお兄さんは笑顔で「ありがとうございました」と言って、足早に退却していく。
「……あ」
何かを言おうとした時には既に手遅れで、その人は既にトラックに乗って次の目的地へと向かう。丁寧な気配りをしてくれたお礼として、桐華はせめてお茶でも出そうと思ったが、時は既に遅かった。
仕方がないので桐華は自分の部屋へと向かい、肝心の小包を開けてみる。そこには特注品と書かれた、さらに小さな箱が入っている。さらにその箱を開けると中からモデルガンの箱が二つ程出てくる。桐華は商品の箱を開けて、現物のチェックをする。一つ目は「M1911A1 ガバメント」と呼ばれる銃である。二つ目は「デザートイーグル」である。ガバメントはいわゆる普通の銃だが、デザートイーグルは女性が扱うには大きすぎるぐらいの大口径ハンドガンである。ふと見ると、桐華宛に一枚の手紙があった。
「桐華ちゃんの注文通りに仕立ててあるよ。ちょっとした噂で聞いたんだが桐華ちゃん、リトルウォーズに参加するんだってね。この銃はその為の武器なんだと勝手に解釈させてもらったよ。だからその二丁の銃の調整もかなり念入りにやっておいたから安心してほしい。ちょっと特殊な魔法を組んだ魔法銃だ。オモチャだが限りなく本物に近い。だが殺傷能力は備えていないので安心してほしい。……では、お得意様の桐華ちゃんが優勝する事を祈って。 マジックアバターより」
これが手紙の内容である。マジックアバターというのは、桐華が注文した店の名前であり、店の主人の名前でもある。実際にマジックアバターなんて名前ではないとは桐華も思ってはいるが、自称「魔法使い」と言っているだけあって、この世界の住人ではないのかもしれない。桐華もそんな不思議な雰囲気に魅入られて、一目でお気に入りになった。
早速、魔法銃といわれる二丁のチェックをする。いわゆる弾を入れるマガジン部分に特殊な改良が加えられている。弾を入れるのではなく水を蓄えるタンク。そうつまり水鉄砲である。
「……時間」
時計を見ると、約束の時間である十一時になりかかっている。母親に出かける旨を伝えると、早速届いた二丁の銃を持って、約束場所の公園と向かう。
――今日も相変わらずの晴天である。ここ数日間、ずっと夏の太陽がてりつけていて、朝に流れるニュースなどでも熱中症対策を題材にした、特集が毎日のように組まれている。
「あっちー! かなっぺとトーコはまだか!?」
「仕方がないよ、女性陣は色々と準備があるだろうし」
「準備って何だよ?」
「男の僕に野暮な事を聞かないでくれよ、兄貴」
練習試合をしようと約束をしている。待ち合わせ時間は午前十一時のはずなのだが、興奮して待ちきれなかったワタルによって、一時間も早く一緒に待たされるヒロキ。待ち合わせ場所にもなっている「いつもの公園」には毎度の事だが何もない為に、日陰も無く、この炎天下の中を直射日光全開で浴び続けている。既に練習試合前から暑さで目が霞んでいるヒロキを尻目に、相変わらずの元気で、この暑さを苦にもしていないワタル。
「……暑い……」
あまり言うものではないのは、ヒロキ自身もわかっていたが、つい口から定番の言葉が出てしまう。しばらくボーっとしていると、あまりに暇だったのかワタルは素振りを始める。その素振りをしている光景を見ているのも嫌なヒロキは、ワタルを視界に入れないようにしている。
「……待った?」
「おわっ!?」
いつの間に来たのか、桐華が立っている。ワタルもヒロキも突然の出来事にパニックになる。と、いっても実際にそうなっているのはワタルのみで、ヒロキは完全に暑さでダウンしている為に、既につっこみすら億劫になっている。
「お、それがトーコの武器か?」
「……うん」
「へー、モデルガンか。ガバメントとデザートイーグルですね?」
ヒロキは桐華の銃を言い当てる。お金が無いから買えないというだけで、ヒロキは銃好きでもある。実際、このリトルウォーズもあればエアガンを使おうと思っていた程である。実剣と実銃の使用禁止とあるだけで、実際のところガスガンやエアガン、はたまた電動ガンなどの使用は、事実上認められている事にヒロキは気づいている。桐華もその落とし穴を見抜いた故の武器選択なのだと、直感的に見極める。
「な、なんだ。そのガバガバってのは?」
「兄貴、それ下手したらセクハラだから気をつけてね。まぁ是非ともガバメントについて語りたいんだけど……」
自主的にその先の言葉を引っ込める。一度話し始めると延々と話が続くという事にヒロキは気がついている為だ。助けを求めるように桐華を見ると、まるで同士を発見したかのような瞳でヒロキを見ている。
「……今度、一緒に語りあいましょう」
「喜んで!」
実際に喋ったわけではなく、アイコンタクト上の会話である。
「……相沢さん、遅いね」
とりあえず助け船は出しておく。だが、時計を見ると既に十一時十五分であり、約束の時間を少々オーバーしている。しかし一向に来る気配が無い事と、この項垂れるような暑さで心配するどころではなかった。それから十五分後の十一時半。
「おっ待たせー!」
「おっせぇぞ!!」
待ち合わせ時刻から三十分遅れて、たった今、相沢かな到着。
長い時間、この暑さの中にいたせいで、ヒロキはほとんど死に体になっている。桐華でさえも既に涼しい顔はできずに、見るからに「暑い」と言っているのが伺える。直前までワタルですら、ぐったりしていた。
「ごめんごめん。代わりに冷たいジュース買ってきたから飲んでよ!」
「ちっ、この暑さで待たせたんだ。ジュースぐらいで収まるかっての!」
かなはコンビニで大量に買ってきたコーラを配る。
「って普通はスポーツ飲料水とかだろ?」
「男なら細かい事、言わないの!」
遅れてきたのを説教していたはずが、いつの間にかに叱られている事に気づく。かなは、ヒロキと桐華にコーラを配っているようなので、仕方が無くワタルはコーラを口に運ぶ。冷たい炭酸が喉を駆けめぐっていく感覚に浸っている。
「ワタル君」
炭酸の余韻を楽しむワタルに、かなから突然話しかけられる。
「なんだよ?」
「今日はかなが戦いたい気分なの。ワタル君、お願いできるかな?」
「……いや、かなっぺの相手は俺じゃねぇさ」
その言葉に一同がワタルの方を向く。かなの相手をワタルはしないと言うのだ。
「今日の対戦カードは……かなっぺとトーコだ!」
ワタルの思いつきか、考えがあっての事か、今回の練習試合は女性陣二人の試合となった。