天使の輪!
――七月二十二日。
前日に試合があったにも関わらず、Fエンゼルチーム内は練習風景が見てとれる。といっても、主に練習をしているのは、いわゆる補欠組などであって主力メンバーは姿を見る事ができない。
それというのも、主力メンバーの三人は顧問の石田先生に結果を報告する為に、職員室前に集まっていたからである。そしていつまで経っても職員室に入れないのは、池と仁の二人のせいでもあった。
「仁、昨日はどうして試合を放棄した? お前はもうただの不良ではないんだぞ」
「良いじゃねぇっすか、どうせ勝ったんでしょ? それにたかだか予選程度で殺られる二人じゃないんだろ?」
真面目で厳格な態度を以て仁に接する池に対して、反省している態度もなくいつもながらの態度で話す仁。相対的な二人の正確がかみ合うはずもなく、仁がFエンゼル入りしてから毎日のように喧嘩が絶えなかった。
「そういう事を言っているんじゃない。もっとスポーツマンらしく……」
「スポーツマン? ハッ、俺は石田に殺人許可をもらったからいるだけだぜ。スポーツなんてちゃちな考えでやってるわけじゃねぇよ」
池の言葉を遮ってまでも、自分の言葉を並べる。いよいよ空気が殺伐としてきた頃合いを見計らい、三崎が二人の間に入る。
「はい、そこまで。二人とも喧嘩するなよな。職員室の前だし……騒ぎを起こすのはまずいだろ?」
「……すまない。熱くなりすぎたようだ」
自分にも非があると考え、素直に三崎の言葉に従う池。やっと収まってくれたかと安堵の顔を見せる三崎を余所に、仁は続ける。
「ハッ、こりゃ傑作だぜ」
仁の言葉に三崎と池は、仁に視線を送る。だが仁は言葉を出すわけでもなく、ただ笑っていた。
このままでは仕方がないと判断し、池に合図をして半ば強引に職員室へと入室する。
「失礼します!」
職員室に入った際の決まり文句を言い、石田先生を探す。言ってしまえばどこにでもいる中年のおじさんなのだが、職員室内で石田先生を発見するのは容易で、見つけるとそそくさと石田先生の元へと向かう。
「石田先生。昨日の試合の報告をしに来ました」
「ん、あぁ。ご苦労でしたね、結果はみんなの顔を見ればわかりますが……どうしたんだい? 三人ともどこか険しい雰囲気だが……?」
年の功とはよくいったものか、石田先生には今のチーム内の雰囲気が掴めるらしい。現在のチーム内部状況を、報告するべきか三崎は迷っていた。その三崎の仕草を見据えた石田先生は、ある提案を出した。
「ふむ……仁、君はちょっとここに残ってはくれんかな?」
「……構わねぇぜ、じじい」
「仁、お前、先生に向かってその口の利き方は……!」
池がほとんど怒ったような口調で仁に注意するのを、石田先生は手で制する。その後、三崎に目配せして合図をすると、三崎は言いたい事がわかったのか池と共に、職員室を後にする。
「さて……仁。私は、別にお前に仲良くしろとは言わんよ」
「あぁ、まさかその程度で俺を呼び止めたのか?」
「まさかな……だが、お前を少し押さえつける為にな、一つ約束をしてくれんか?」
「なんだ? 殺人許可の取りやめなら聞かねぇぜ?」
変わらぬ態度を見せる仁に、真剣な目つきでその視線を仁に向ける。その眼光にやられたのか、仁もいつもの軽口を叩かなくなり、石田先生の目を見る。
「あまり、人に知られたくない事だから小声で一回しか言わない、よく聞いてくれ」
「あぁ……」
「私はね…………なんだ。だから…………を見せてほしいんだ。その為に仲良く協力しろなんて言うつもりもないし、仁も聞くつもりはないだろう? だが、戦天使の三人が力を合わせれば、それは叶う事なんだと解釈しているよ」
「……じじい!?」
それ以上、石田先生は言葉を出さなかった。その場にいても意味はないと考え、無言のまま職員室から退室する仁。そして仁が退室したのを見計らって、三崎が入れ替わりに職員室へ再び入室する。
「先生……」
「うむ。まぁ、大丈夫でしょう。君たちは若いんですから、これぐらい血の気が多い方が良いもんだよ」
「はぁ……?」
いまいち煮え切らない表情の三崎に、石田先生は付け足す。
「それに、まとまりますよ。時が経てば崩壊している天使の輪は、かつての丸の形に戻るでしょう」
そう言って、石田先生は自分の手で輪っかを作る。あまり綺麗な輪ではなく、いびつな輪だったが三崎はあまり気にしていなかった。それどころか笑顔で天使の輪返しをしてみせる。石田先生の輪に比べて、三崎の輪は非常に綺麗な輪である。
「はっはっは……ふぅ。三崎君、あと一ヶ月です。頼みましたよ」
「……先生。僕は……普段のキャラ上では『やります!』なんて事は言えませんけど『全力を尽くします』と、とりあえず言っておきます」
「それで良いです。最後の一年、全力で、悔いを残さないようにやってください」
その後、ある程度の小言を話して三崎も職員室から退室する。退室すると相変わらず、池が三崎を待っていた。
「今日は暑すぎるからな……部員には練習を切り上げさせて解散させておいた」
「サンキュ! 丁度、石田先生にも言われてきたから丁度良かったよ」
「……なんの話を……いや何でもない。すまなかったな、さっきは熱くなりすぎてしまって」
「いや、構わないさ。石田先生もそう言ってたし、僕もそう思う」
詳しく何を言っているのかわからないという表情の池。しかし長い付き合いから三崎が、何を言いたかったのかを表情で判断する。チーム内のしこりは消えなかったが、何かが進展したと感じる。
「そういえば三崎。マックスハートってチームは知っているか? どうやら今年はそこも優勝候補に入るみたいだぞ」
「マックスハート……彼のチームか。そうか、やっぱり上がってくるか」
「なんだ知っていたのか? 今現在で特筆すべき点はあの『蹴り技格闘技の天才・相沢かな』が、いる事だな」
「相沢かな……?」
三崎は池の言葉に、違和感を感じる。「相沢かな」その名前が自然と口からこぼれる。
「知らないか? わずか二、三年で高校蹴り技格闘技界の頂点に君臨したらしい。是非手合わせしたいものだな」
「本当にそれって相沢かなって名前なのか? 相沢みな、じゃなくて?」
「相沢みな? いや知らない名前だが、誰なんだ?」
「……いや、良いんだ」
変な違和感は拭えなかったが、今はそんな事で悩んでいる時でもない。今はチーム内をまとめる者として、そして最後の夏を勝ち抜く事に全力を注ごうと、三崎の頭の中に駆けめぐる。
だが、三崎には確信があった。自分自身も去年に比べレベルアップしている事もあるが、頼れる池の存在に、なによりも切り札ともいえる仁の存在が、三崎の考えを確信させている要素である。今年のリトルウォーズも前年に比べ、強豪が増えているがそれでも優勝はFエンゼルだという、絶対の確信である。
――三崎の表情には、自信の二文字だけがあった。