天才蹴撃少女!
――七月十一日。
朝を向かえた。リトルウォーズ参加登録締め切りまであと六日。
大勢の生徒が歩く道をワタルもまた歩いていた。
ふと見ると生徒達の朝の挨拶が行き交う。学校が近くにある道の特有の光景なのかもしれない。
(蹴り技格闘技の天才……か、そんな奴が簡単にいるもんかな?)
ワタルは歩きながら普段は気にしない生徒を見ていた。
(おっ、あいつなんてガタイも良くていかにも格闘技って感じだな)
見ると確かにガタイの良い男が道を歩いている。
(いや、しかし最近の「天才」というからには案外と優男が……するとあいつか)
さらに見ると髪の毛サラサラな見るからに整った顔立ちの男が歩いている。
結局は天才という題目の想像は限りなく広がりどんな人間なのか、という想像の人間が数人出来上がってしまった。
天才、というヒントしか得ていないワタルが詮索は無意味な事という結論に至るまで数分かかった。程なくするとヒロキが合流した。
「兄貴ー!」
「おう、ヒロキか、どうだった?」
「バッチリさ、蹴り技格闘技の天才、調べられる範囲の事を全部調べたさ!」
ヒロキは自信満々な顔をする。自信の表れかガッツポーズまで披露している。
「そうか、それで……?」
「いや兄貴、もう学校着いたし昼休みで良いでしょ?」
気がつくと目の前には学校があった。考え事と人間観察に夢中で全く周りが見えていなかったらしい。
校門前で話すのも気が引けるという事でワタルとヒロキは昼休みに「いつもの屋上」で会おう、という約束をする。屋上はいつしか二人の秘密基地となっていた。
そしていつものように朝の睡魔と戦う午前の授業が始まった。
体育以外の科目の全てが苦手科目のワタルにとって授業とは退屈そのものである。睡魔と戦いながら四時間が経過し、やっと昼休みを向かえる。
適当に机の上を片づけて、急いで屋上へ走ると既にヒロキが昼飯の準備を整えていた。
早速、朝の話の続きを話し始めた。
「それで天才さんって結局のところなんだったんだ?」
「うん、話す前に本当に兄貴知らないの?」
「知らないから聞いてるんだって、勿体ぶるなよ、早くしてくれよ!」
「わかったよ」
ワタルは勿体ぶられるのが嫌いなのだ。それをわかっての事か、ヒロキは話し始める。
「うーん、兄貴きっと謎かけされるの嫌いだろうから単刀直入に言うけどさ……」
「おう!」
「この学校の三年B組の人らしいんだよ」
「……はっ!?」
素っ頓狂な声をあげてしまった。もっと違う学校とか違う学年とかにいるものかと想像していたワタルには意外な答えだった。
同じ学校の同じ学年、ワタルには全く記憶にない事だった。それにワタルは三年A組、隣の教室に天才はいるというのだ。
「兄貴、本当に知らなかったの?」
「いや全く全然知らなかった!」
「まぁ……兄貴らしいけどね」
「それでどんな奴なんだ?」
いよいよ天才の核心に迫るとあってワタルも興味津々で聞き返す。
「うん、またの名を「天才蹴撃少女っていうんだってね」
「ふーん、天才蹴撃少女ねぇ……」
ワタルは何かに違和感を覚えてもう一度ヒロキに聞き返す。
「んー……、またの名をなんだって?」
「だから天才蹴撃少女だって!」
「……お、女ぁ!?」
再び、素っ頓狂な声をあげるワタル。
ガタイの良い男や、意外性をついて優男を想像していたワタルは再び驚かされた。蹴り技格闘技の天才がまさか女だと。
「相沢かな、って名前の人みたいだよ」
「ふーむ、三年B組の相沢かな、ねぇ」
「心当たりあるの?」
「いや、全くないっ!!」
ワタルは気持ちの良いぐらいはっきりと否定する。
他人に全く興味を示さずにオレサマ主義なワタルを常に見ているヒロキにとってワタルの反応は、もはや日常のそれと全く変わらなかった。
「まぁ良い、ゴリラ男だろうが、優男だろうが、女だろうが関係ねぇ、放課後にでも会いに行ってくらぁ!」
「僕も行こうか?」
「あったりめぇだろ、ヒロキがいなけりゃオレサマは困る!」
「あっははは、そうだね」
天才の正体は「天才蹴撃少女、相沢かな」だとわかった。ワタルとヒロキは放課後に「相沢かな」に会いに行く。
――七月十一日。放課後。
ワタルは自分のクラスでヒロキを待つ。しばらく待っているとヒロキが走ってきた。
「お待たせっ、兄貴!」
「遅ぇぞ、ヒロキ」
実際はそんなに時間がかかったわけではないのだが、気が短いワタルにとっては長く待たされたような感覚に陥っていたようだ。
そんなワタルの反応も、いつも通りとヒロキは受け取っていた。
「さってと、いざB組! 相沢かなに会いに行こうではないかっ!」
「おっけー!」
相変わらず偉そうな態度のワタル。それを見て嬉しそうについてくるヒロキ。
隣のクラスというだけあって、ものの数歩でたどり着く。
「相沢かなは、いるかぁ!?」
B組の扉を勢いよく開けて、大声で名前を呼んだ。突然の事で残っていた生徒は驚いて目を丸くしている。
「兄貴、落ちついて!」
ワタルを落ちつかせながら、残った生徒を見回すヒロキ。近くにいた女生徒に声をかける。
男に聞くよりも、女の人に聞いた方が情報が得られると判断した為だ。
「あの……このクラスに相沢かなさんって、いますよね?」
「さぁ、出てきやがれっ、相沢かな!!」
「ちょっと……兄貴、落ちついて」
声をかけられた女生徒はワタルを見て怖がっていたが、ヒロキを見ると距離をおきながらも話しかけてくれた。
それを悟ってか満面の笑みを浮かべる。
「あの……相沢さんに何か?」
「あ、いえ、ちょっとお話したい事がありまして……」
ヒロキの穏やかな態度に女生徒も少しは落ちついたようだ。
「うーん、ちょっと待ってね」
女生徒はクラス内を見回りつつ他の生徒にも聞いてくれているようだった。
内心、緊張していたヒロキも優しい人に話しかけて良かったと、密かに安堵の溜息をついた。
「ごめんね、相沢さん……もう帰ってしまったみたいなの」
「そうですか」
「ふんっ、逃げたかっ! 相沢かなめ!」
ヒロキは一人暴走をしているワタルを放っておいて女生徒と話を進めた。
「では宜しければ、伝言を頼まれていただけますか?」
「えぇ良いわよ」
ヒロキは女生徒に「明日の放課後にまた来るから、待っていてほしい」という旨の内容を伝える。
これで何とか相沢かなに、会えるとヒロキは再び安堵の溜息をついた。その後、丁寧にお礼をして校門前へと向かった。
「兄貴、少しは落ちつこうよ」
「へんっ、すぐそこに仲間がいるかもしれねぇってのに、落ちついてなんかいられるかってんだ!」
校門で言い合い……もとい、いつものトークをする二人。しかしワタルの興奮も最もな話だった。
もう少しで自分の夢の一歩目が達成できる。普通なら嬉しさのあまり興奮するものだろう。
ヒロキもそれを知ってか、あまり強くは言わない。
「やれやれだね……兄貴は」
「ヒロキ!」
「うん?」
真面目な口調でワタルはヒロキの名を呼ぶ。今まで興奮していた為に、あまり相手にしていなかったヒロキも、それを聞いて耳を傾ける。
「絶対優勝しような、オレサマとお前でさ」
「当たり前さ、兄貴」
いつの間にか、二人の背中に真っ赤な夕日が照らされていた。
「ははは、ベタだなぁ」
「バーカ、王道ってんだよ!」
「……そうだね!」
二人は夕日に向かって誓ったのだった。リトルウォーズに「優勝」するという事を。
いつも持ち歩いているハチマキを、ポケットから取り出した。ワタルは赤いハチマキを、ヒロキは青いハチマキを。二人で優勝の気をハチマキにこめた。
――七月十二日。放課後。
そして二人は再び、B組の前にいた。今度はヒロキがB組の扉を開ける。
昨日の女生徒が気づいてくれれば良いな、と密かに思いながら声をけける。
「あのー……」
「あっ、きたきた」
昨日の女生徒がヒロキを見てかけよってきてくれた。3度目の安堵の溜息をもらす。
「あ、どうも」
「待っててね、……おーい相沢さーん、この人達だよ」
その女生徒はクラスの教壇前にいたショートヘアの女の子を呼ぶ。
格闘技をやっているだけあって、動きやすそうな髪型に、スラっとした体型。身長も女の人としては高い方だ。160cm前半はあるだろうか。
相沢かなは、ワタルとヒロキの前についに姿を現したのである。
「で、用事は何かな?」
「え、えっと……」
ヒロキは初対面の人にはどうしても緊張してしまう。人見知りなのだ。
ここは「オレサマの出番!」とばかりに、ワタルがヒロキの前に立つ。
「相沢かな! お前をリトルウォーズに参加する為に、オレサマのチーム『マックスハート』にスカウトしに来た!」
「っ……!! ちょっと!」
「な、なんだよ!?」
突然、相沢かなに引っ張り出される二人。されるがままに二人は、学校の外まで連れてこられた。
辺りを見回し、誰もいない事を確認すると相沢かなは、喋り出す。
「ちょっと、みんなの前でそういう事を言うのは、やめてくれるかなっ!」
「そういう事って、どういう事だ?」
「リトルウォーズの事よ」
なんでかわからないという顔をするワタルとヒロキ。それに対し、怒りと困惑が入り交じる相沢かな。
「なんで?」
「ふー、かなを誘いにきたって事は、かなの噂を知ったからなんでしょ?」
「まぁ、ねぇ?」
「うん」
相沢かなの、問いに対して返答するワタル。その返答に同意を求めるかのようにヒロキを目で会話をする。
「別に、誘ってくれても構わないの」
「じゃあ、お前はオレサマの仲間だな!」
「話を聞け!」
相沢かなは、ワタルに対して空手チョップを打ち込む。
「誘ってくれても構わないんだけど……、みんながいるところで、格闘技の話はしないでほしいの。勿論、リトルウォーズ関連の事も」
「どうしてですか?」
今度はヒロキが質問する。相沢かなもそれに答える。
「ここでは……普通の女の子でいたいから、それだけっ!」
ヒロキは何となく納得する。ワタルはいまいち、わかっていなかった。
「あとね……、リトルウォーズには実は前から参加したい……と、いうか参加しようと決めてたの」
「それならお互いの目的の為に、一緒に戦えますね!」
そんなヒロキの言葉を前に、相沢かなはクスリと笑った。
「それもそうなんだけどね、かなには絶対に譲れない目的があるの」
「目的?」
「うん、絶対に負けられないの……だからね、仲間に入る前にあなた達をテストしてみよっかなーって思うの!」
スカウトしに行ったら、逆にテストを出されたヒロキは驚きの顔を浮かべる。
逆にその言葉についに「あの男」が立ち上がった。
「面白ぇ、なんだよそのテストってのは?」
「あ、兄貴!?」
「簡単だよ、かなと戦えば良いの、あなた達が強いかどうかをかなが見極める!」
相沢かなの出してきたテスト。それは蹴り技格闘技の天才と言われた女の子「相沢かな」と戦い認められる事だった。