夢の中の少女・中編!
幼き日のリトルウォーズ会場で、ワタルは一人の女の子に出会う。
女の子の名は桜井桐華という。この少女もワタルと同じく、リトルウォーズが大好きな女の子であり、今ではワタルと一緒に会場中を走り回っている。
そんな二人の待ち合わせ場所がある。リトルウォーズの開会式や閉会式が行われる広場――そこの真ん中にある一際大きい大木。
小さな子供でも、間違いなくたどり着けるとの理由から、ここが二人の待ち合わせ場所になった。
「ごめん! 遅くなった!」
「……ワタル君。いつも遅刻」
「本当にごめん。昨夜さ、興奮して眠れなくて……そしたら、寝坊しちゃってさ」
「…………」
桐華はひたすら無言で、顔を合わせないように明後日の方を見ている。怒らせてしまったかと思い、ワタルはひたすら謝り続ける。
そんな謝罪の言葉も百回は言ったぐらいの時だった。
「……ふふ」
「ん?」
「……良いよ。実は私も少し寝坊したから」
「あっ、なんだよ、トーコ」
そんなに深くは怒っていなかった事に安堵する。しかし、百回も言わせる事はないだろうと、少々ふてくされてもいた。
そんなワタルの気持ちも知ってか知らずか、桐華は楽しそうに試合が行われる会場へと駆けていく。
走る桐華を追いかけてワタルも走る。もう、ふてくされは無かった。ただ、この瞬間が楽しかったからだ。
その日も、いつものように試合を見て、お互いに思った事などを話し合う。基本的に感じる事は似ているのか、あまり言い合いになる事も無かった。
全ての日程が終わると大木の前に集まって、次の約束をする。そこで別れて、またそこで会う。
――ある時、桐華がワタルに問いかける。
「……ワタル君は」
「なんだよ?」
「……なんで、私の事を『トーコ』って呼ぶの?」
この呼び方は会った時から、何故かワタルが呼んでいた名前である。
「んー、なんでって言われてもなぁ」
ワタルにしては頭を使った方である。それなりの時間悩んでから一つの結論が出てくる。
「言いやすいからかな」
「……言いやすい?」
「うん。トウカっていうよりもトーコのが言いやすいから、だと思う。わからないけど」
「……ふーん」
可もなく不可もなくといった反応を見せる桐華。事実、ワタル自身も「何で?」と問われても明確な答えが見つけられないのだ。
しばらく無言が続いたが、ワタルが口を開く。
「嫌か?」
「……え!?」
「いや、トーコって呼ばれるの。嫌ならちゃんと桐華って呼ぶよ」
「…………」
桐華自身も、別に嫌という気持ちは無い。だから曖昧な返事で返す。
「……嫌ではないと思う、かな」
そんな返答に、ワタルも流すように相づちをうった。桐華と会ってから楽しい事は多かったが、こういう変な雰囲気になる事は今まで無かった。
ワタルはこの雰囲気に対して、ちょっとした「くすぐったさ」を感じる。
「だぁー、やめやめ!!」
この雰囲気を吹き飛ばしたくて、力の限り大きな声で叫ぶ。
そんな大声を気にするように、桐華は周りを気にする。周りを見ると大人はみんなワタル達を見ている。
見られている事に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしつつ桐華は、ワタルの服の袖を引っ張り足早にその場を離れる。桐華本人も驚くぐらいに、速く走った。
そのまま試合会場へと向かい、結局いつも通り二人で試合を見ていた。
「……ワタル君」
「なんだよ、最近は質問が多いなぁ」
「……ごめんね。ワタル君は大きくなったらリトルウォーズに参加したいんでしょ?」
「参加したいだけじゃないさ。前にも言ったけど俺は優勝する男なんだぜ!」
気持ちに嘘偽りはない。この大会で優勝するという事は、変わらぬワタルの夢である。
「……何で?」
「なんでって、何がさ?」
「……そこまで優勝したいっていうからには、曲げられない何か理由があるからでしょ」
試合中でいつもは熱狂的に見ているはずの桐華が、真面目に聞いてくる。試合が気にはなったが、ここは真面目に答えるべきだと、ワタルも思う。
「好きだからだ。理由が小さいと言われるかもしれないえけど、好きなもので一番を取りたいと思う気持ちは決して軽くはないからだと」
「……大好きだから、一番を取りたい……優勝したい?」
「うん」
「……じゃあ。私はワタル君を優勝させてあげたいから、ワタル君と優勝を目指してみたい」
一瞬、その言葉の意味がワタルはわかっていなかった。
その日はあまり言葉を交わさずに二人は別れる。それから数日が経ち、その年のリトルウォーズ優勝決定戦の日を向かえる。
――毎年の事だが、リトルウォーズは夏休みに行われて、夏休み終了間際に全日程が終了する。
リトルウォーズの終了は、夏休みの終了とほぼ同義である。最も、それはリトルウォーズを熱狂的に見ていた子供に該当する概念かもしれない。
一般的にいう「普通の子供」は友達と遊んだり、宿題したり、家族と過ごしたり、そんな事をいっぱいして夏休みの終わりを向かえるのだろう。
しかしワタルと桐華は、夏休みの時間をほぼ全てリトルウォーズに使っている。
「やっと決勝戦だな、どっちが勝つと思う?」
「……うーん、わからないよ」
そんな会話をしながら優勝決定戦の会場、両国国技場を目指す二人。
決勝戦はすぐに始まり、大熱狂のうちに終了する。二人は相変わらず応援チームなどなく、ただ思い思いの応援をしていた。
決勝戦の熱気は年々増加していく傾向にあり、今年度の決勝大会は終わってから数時間の間も、お祭り騒ぎは続いている。
「……ワタル君」
「なんだよ、トーコ。もっと遊ぼうぜ」
「……ワタル君。前から優勝するって言ってたよね」
「……あぁ、俺の夢だからな」
「……今日の試合も凄かったよ、優勝するって事は今日みたいな試合をしなくちゃいけないって事でしょ?」
自信の無いような、不安がっているという表情で真っ直ぐにワタルを見る桐華。その吸い込まれるような漆黒の瞳の少女を見ながらワタルは言う。
「まぁ、そうなるよな」
「…………」
不安な表情の次は、いよいよ沈黙してしまう桐華。
そんな桐華を見て、ワタルの口から思いついたように言葉が出る。
「マックスハート」
「……え?」
「マックスハートは全力の心。全力でやればできない事なんてない!」
「……何それ?」
「さぁ? 俺にもわかんねぇけど、でも全力で走るんだ。どんな相手が出てきたって、全力で走る。そいつが凄い奴で強い奴で、全力でやって勝てない奴がいても、もっと全力で練習して、もっともっと全力でやって勝つ。そしたら優勝だ」
「……マックスハート」
「あぁ!!」
その言葉を聞いた桐華の顔に、不安の表情は少し消えていた。これがワタルの信条であり、たった一つの正義「全力の心。マックスハート」が誕生した瞬間である。
思いつきで突発的に口から出た言葉だが、これはずっと前からワタルの心の中にあった、心の声なのかもしれない。
「……ワタル君。あのね…………」
「え、何!?」
いつしか、目の前の景色がだんだんと薄れていく。目の前の少女が、視界に入る景色が、体感できていた熱気が、全てが無に還っていく。
そんな全てが黒になり、そして一面の白が視界に入ってきた。
「……っ!?」
白が終わると、そこには見慣れた天井があった。
汗をたくさんかいている。まるでタイムスリップでもしたような奇妙な感覚に陥りながら、窓から外の景色を見てみる。
夏の太陽はいつの間にかいなくなり、綺麗な月が顔を覗かせている。いつの間にか、寝てしまっていたようだ。相当長い時間眠っていたのか、逆に頭が覚醒しきっていなくて、軽い頭痛もおきている。
「トー……コ?」
薄れゆく夢の記憶の中から、ワタルは一人の女の子の名前を口にしていた。