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MAX HEART!  作者: ユウ
――一回戦目の試練編!
16/58

天使と蛇と悪童と!

「まぁ、死なねぇ程度に遊んでやるよ」

 男の腕が揺れる。その柔らかな筋肉を纏う腕は、腕というよりも二匹の蛇がそのまま体についたようにも見える。この男は筋肉だけではなく、関節そのものも柔らかい。

 さらに、男の持つ長刀すらまるで蛇のようにうねっている。勿論だが錯覚だ。しかし男の剣捌きはそれ程に柔らかい。無駄が一つもない動きである。

「シャァァァァ!!」

「……!?」

 奇声をあげながら、男は斬撃を繰り出す。その斬撃速度は速く、さらに蛇のようにうねる剣線が先読みすら不可能にさせる。

 運動神経と反射神経に優れるワタルが、このスナップのきく剣線(スナッピングソード)を避けられず、いや、反応できずに胸部に直撃をもらう。

「おいおい、この程度も避けてくれねぇとな……。まぁ、もう寝ろ」

「ぐっ……!!」

 蛇がワタルに襲いかかる。柔らかな筋肉と関節、そして長刀。一度受けに回ってしまえば、蛇の毒により相手は終わる。

 まるでボクシングのフリッカー・ジャブのような変則的な軌道を描き、襲いかかるその剣線にワタルはなす術もない。防御も回避も許されず、ただ直撃のみを受け続ける。

 江藤との一戦で消耗しているとはいえ、何もできないワタルに対して、ヒロキは信じられないといった瞳で、その光景を見つめている。何よりワタルの凄さを知っているからこその反応である。

「あ、兄貴……、兄貴っ、何やってるんだ、攻めるんだよ、兄貴!!」

 心の底から出た言葉。憧れであり慕っている人間が、なす術もなく目の前でやられたい放題になっているのは、その人間にとっては苦痛そのものでしかない。

 誰だって、慕う人間には輝いていてほしい。そんな心から出てきてしまった言葉が、ヒロキの口から発せられている。

「ハッハッハ、無駄だ、小僧ォ!!」

「ぎっ……!」

 ヒロキの声に突き動かされてか、ワタルはスナッピングソードを奇跡的にかいくぐり、男に対してこの戦い初の反撃を試みる。

「な……めんな……よっ!!」

 体も心もボロボロの状態で放つ渾身の一撃。フォームもクソもない、ただのがむしゃらな力任せの一撃。

 しかし、反撃は無いとふんでいた男には、それで十分。ただの力任せの一撃は男を捉える。

「チッ!」

 リーチ的にも避けるのは不可能と悟ってか、男はバックステップをしながらワタルの攻撃を、左腕でガードする。その一撃で男の体は、宙へと飛ばされる。

「馬鹿力がっ!」

 男はワタルの力加減に悪態をつく。死に体だった男のどこにそんな力があるのだろうか。

 ワタルは相手が空中で停滞するわずか一瞬を、逃さないように合わせ、再び渾身の一撃を与えるべく飛び上がる。

 どんな人間でも空中にあれば、動く事はできない。ワタルの攻撃はクリーンヒットする。

「あああ……ああああぁぁぁ!!」

 残った力の全てをはき出すように、声を出す。いや、そうでもしないと自分がダメージに押し潰されてしまうからだ。最後に残るものは、体力でも、理屈でもなく、ほんの一握りの根性(マックスハート)

 残る力を男に浴びせる。それがワタルにできる最後の攻撃。

「クックック……、それが小魚だってんだ。甘ェ!!」

 ワタルの攻撃に、合わせ男は飛び上がる。

「なっ……!!?」

 ワタルの木刀は空を切る。そこに男の姿はない。

 当然である、男はワタルの一つ上にいる。いや、飛んでいる。

 上空から男のスナッピングソードが展開される。フリッカー効果の軌道の見えない弾幕が、ワタルを捉える。第三者から見れば、それは蛇の(スネーク・レイン)

 ワタルの考えは逆手に取られる。空中にあれば動く事は不可能。ただ一人をのぞいて。

「……ぐはっ!」

 受け身をとる事もできずに、弾幕の直撃を受け、地面に叩きつけられるように落ちる。

 地上戦も空中戦も、全てにおいて男はワタルの一つ上をいく。

「ぬっ……っぎ。まだだァ!」

 ワタルは諦めない。男が空中で二段ジャンプするのなら、着地を狙う。着地の硬直ならばどんな相手にでも例外はない。重力がある限り、この法則からは逃れる事はできない。

「一本足……」

 ワタルは野球のバッターフォームのような格好をする。狙い打つは、落ちてくる男の着地際である。

「打法!!」

 一本足打法。ホームランでも打つかのような豪快なスイングで落ちてきた男を狙う。

 二度のジャンプができても、三度のジャンプはない。ワタルは、いや、誰もが思う事である。

「もう一度言ってやろうか」

「……?」

「だからっ、小魚だってんだろ、クソが!」

 男は空中で、ワタルのモーションに合わせながら身をよじる。爆音をたて、爆風を巻き起こさんばかりの、スイングを前に男は空中で一瞬、止まった。

「なっ……!!」

 ワタルの攻撃は豪快に空振りする。そして無防備になったワタルに、男の長刀(スネーク)が確実に噛みつく。

 攻撃の威力を耐える事もできず、そのまま後方へと転がるように倒れ込む。

 空中における二段ジャンプ。そして空中停止。ワタルを越える運動神経と反射神経。人間技を超えたその動きに、ヒロキもかなも、戦っているワタルすらも言葉を失うしかなかった。

「フフフ、クックク……ハハハ、ハーハッハッハ!!」

 着地した男は、ただ笑っている。その場に男の高笑いだけが響いた。まるで世界には「それ」しか音が無いのではないかと錯覚する程。

「ま……だ、だァ!!」

 その音の世界を、砕く一声。ワタルの声が、男の高笑いをかき消す。

「チッ、まだ、くたばらねぇ気……ん?」

 男は、今までと違うワタルの雰囲気に気を払う。

 全体重を地面に乗せ、木刀を力一杯担いでいる。そう、ついさっき江藤を倒した大技「ぶったぎり!」である。

「へっ、ちったぁ楽しめそうな技があるじゃねぇか」

 男は再び中腰になり、蛇の構え(スネーク・スタイル)になる。

(へへへ……、いよいよもって、これが最後の技だな。……これが通用しねぇと……)

 そこまで考えてワタルはやめた。悪い方に考えるのは簡単で、それをやっても勝てない。重要なのはどんな時でも上を見る威風堂々《ポジティブ・シンキング》である。

「すぅぅぅぅ……。行くぞ、コノヤロー!!」

 本当に持てる全ての力を出し切る。江藤に放ったものよりも、威力も体捌きも上回っている。

 逆境に追いつめられたからこそできる、最大の大技。当たれば勝利、外れれば敗北である。

「うあああああぁぁぁ!!」

 正に全力。全てをその木刀に、その攻撃に乗せて男を斬る。

 江藤でも捌けなかった武器破壊剣(ソードブレイカー)、それに加え全てがその時の「ぶったぎり!」を超えた技は確実に男の長刀を粉砕するはずである。

「シャアアァァァ!!」

 剣と剣が触れる。男は江藤と同じく、その長刀を盾にしてワタルの攻撃を防ぐ。ワタルは男の長刀を粉砕するべく、ただ渾身の力を込める。

「ぅぐっ!?」

 江藤と同じく、そのあまりの威力と重さに、完全防御態勢へと移行する。こうなれば、江藤と同じく武器破壊が成立する。まして男の剣は長刀であり、たたき割るという点に置いては弱点と言っても過言ではない。

「クッ……クックック。なるほどなぁ、こいつは大した技だぜ……。でもなぁ、シャアアア!」

 再び放たれる男の奇声と同時に、二つの剣は交差する。ワタルの剣と、男の剣が離れる。

 その威力そのままに、地面に激突するワタル。江藤の技で捌けなかった大技を、この男は持ち前の筋肉のバネと関節の柔らかさを使い――大技ぶったぎりを見事に捌ききった。

「…………!」

 ワタルは、誰にも聞こえない小さな声を発した。その声を聞けたのは、会場中探しても誰もいなかっただろう。

「ま、小魚にしてはがんばった方だよ、クソ野郎」

 最後の蛇が放たれる。何もできないワタルは、その攻撃をただ受けるしかできなかった。糸が切れた人形のように、ワタルは前のめり倒れる。

「兄貴!!」

「ワタル君!」

 どう見ても危ない倒れ方をした。ヒロキもかなも、何も考えないでワタルに向かっていた。

 そのワタルの状態は、江藤と戦った時の傷がわからない程にやられている。スナッピングソードによる剣撃により、ミミズ腫れのような痕が体中に見られる。まるで、剣ではなく鞭で叩かれたような痕である。

「よぉ、野郎に伝えておけ、まだ殺る気があるんなら上まで来いってよ、ハッハッハ!」

「待って!」

 去っていく男を、ヒロキは無意識に呼び止めていた。

「貴方は、一体……?」

「……ふん。仁だ。俺の名前は速水仁(はやみじん)。Fエンゼルの仁だ」

 ヒロキは去りゆく仁の背中を見続けていた。ただ固く握られた拳と、噛みしめた唇から流れる血が、今のヒロキを物語っていた。

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