太陽の下に星は落ちる!
――七月十八日。東京後楽館、近くの指定会場。
その会場は、ワタル達の練習に使っている公園に近い雰囲気を持っている。
つまり、何もない。障害物がない為に戦いやすいという事にもなる。この見通しならば、見物人にも見やすいだろう。
今日も夏の太陽が照らす。何もない会場には日陰すらも無い為に、太陽の光は直射で受ける。
男には良いが、女の子には配慮が足りない。だがワタルの記憶だと過去、女の子のリトルウォーズ参戦は無いとは言えないが少ないのも確かである。事実、男の出場者が大半を占める割合だろう。
「はぁ……これじゃ日焼け止め塗っても、意味ないかな」
直射日光の降り注ぐ会場に、一人愚痴を言う、かな。
もう既に予選試合は始まっているのだが、ワタル達の試合はこの日の第二試合のようである。
ワタル達は、第一試合の様子を見ている。恐らくはワタル達だけではなく、この後に試合を控えているチームは会場でみんな見ている、と思われる。
この会場には見物人が少ない。実際、ワタル達の他に見物人はちらほらといるぐらいである。その気になれば数えられるぐらいの人しかいない。
理由は簡単である。同時刻に、この会場とは違う第二会場にて優勝候補チーム「Fエンゼル」の試合があるからである。名もないチームの試合を見るよりも、優勝候補チームの試合を見た方が勉強にもなる。
「ちっ、なんだってんだよ!」
「いきなりどうしたのさ、兄貴?」
ヒロキの心配も最もである。いきなり機嫌が悪かったら一緒にいる方は、気持ちの良いものではない。
「どいつもこいつも、エンゼルエンゼルってよ!」
「あぁ、その事か」
ワタルの気持ちもわかる。いくら無名のチームだからといって、扱いがこうも違えば多少なりとも、良い気持ちはしない。
それは普段から穏和なヒロキでも、思えた事である。だが、ヒロキはどこか仕方がないと納得する。
「勝負あり!」
十五分程して、第一試合が終了する。
戦いは「ブルース」と「夏の男たち!」のチームが戦い、ブルースが勝ったようだ。相当な接戦だったのか、両チーム共ボロボロである。
「って事は、オレサマ達の相手はブルースだな!」
「兄貴、もう勝った気でいるの?」
「当たり前だ! オレサマは今年の優勝者だぜ!」
ワタルにとって予選トーナメントは眼中にない。あくまで優勝のみである。
「とりあえず、早く黒子さんとこ行こうよ」
かなに急かされ、二人は見物席からバトルリングへと向かう。
バトルリングといっても、慣らされた砂地である。足が砂によって滑らない程度に、整備されている。
「あれが、リバティーズか……」
ワタル達が向かう場所には既にリバティーズのメンバーが集う。ワタル達と同じく三人。
黒子を中心に、ワタル達とリバティーズは向かい合う形となる。
「どうも、リバティーズリーダーの江藤一です」
「マックスハートの響ワタル。優勝する男だ」
「ふふふ、面白い人ですね」
挨拶を済まし、お互いに握手をする。これといった威圧感らしきものはない。
ワタルにとっては、メンバー全員がなよなよした優男に感じられる。近いといえばヒロキに近い印象を受ける。
「試合方法は、一試合目と同じく1on1ので良いかな?」
「え、1on1だったのか?」
「あれ、見てなかったの?」
「いや見てた。まぁ、それで良い」
試合内容は1on1である。リトルウォーズの試合形式の中で、最もポピュラーな形式である。
1on1の名の通り、先鋒や中堅それに大将戦といった、個別の戦いが行われる。総当たり戦なども形式によってはありえるが、主に行われるのは一戦終了の形式である。
つまりは三対三の戦いなら、先に二勝した方の勝ちになる。もしも一勝一敗一分けなどになった際は、リーダー同士によるサドンデス戦となる。
試合形式を審判の黒子に伝える。あとは先鋒、中堅、大将の順番を決めるだけである。
「まぁ、大将はオレサマだな!」
「意義はないかな」
「うん、大将は兄貴だ」
大将はあっという間に決まる。あとは先鋒と中堅である。
特にワタル達にとってこの試合の先鋒というのは、まさに先鋒であり一番手である。この一戦、いやこれからの戦いを占う大事な一戦目といっても過言ではない。
「……。よしっ、先鋒はかなっぺ! 行ってくれないか?」
「ふっふーん。かなに、まっかせなっさーい!」
めずらしくワタルは頭を使った。かなの強さはワタル自身が体験したものだ。この第一戦の時点でかなが負けるはずがない、とワタルは判断する。
ヒロキの先鋒も考えてはいた。ヒロキの先鋒としての緊張感というものを考えると、かなに先鋒で勝ってもらって勢いをつけて中堅戦で終わらせてほしいとふんでいた。
こうして先鋒はかな、中堅ヒロキ、大将ワタルとして順番が決まる。
そして、その決めた順番を両チーム共、審判黒子に伝える。
「それではこれよりBブロック第二試合。リバティーズ対マックスハートの試合を開始します。それでは、先鋒戦――西岡住吉と相沢かなの試合を行います!」
黒子の合図で、かなはリング中心へと移動する。戦いのないメンバーは、少し離れた位置に移動するように指示される。
相手の構えを見る限りでは、武器は使わないようだ。恐らくはボクシングか――ステップを踏む機敏さからの予測である。動きを見た感じでは、なかなか強そうな相手である。
「それでは、先鋒戦――始め!」
黒子による試合開始の合図が切られる。
相手の西岡はボクシングのスタンダード。試合開始でそれは確信へと変わる。
対するかなは、初っぱなからの星蹴拳。相変わらず手はフリーにして、右足を軸に左足で細かなステップを踏む構え。
「なんだ、お前。素人か? そんな構えなんて見た事ないぜ」
西岡の言葉に返す言葉はない。かなは、それほどに集中している。
ワタルからすれば、意外な事である。かな程の実力があれば、間違いなく目の前の敵を倒すのは造作もない事のはずだ。
「返事なしかよ、じゃあ良いさ。こっちから行かせてもらうぜ!」
西岡は、無言のかなに対して素早いステップで間を詰める。電光石火とはいかないまでも、素人にこの速度を見せたら電光石火と感じられるぐらいの早さ。
早いのはステップだけではない。ボクサーらしくパンチの一発が早い。むしろステップよりもパンチの方が早い。
「シッシッシッ!」
ボクサーらしいかけ声と共に放たれる無数の拳。手がフリーの星蹴拳では当たれば致命傷。
それどころか屈強な男だったとしても、ボクサーの拳などをまともに受けたら危ない。かなは拳の一発一発を丁寧に避けていく。
相手がボクサーでも、かなにはこれぐらい避けられるはずである。相手が格闘家であっても、かなも格闘家である。打つ西岡と、避けるかなの構図は開始一分ほど続く。
「どうしたぁ、避けてばっかじゃ試合には勝てないぜ!」
一分間も高速の拳を、出し続けても息が上がらないところは、さすがボクサーというべきところか。
ペース的には西岡が優勢。攻めも守りも足技の星蹴拳では間合いが足りない。西岡はそれを知ってか知らずか、かなに反撃の隙を与えないように攻めていく。
「かなっぺ! 星蹴拳にこだわるな、お前なら他の足技もできるはずだろ!?」
かなの勝利を信じている。しかし押され続けている展開に我慢ができずに、ワタルは叫ぶ。
事実、かなが蹴り技の天才と言われるように、星蹴拳の他の戦法もできる。だが、かなはそれをしない。
高速の拳の弾幕。これの前では、一瞬の溜めを必要とする星蹴撃も、その場で軸足を固定してしまう連星撃もできないのは明確である。
大きく後方へ飛んで間合いを離そうにも、西岡の前進速度は恐らくかなを捉える。
「君、強いけどそれだけだね」
かなは拳を避けながら、試合開始初の言葉が出る。その口調は押されながらも冷静そのもの。
「攻められてるくせに偉そうな事を!」
かなの安い挑発に血がのぼったのか、高速の拳がわずかだが大振りになる。
その一瞬の大振りの隙をかな程のプレイヤーが見逃すはずはない。かなは間を離すでもなく、反撃に移るわけでもなく、ただ空高く飛び上がる。
蹴り技を使うだけあって、脚力が常人よりもあるのだろう。かなは空を飛んだかのように跳躍する。
「バカが、どんなに高く飛ぼうと、それじゃパンチの餌食だぜ!」
これは事実だ。どんな人間でも着地の際に硬直が起きる。それは例えば、身体能力に優れるワタルでさえも例外ではない。
まして、空高く飛び上がったかなの硬直は予想もつかない。そんなおいしいチャンスを、西岡が見逃すわけがない。
「ふぅぅ……星蹴拳――落星撃!」
静かな呼吸と共に繰り出される無数の蹴り。連星撃のようにも見えるが違う。
落星とあるように、星が落ちていくかのような無数の蹴り。空中で真下に落とす連星撃――それが落星撃。
着地際を狙おうとしていた西岡は、避ける事もできない。空から落ちる無数の星を避ける事が、できるわけないのだ。
無論、西岡の拳が一撃必殺の一撃ならば、かなの蹴りも一撃必殺。直撃を受けた西岡は、そのまま倒れ黒子からのTKO宣言が出される。
その常識はずれの技を見せられ、その戦いを見ていた人達は絶句する。
真夏の太陽の下――星が落ちた。