リトルウォーズ開幕!
――七月十七日。午前八時。
開会式を行う会場――「両国国技場」へ向かう為、響ワタル、川崎ヒロキ、そして相沢かなの三人は、新幹線にて移動を開始していた。
残念ながら学校の方は欠席扱い。大々的に高校ちゃんばらとして活動をしている学校ならば、それなりの処置もしてくれるらしいが、ワタル達の学校は待遇が悪い。
いずれにしても学校の夏休みが始まるのは七月十八日。つまり明日からである。
一日あるいは二日の欠席になるので、出席日数の被害自体は小さなもので済む。ある意味では不幸中の幸いともいえよう。
それに三人共、出席日数に関しては花丸がつけられるぐらいなので、この程度の事はまさに「この程度」で済んだ。
「…………」
ワタルはただ、窓の外の景色を見ていた。ただ流れていく景色を見ていると、意識を集中させる事ができたからだ。
無理もない。念願叶ってのリトルウォーズへの参加。一人夢を見続けた舞台に、今となってはヒロキにかなという、仲間もいる。
そして、リトルウォーズ優勝の最大の弊害となるであろう、「王者松原」と「天才三崎」の存在。さらには「前大会MVP・二之宮」も侮れない相手となる。
いや、それだけではない。ワタルは長き歴史を見ていて知っていたのだ。リトルウォーズは肩書きだけが全てじゃない事を。名もないダークホースが首をかき切る可能性だってある。
現に前大会MVPの二之宮小次郎は、無名のプレイヤーだったのに対し、わずか一年ぽっきりで最優秀賞選手に成り上がっている。
それが夏の大会――リトルウォーズの「魔力」といえるとこなのだ。
「ちょっとワタル君!」
「なんだ、かなっぺか」
いまいちやる気のない返事に、ふくれっ面をする。
最も、今日という日を待ち望んできていた張本人のワタルが、ずっと押し黙っている。
かなにしてみれば、心配して声をかけただけの事。リーダーが黙っていてはチームの士気に関わると判断しての事でもある。
かなは、車両内で買ってきた蜜柑を手渡す。とても甘そうな蜜柑で香りも良い。
「なんだよ、これ?」
「見てわからないかな? 蜜柑」
無言でその蜜柑を受け取り、無言で口に運ぶ。
「お、こりゃ甘くてうまいな」
「でしょ! おいしかったから全員分買ってきたの」
見ると確かに全員分の蜜柑が買ってあった。持参してきた鞄いっぱいに買われた蜜柑。
どう見ても全員分+おかわり分も含まれている。それどころか、お土産分も含まれているか。
先ほどの蜜柑の香りは、どうやらこれだけの数があった為らしい。しかし蜜柑がおいしかったのも確かである。
「元気でた?」
「オレサマは元々元気だぜ?」
「嘘。明らかに『意識』してたでしょ」
ワタルは図星をつかれる。確かにかなに話しかけられる直前まで「まだ見ぬ強豪」の存在を意識していた。
「大丈夫……もう元気になった」
「しっかりしてよね。ワタル君が元気なかったらヒロキ君だって不安がるでしょ」
言うだけ言って、かなはどこかへと歩いていってしまう。きっと、あんな感じで新しい食べ物や掘り出し物を見つけてくるのだろう。
かなの性質がそうなのか。女の子がそうなのか。ワタルにはわからない事である。
ふと、かなの言葉が気になり、後ろに座っているはずのヒロキを見る。快適な椅子に寝転がり、気持ちよさそうな表情で眠っている。よく見ると口から涎も垂れそうである。
「何が、『不安がる』だってんだ!」
ヒロキのめずらしく見せる馬鹿っぽい表情と、かなの行動にすっかりシリアスな感じを台無しにされる。
だが、結局はこれが良かったのかもしれない。ワタルの心の中の緊張はいつしかとけていた。
数十分ほど経つと、両国国技場へと着く。
天気は晴れ。絶好の開会式日和である。暑い事に変わりはないが、カラっと晴れている為に心地よさを感じる。
新幹線から降り、駅の外へ出ると数百人、いや数千はいるだろうか、もの凄い人だかりができている。
恐らくはもっと増えてくるだろう。事実、ワタル達が着いた後も、駅からは見るからに参加者といえる人達が大勢出てくる。
まるで何かのイベント会場に向かう人だかりのようにも見える。イベントな事には変わりがないが、中には明らかにただ「楽しむ」事を目的とした人間もいるようだ。
こういう人間ほど大怪我を招きやすい。それに「参加する事がステータス」のように考えているような奴には、一度怪我をして思い知った方が良いとワタルは考える。
「兄貴、会場はあっちみたいだよ!」
こういう場で活躍するのはヒロキだ。実際のところワタルとかなは、人の多さにのまれてしまっている。かなに至っては放っておくと迷子になりかねない。
ワタルとかなは、ヒロキを頼りに会場へと向かう。
会場の中心部、恐らくはここで開会式が行われるだろうと思われる場所には、先ほどのいわゆるミーハーな人間らしき人はいなくなる。
三人は明らかな空気の違いを感じる。浮いた雰囲気は一転、重苦しい空気がその場を支配している。
「凄いんじゃないかな……」
「あぁ、良い感じだぜ」
「こんな人達と戦うのか……」
三人共、思った事を口にする。根本となる感覚は同じ事を思う。
恐らくはその場にいる人間が、ほとんど同じような事を感じているだろう。
「みなさん、本日はリトルウォーズ開催地の両国国技場へとお集まりいただき、ありがとうございます!」
突然の大音量の声が響く。会場全体に届くぐらいの音量に設定してあるのか、スピーカー近くにいるワタル達にとっては耳が痛くなる。
そしてその言葉を発した人物をワタルは知っている。登録に行った際に担当してくれた黒子。
周りを見るといつの間にか、黒子がたくさんいる。すると今、話している黒子はワタルの登録担当をしてくれた黒子ではないのかもしれない。
「まずは簡単なルール説明をさせていただきます。ここにいるみなさんは、もう知っての通りですが本大会の参加条件はチームとし、最低三名から最大五名までとします」
その黒子がその後に言ったルール説明の内容はこのような内容である。
一、――メンバーの追加登録は大会期間中に最大六名までの登録とする。
二、――真剣や拳銃といった明確な殺傷能力のある武器の使用は禁ずる。
三、――目つぶし、金的などに該当する反則行為を意図的にやった者は大会資格を剥奪する。
四、――試合決着判定は、KO、TKO、判定、引き分けとし、時間切れ決着の際は、予選を引き分け。ベスト8以降は黒子による判定決着とする。
五、――試合時間は予選を十五分、ベスト8以降を三十分、そして決勝戦を時間無制限とする。
六、――試合ルールは黒子あるいはプレイヤー達の意志により決定する。
「なお、大会期間中の試合による怪我の負担は大会本部により責任を持たせていただきます、が……期間中および試合による死亡に関しては一切の責任は負いませんので、ご注意ください。それでは、この内容にて本大会開催を宣言いたします!」
開催宣言に熱狂的なプレイヤーもしくはファンによる大歓声が響く。
まさしく一年に一回。真夏の祭典であるリトルウォーズによる光景である。良い意味でも、悪い意味でもお祭り騒ぎ。
そんな歓声に、ワタルの鼓動は大きく激しく、胸打っている。興奮している。
「す、凄いな。これがリトルウォーズの熱気か……」
「これには、さすがのかなも呑まれちゃうかな」
ヒロキとかなが、その場で思いつく言葉を口にする。しかし思わず言葉が出てしまう迫力。
「へっ! 面白ぇ、オレサマが待ち望んだ舞台だぜ!」
ワタルはとにかく興奮している。自分自身でも興奮が抑えられないぐらいに。
その大歓声は開会宣言後もなお続いていた。
そんな大歓声の場から少し離れた位置に、その男はいた。
日焼けした褐色の肌に、鍛え抜かれた肉体。髪はオールバックにまとめ、何よりその男を存在させているのは、まごう事なき王者の風格。
三年連続優勝チーム「T,O,テイカー」の主将、絶対王者といわれる松原要である。
「やぁ、松原」
「……三崎か?」
王者に話しかけたのは、天才三崎。熱狂的なファンならば、この二人のツーショットというだけで金が取れる組み合わせである。
王者の風格と天才のオーラ。素人でもこの二人には何かが見える程の威圧感があるのは確かである。
「驚いたね、王者である君がこんな隅っこにいるなんてね」
「ふん……なに、俺はうるさいのが嫌いでな」
言葉通り、松原の顔には鬱陶しさからくる苛立ちがある。
対して、三崎はこういう場には慣れているというべきか、居心地良さそうな表情をうかべる。
「今年はどうやら……ライジングズの二之宮は参加しないらしい。最も彼は去年の段階で高校三年生、普通ならば卒業しているはずの人間だけどね」
「そうか、二之宮は出ないのか……それはそれで残念ではあるな」
「……今年は、僕達が優勝の座をいただく。君に二度と優勝の二文字は飾らせはしない!」
伝えるべき事と、自分の感情を松原にぶつけ、三崎は人混みの中へと消えていく。
そんな天才の背中を冷静に見つめる。
「……ふっ。お前には無理だ」
その背中に王者はただ一つの言葉を投げかける。
七月十七日の午前十一時――いよいよ役者の揃った今年度のリトルウォーズの火ぶたが切って落とされた。