聖女
「とりあえず皆、大聖堂へ戻りましょう」
モーリスが言った。
「ハワース魔法騎士長、警備兵長へ伝達願えますか。民衆を安全に誘導して、広場から退去させてください。近衛兵長は陛下をお連れして、大聖堂へ。父上たちは広場と聖堂に分かれて、混乱の収拾を。私はクリスティアナさまが手当てを終えられるまで、ここに残ります」
皆が茫然自失としているなか、テキパキと指示を飛ばした。虚をつかれた皆は慌てて動き出した。
この場に残ったのは、聖女クリスティアナ嬢とその護衛騎士と、手当てを受けているウェズリーと、私とモーリスだ。
「終わりました。傷口は塞がり、血は止まりました。傷跡は残るでしょう」
膝を着いてウェズリーの治療に当たっていたクリスティアナ嬢がすっと立ち上がり、そう言った。
ふわふわしたピンキッシュブロンドに、ブルートパーズ色の瞳。見た目からの柔らかな印象とは違って、淡々としてクールなのがクリスティアナ嬢だ。滅多に笑わない聖女として有名で、そこがまた神秘的だと人気がある。
「ありがとうございます、聖女さま」
「いえ。成すべきことをしたまでです。お大事に」
口角をほんの少し上げたクリスティアナ嬢は、護衛騎士を連れて立ち去った。
その背中を見送り、モーリスに向き直った。
「モーリス卿、ありがとうございます……あの、婚約の話ですが、」
「承知しています。この流れで、今さら説明は不要です。それと敬語も不要です。私たちは友達ですから」
モーリスはにこりと笑った。
「助けてくれて、本当にありがとう。大聖堂での証言も……嬉しかったわ」
「成すべきことをしたまでです。聖女さま風に言うとね。さて、私たちも一旦大聖堂へ行きますか? 今後のことを考えなくてはいけませんね」
「今後の当てはある」
押し黙っていたウェズリーが口を開いた。そして私の手をぐいと取った。
「行こう、ジェラルディン」
「待ってウェズリー、まだ話が」
「行くって、本当に大丈夫? とりあえず今日は私が手配するところに泊まるかい?」
モーリスはまるで子どもに接するように、ウェズリーの瞳を覗き込んだ。
「結構です。これ以上、あなた方のお世話にはなりません」
「ごめんなさい、人見知りで」
「いや、嫌われても仕方ない。でも、もし困ったことがあったら、いつでも頼ってきてほしい。ジェラルディン、最後に別れのハグをしてもいいかな」
モーリスが両手を広げた。ジトリとした目つきでこちらを見ているウェズリーを見た。
ウェズリーは渋々という感じで、私の手を離した。
「ありがとう。会えて良かったわ、モーリス」
「元気で、ジェラルディン。ウェズリーと幸せに。二人とも、生きててくれて良かった」
ぎゅっと抱擁を交わして、離れた。続けてモーリスは、ウェズリーに向かっても両手を広げた。
ウェズリーはかなり迷ったようだが、ぶすっとした顔のまま、おずおずとモーリスの腕の中に入った。
「元気で、ウェズリー。ジェラルディンをよろしく頼むよ。しつこいようだけど、困ったときは遠慮なく頼っていいからね」
下ろした両腕の上からぎゅっとハグされて、ウェズリーは居心地悪そうにしている。
突然、大聖堂の方角から大きな悲鳴が上がった。ばっと一斉にそちらを振り返った。
「陛下ーっ」
「国王陛下が斬られたぞっ」
「その近衛兵だ、捕えろ!」
大聖堂近くで人だかりができていた。兵士たちがワーワーと声高に叫んでいる。
それを視界に入れたモーリスの表情が、みるみる緊迫した。
「行ってちょうだい」と言った私にモーリスはさっと頷いて、すぐに駆け出した。
「ジェラルディン、俺たちはここを離れよう。気になるだろうけど、新たな争いの火種にされることは避けよう」
私の手を取り、ウェズリーが言った。その言葉に頷いて、広場の出口に向かって歩き出す。
廃嫡されてもう王族ではなくなった私に、事の顛末を見届ける資格はない。そう思わなくては、背中を向けられない。
一度だけ振り返った。大聖堂のバルコニーに立つ義母が小さく見えた。
前のめりになって大聖堂前の人だかりを眺めている。隣にはモニークがいた。あの二人に会うことも、もう二度とないだろう。




